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メジャーの階段を上がるブルージェイズ・加藤豪将が過ごしたフェンウェイ・パークの3日間。

一村順子フリーランス・スポーツライター
レッドソックス戦で、メジャー初先発した加藤。4月21日 フェンウェイ・パーク(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 プロ入り10年目でメジャー昇格を果たしたブルージェイズの加藤豪将内野手が、21日(日本時間22日)、敵地フェンウェイ・パークで行われたレッドソックス戦に「8番・二塁」で初先発した。メジャー初打席となった3回の第1打席に四球を選ぶと、安打で二進。ビシェットの中前適時打で先制のホームを踏み、メジャー初得点を挙げた。2度の守備機会では併殺プレーと刺殺に絡む好守を披露。伝統の球場で持ち味を発揮し、勝利に貢献した活躍は、既に報道された通り。このコラムでは、そこに至るまでの3日間を振り返りつつ、加藤の今を、リポートしてみたい。時計の針を戻そう。

 19日。3連戦の初戦は伝統の「ボストン・マラソン」翌日だった。プライベートも含め初見参の聖地にやってきた加藤は、練習前に名物の左翼グリーンモンスターの壁の中に足を踏み入れた。当地を訪れる選手がサインを残していくことで有名な場所。加藤は、元レンジャーズなどで活躍したイアン・キンズラー内野手の隣にサインをしたためた。14日にマイナーから呼び戻されたヤンキースタジアムに続き、2つ目の遠征地に足跡を残したが、試合はここまで代走起用が2度。キャンプ最終戦以後、打席に入り、守備についたのは、12日、3Aマイナーでの1試合だけ。生きた球をみる機会が激減し、ゲーム感覚は大丈夫なのだろうか。

 「それは、全然問題ないです。9年間、球数を沢山みてきたというのが、あります。去年も3Aで控え選手として試合に準備する練習をしてきました。最初はベンチで試合をみて、4、5回位から準備を始めます。自分のルーティンがあるので、大丈夫です」

 愚問だった。加藤は控え選手の立場。試合間隔が開くのはむしろ当然で、そこで、調整できないようでは、そもそもこの場にいられない。周囲は、やれ、初打席、初安打と初モノを求めるが、加藤はそこにも比重を置いていなかった。

 「初打席とか初安打って、どうでもいいことだと思います。僕にとって大事なことは、代走でも守備でも、チームに貢献すること。僕がロースターにいる試合で、チームが勝つことです。代走なら次の塁に進み、ホームに戻る。このチームは去年1勝の差でプレーオフに出れなかった。自分がスコアした試合が1点差で勝てば、それは、とても大きいです」

 初安打を記録しても、与えられた役目で機能しなければ、ロースターの一員で居続けることはできない。長年の夢を叶えても、加藤に浮きだつ様子は全くなかった。むしろ、自分の立ち位置をみつめ、生き残るための戦いに備えていた。試合は菊池雄星投手の好投も、1−2の逆転負け。冷え込んだボストンの夜、加藤の出番はなかった。

 20日。第2戦。加藤はこの日も早々と球場に来た。7時開始のナイターの場合、ビジターの主力選手は4時頃球場に来るが、加藤の球場入りは12時半。「邪魔にならないように、練習やトレーニングは皆が来る前に全部終わらせてしまいます」。トレーニング器材の数にも限りがある。ケージで打ったり、ノックを受けたり、守備のドリル練習等は全て早出で済ませる。これは、メジャーでも、日本でも、暗黙の掟だろうか。

 早出練習の後、フィールドで一塁側の様子をうかがっていた加藤は、レッドソックスの沢村拓一投手がキャッチボールを終えると、挨拶に向かった。右翼の外野で雑談し、握手。対戦する日本人選手が試合前に交流する姿はよくみられるが、大抵、年下の選手から年上の選手に挨拶に向かう。先輩、後輩の関係がない米国育ちの加藤だが、「そこは、ちゃんとやろうと思っています」。日本人大リーガーの習慣に従って、代理人が同じという沢村と初対面を果たした。練習上がりには、ブ軍の帽子を被ったファンにせがまれ、サインに応じた。「練習して来た甲斐がありましたね」と、気前よくペンを走らせた。

ファンにサインを求められ、ペンが放り投げられるのを待つ加藤。20日。フェンウェイ・パーク。
ファンにサインを求められ、ペンが放り投げられるのを待つ加藤。20日。フェンウェイ・パーク。

 試合は6−1の快勝。その夜、加藤の携帯が鳴る。翌日の先発を知らせるテキストメッセージだった。予感はあった。ナイター明けのデーゲーム。試合後はヒューストン移動を控えている。ブ軍は31日間に30試合を行う過酷な日程で、主力に適度な休養を与える必要があるし、前日の試合でスプリンガーが死球を受け、途中退場していた。相手先発のホウクは2017年のドラフトでレ軍に入団。加藤がヤンキース傘下の3A時代、マイナーで何度も対戦した相手。「そろそろ、きょう辺り(先発が)あるのかな、と思っていたから、あんまり、びっくりはしなかった」。準備は出来ていた。

 自分でも驚く程、冷静だったと言う加藤。自分の任務を落ち着いてこなしていったが、初得点を挙げてベンチに戻ると、ナイン総出のハイタッチに迎えられ、相好を崩した。 

 「僕より、皆の方が喜んでいました。皆が喜んでくれるから、僕も嬉しくなって。マイナーで一緒だった選手が多いから、僕が、ここまで来たことを知ってくれている」

 ゲレーロ、ビジオら、ブ軍の生え抜きとはマイナー時代が重なる。遊撃手のビシェットには「彼がどんどん上手くなっていくのを、みてきた」と刺激も受けてきた。9年間のマイナー暮らしは、下積みの道を知る者なら誰しも一目置く歳月の長さだし、だからこそ、同じ舞台に這い上がって来た27歳にチームメイトは祝福を惜しまなかった。フィールドでは、敵軍の遊撃手・ボガーツにも「初スタメンかい?おめでとう」と声を掛けられた。

 「今まで9年間、何とかメジャーに上がりたい一念でしたけれど、いざ、上がったら、驚く程、達成感がなかったんです。あれだけ、目指していた場所だったのに、何でだろうと考えて分かりました。これは通過点であって、ここが、目標じゃないんだと。ここで、生き残るために、自分の仕事をやるだけなんで」

 短縮キャンプで拡大した出場登録枠も来月には通常の26人に戻る。加藤の地位は、決して安泰ではないが、シーズンは長く、チームの一駒として機能することが証明できれば、チャンスは広がる。すでに開幕1週間で降格と昇格を経験し、この先もジェットコースターの日々が待っていることは、百も承知だ。トロントにホテルを確保し、バファローにもアパートを借りた。ブ軍は他の球団と違ってメジャーと3Aの間に国境があり、入出国を伴う。急な召集にも、体一つで飛べるように、拠点を両都市に確保した。

 「野球以外でストレスになることを極力避けたい。その分、お金は掛かるけど、お金で解決するんだったら、もうそれでいいんで」

 マイナーで764試合、3007打席に立った経験は生半可なものじゃない。堅実な守備、スピード感溢れる走塁、ボールを見極める選球眼、3つの武器でメジャーにのし上がった加藤のもう1つの強みは、経験に培われた聡明さかもしれない。メジャーのキャリアは始まったばかり。加藤を乗せたチャーター機はボストンを飛び立ち、次の遠征先、ヒューストンに向かった。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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