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2022年のMLB殿堂入り発表。ボンズとクレメンスにクーパーズタウンは遠かった。

一村順子フリーランス・スポーツライター
ニューヨーク州クーパーズタウンのアメリカ野球殿堂博物館(写真:Shutterstock/アフロ)

 今年度の大リーグ野球殿堂入りが、25日(日本時間26日)に発表された。2013年に候補資格を得て以来、不正薬物使用が議論されてきたバリー・ボンズ氏、ロジャー・クレメンス氏は落選。私は結局、一度も両者に投票していない。その理由を書いてみたい。

 大リーグの薬物問題が複雑なのは、白か黒か不明瞭な「グレーゾーン」が存在するからだ。機構は91年に不正薬物を禁止したが、当初は検査や罰則がなく、強打者の本塁打競争が人気復興に貢献したこともあり、表向きは禁止しながら10年以上も野放しになっていた。03年にドーピング検査が始まり、翌年から罰則が適応され、05年には禁止薬物リストが拡大。取り締りは段階を経て強化され、時系列で規則や罰則が異なる。私は06年以降の調査を元にした07年のミッチェル報告書を重視した。検査導入当時の03年にはまだ「グレーゾーン」にいた選手も、罰則が適応されるまでの猶予に「クリーン」になることはできた。それでも、不正を続けたことへの不信感が、第一の理由だ。

 グレーゾーンとの境界線を「ミッチェル報告書」に設定する記者は多く、同報告書で陽性となった選手は誰も殿堂入りしていない。一方、噂はあったものの、同報告書に名前がなかったイバン・ロドリゲス、バグエル、ピアザらは選ばれた。ボンズとクレメンスの成績はズバ抜けているが、マグアイアやパルメイロの落選を考慮すれば、有資格最終年だからといって温情投票は憚られた。

 殿堂入りの判断基準の項目には、成績やパフォーマンスと共にIntegrity(高潔さ、真摯さ、誠実さ)がある。熾烈な生存競争の中、限りある現役生活で、より良い結果を求める思いは理解できる。だが、決断は己の手の中にある。アスリートだけが特別ではない。ビジネスマンは売り上げを伸ばしたい。受験生は希望校に合格したい。記者は特ダネが欲しい。だからと言って悪質商法やカンニング、プライバシー侵害は不正行為だ。過去に横行していても、時代が変われば、新しいルールに従わなければならない。薬物を使い続けるか。辞めるか。人は誰も聖人君子ではないが、分岐点で踏みとどまることはできる。節目の記録を目前に、或いは、戦力外の危機を迎えて、尚、賢明な道を選んだ選手をリスペクトするためにも、私は2人への投票を見送った。

 2番目の理由は、薬物使用選手は既に恩恵を受けている点だ。薬の助けを借りてパフォーマンスを高め、好成績を納め、タイトルを獲り、表彰され、大型契約を勝ち取ったと考えれば、殿堂入りは虫が良くないか。誘惑を断って正当にプレーした選手の正義はどうなるのか。更に、大リーグは過去に遡って記録やタイトルを剥奪しない。自転車界ではツール・ド・フランスのアームストロングの7連覇は無効となり、五輪のメダルは剥奪されたが、ボンズは依然、通算本塁打最多記録保持者であり、クレメンスはサイ・ヤング賞最多(7度)受賞者だ。通算762本塁打も345勝も参考記録になっていない。サイン盗み疑惑が発覚したアストロズは首脳陣が処分されたが、2017年ワールド・チャンピオンであり続ける。過去に遡及しないメジャーの方針が、やったもの勝ちの温床になる可能性もある。

 大リーグは綺麗事ばかりではない。薬物問題は新薬開発の”いたちごっこ”だし、ハイテクを駆使したサイン盗みや、滑り止め等の不正物質使用など問題は次々浮上する。世の中にも不正が蔓延り、巧妙な悪事が発覚するたび、私達は辟易する。殿堂は大リーグの良心の”最後の砦”であって欲しい。私はボンズの放物線に心を奪われ、クレメンスの投球に酔いしれた。非凡なプレーを観る楽しみを享受させて貰った。2人が偉大な選手だということは紛れもない事実で、記録が保持されることに異議はない。ただ、クーパーズタウンだけは、人間の欲望に打ち勝ち、高潔に、真摯に戦った選手だけが到達できる特別な場所であって欲しい。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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