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殿堂入り・マルチネスと守護神・上原。卓越した技術と野球理論を持つ2人の、真逆の発想。

一村順子フリーランス・スポーツライター
殿堂入りと永久欠番を祝うセレモニー(28日ボストン・フェンウェイパーク)

レッドソックス初の殿堂入り投手が誕生

26日(日本時間27日)に米国ニューヨーク州のクーパーズタウンで行われた2015年野球殿堂入り式典で、通算216勝投手、ペドロ・マルチネス氏(43)が殿堂入りの表彰を受けた。2日後の28日(日本時間29日)には、レッドソックスが同氏の現役時代の背番号「45」を永久欠番とし、ホワイトソックス戦前に本拠地フェンウェイパークでセレモニーが行われた。ペドロ・デー。外野の芝生は「45」の文字が浮かび上がるように刈られ、右翼2階席に7個並んだ球団の永久欠番に新しい番号が加わった。大入り満員38063人の入場者には、殿堂入り盾のレプリカが配られ、三冠王ヤストレムスキー氏を始め、球団のレジェンドたち、04年ワールドシリーズ優勝チームのメンバーら、錚々たる顔ぶれがゲストで来賓。マルチネスは観客のスタンディングオベーションの中、感謝の言葉に満ちたスピーチを行った。

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セレモニー後の会見後、マルチネスは「この背番号『45』を、偉大な選手としてではなく、むしろ、希望のシンボルとして覚えて欲しい。なぜ、自分がどういう理由でここまで来れたのか、自分でも説明がつかないし、今でも信じられない。貧しいドミニカ共和国からやってきて、ここまでこれたのは、幸運だったとしか言いようがない。背番号『45』をみて人々に感じてもらいたいことは、人は絶対にやれると信じてやれば、誰にでもチャンスが訪れるし、誰でも自分が思ったよりも、はるかに遠くまで旅することができるということだ」と語った。

セレモニーでは3度のサイヤング賞をはじめ、様々の前人未到のタイトルや記録が次々に電光掲示板に示された。その圧倒的な数字に改めて史上最強右腕の軌跡を辿ることができたが、本人は偉大な功績や記録より、「希望のシンボル」として認識されることを望んだ。レ軍を去って10年以上になるが、会見では顔見知りの記者をみつけると親しげに名前を呼び、相形を崩した。殿堂入りのスピーチでもそうだったが、会見でも何度も笑いが起きた。身振り手振り、表情豊かに話すその姿から、挑発的な発言や乱闘シーンなど現役時代に度々報じらた攻撃的な一面とは違った、正直で底抜けにポジテゥブなラティーノ(ラテン系)の素顔を垣間見ることができた。ボストンのメディアやファンを魅了したのは、飾ることなく自分の言葉を発信し続けてきた、その実直さなのかもしれない。

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さて、ファレル監督はレ軍投手として初の殿堂入りを果たした同氏について、「ステロイド全盛の時代に最優秀防御率を5回も獲った彼の成績は目を見張るものがあるが、記録だけでなく、優れた野球理論の持ち主であることも忘れてはならない」と野球理論を高く評価した。明るいキャラクターと歯に衣着せぬ物言いで、テレビ中継のゲスト解説などでも人気を博したが、その野球理論に着眼したレ軍は2013年に同氏を特別GM補佐に招聘。春季キャンプでは臨時コーチを務め、シーズン中も度々メジャーやマイナーの球場に姿をみせるなど、現役選手の指導に当たっている。同じく引退後、特別GM補佐としてチームをサポートしている元女房役のバリテック氏は、この日の始球式で捕手を務め、「現役時代から、洞察力と適応能力がずば抜けていた。彼の野球の知識は途方もなく、その言葉は常に影響力があった。彼が話す時はいつも耳をそばだてていた」とバッテリー時代を振り返った。

ペドロが分析する上原と、上原自身の逆転の発想

実は、その理論派、マルチネス氏に上原浩治投手のことを聞くチャンスがあった。2013年に神懸かり的な投球で、ワールドシリーズ優勝に貢献した守護神について、マルチネスは「彼が素晴らしいのは、肝が据わっていて、非常に頭脳的なピッチングができるところ。常に先手をとって攻めていく。どんどん優位に攻める上に、打者はあのスプリットの事が頭をよぎるから、袋小路に追い込まれてしまう」と、絶賛した上で、その投球を支える制球力について言及。「どのカウントからでも、直球もスプリットも思い通りのコースに投げることができる。普通、チャートではで9分割だけれど、俺には、コージは16か、それ以上の細かいチャートに投げ分けているようにみえる」と語った。通常、ストライクゾーンのチャートは「高」「中」「低」「外」「中」「内」と縦3横3の計9分割に区分けるが、上原の場合は「高の高」「高の低」「低の高」「低の低」と更に細分化されているのでは、という見立てだった。

その分析に感心した私は、後日、上原自身に本当のところはどうなのか、確認してみた。すると、思いがけない反応が返ってきた。

「そんなに細かく狙いませんよ。マウンドで自分を追い詰めてどうするんですか。9分割でも多いくらいです。本当は4分割で十分だと思っていますよ。高め、低め、内、外。それくらいに考えて投げた方がいいんですよ」と、真逆の答えが返ってきたのだ。毎試合の投球内容を自己分析してブログに更新している上原も、卓越した野球理論の持ち主だが、マウンドでの精神状態は、マルチネスの分析とは全く違っていたことが、逆に興味深かった。誰にでも共通する不変の技術論もあれば、感覚や心理は個人差が大きいのかもしれない。ともあれ、マルチネスは今春のキャンプでも上原のブルペン投球練習を熱心に視察し、アドバイスを送るなどしていたし、上原は球団のイベントで2ショットのセルフィー(自撮り)を撮ってブログに掲載するなど交流がある。上原にとっては、最も身近な殿堂入り選手となった。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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