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新型コロナワクチンでアレルギーを起こす物質といわれている『ポリエチレングリコール』ってなんですか?

堀向健太医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。
(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナのワクチンでアナフィラキシーがあったという報道を連日みかけるようになっています。そんな状況で、『ポリエチレングリコール』という物質名をよく聞くようになりました。

ポリエチレングリコールとはどんな物質なのでしょうか

アレルギーを起こしやすい、リスクの高い物質なのでしょうか?

今回は、新型コロナワクチンに使用されているポリエチレングリコールに関して、簡単に説明してみたいと思います。

車全体の設計図(DNA)と、その部品のひとつであるハンドルの設計図(メッセンジャーRNA)。

現在日本で実施がはじまっているファイザー社のワクチンは、メッセンジャーRNA(mRNA)を利用しています。

mRNAとはどんな物質なのでしょう。

長めになりますが、ちょっと例え話をしてみますね。

ここに、車の設計図があるとしましょう。

車は、エンジンやハンドル、ドアの取っ手…さまざまな部品からつくられます。

ですので、その設計図はきっと分厚い本になっているでしょう。そして、いつのまにか書き換わっていては大変ですから、大事に保管されています。

では、そのうちの車のハンドルだけを作ることにしましょう。

もちろんその場合は、ハンドルの設計図だけあればいいですよね。

そして重要な設計図の原本が書き換わっては大変ですから、持ち出さないようにしたいですね。ですので、ハンドルの設計図のコピーを取り、そのコピーを使って、ハンドルという部品を作ることになるでしょう。

この車全体の設計図にあたるのが、DNAです。

そして、コピーしたハンドルの設計図がmRNAと考えてください。

イラストACから筆者作成
イラストACから筆者作成

mRNAで作る部品とは、蛋白質です。

つまりmRNAをつかった新型コロナワクチンは、新型コロナウイルス(SARS-Cov2)の、ある一部の蛋白質の設計図を使ったものなのです。

mRNAワクチンは、ウイルス表面にある蛋白質の設計図を利用したもの。

さて、新型コロナウイルスは、ボールの表面にたくさんのブロッコリーが突き刺さったようなカタチをしています。

そのブロッコリーにあたるものが、スパイク蛋白というもので、新型コロナウイルスが人間の体に入り込むときに重要な蛋白質です。

ワクチンに使われているmRNAは、そのブロッコリーの一部に関する設計図ということですね。

イラストACから筆者作成
イラストACから筆者作成

ハンドルだけで車を走らせることができるなんて思う方はいらっしゃいませんよね。

ですから、この設計図(mRNA)だけで新型コロナに感染するなんてことはありません

そして、このスパイク蛋白質に対する抗体を、その人の免疫細胞に作らせておくわけです。

もちろん、原本の設計図(DNA)は別に保存されていますので、このコピー(mRNA)が、その人のDNAを書き換えるなんてことはできません

mRNAを利用したワクチンは長い研究の歴史があるものの、今回ようやく実用化されました。

実はこのmRNAを使ったワクチンは、長い間研究されてきていました。

実は、mRNAを利用したワクチンは、昔から研究されていました。

Katalin Karikó’s research led to COVID-19 vaccines

さまざまな利点が考えられたからです。たとえば、

1) 車全体の設計図(DNA)を全部つくるわけではなく、ハンドルのみの設計図(mRNA)なので設計の変更が比較的簡単

2) コピーをとって使っているので、車の設計図そのもの(DNA)を書き換えてしまう心配がない

といった点です。

でも、なかなか実用化に至りませんでした。

その原因のひとつとして、この設計図のコピー(mRNA)は、すぐ消えてしまうという欠点があったことです。コピーをとって、ハンドルを作ろうとしたときには情報が消えてしまっているという感じですね。

イラストACから筆者作成
イラストACから筆者作成

そこで、すぐには消えないようにする方法が模索され、その方法が『大きな分子量の化合物で覆う』という方法だったのです。

そして、その化合物として選ばれたのが、『ポリエチレングリコール』でした

ポリエチレングリーコールは本来、リスクの高い物質ではありません

ポリエチレングリコールは、医薬品や家庭でつかわれる製品に広く使用されている物質です。たとえば、下剤の成分でもありますし、抗菌薬などの錠剤の約30%に含まれていて、注射の薬品でも使用されています。化粧品の粘度をあげるために使われたりもします。

▷Br J Anaesth 2021; 126:e106-e8.

それだけ広く使用されているのは、安全性が高いとわかっているからです。

しかし、どんなに安全性が高いといっても、多くのひとで安全な食べ物でもアレルギーがゼロではないように、100%アレルギーを起こさない物質はまずありません。

たとえば2016年には、1977年以降に報告されたポリエチレングリコールに対するアレルギー37例が報告されています。

▷Clin Exp Allergy. 2016 Jul;46(7):907-22. doi: 10.1111/cea.12760. PMID: 27196817.

そのリスクが高いひととして、たとえば新型コロナワクチンに対するアナフィラキシーは、女性が多いという報告があります。

理由はまだはっきりしていませんが、皮膚にポリエチレングリコールが含まれる化粧品を使うことが多いため、アレルギーを獲得している『のかもしれない』という推測もあります。

新型コロナウイルスワクチン接種にともなう重度の過敏症(アナフィラキシー等)の管理・診断・治療(日本アレルギー学会)

もちろん、今使っている化粧品をやめないといけないという意味ではありませんよ。

現在、ポリエチレングリコールに対し、医療者も含め注意が向いていますから、おそらく今後、アレルギー反応を起こしたという報告が増えてくる可能性はあるでしょう。

そして、対応方法もさらに洗練されてくるかもしれません。

食物アレルギーなどアレルギーの病気があると、ポリエチレングリコールが含まれたmRNAワクチンは接種できないの?

mRNAワクチンには、卵も、ゼラチンも、ラテックス(ゴム)も含まれていません。

ですので今のところ、吸入性のアレルゲン(たとえばダニやネコのふけなど)や食物アレルギーがあるからといって、ポリエチレングリコールのアレルギーになっていると考える理由はないとされています。

Interim Clinical Considerations for Use of mRNA COVID-19 Vaccines Currently Authorized in the United States

では、事前にアレルギー検査をしておくと良いのでしょうか?

では、アレルギーが心配だから全員にアレルギー検査を事前しておくのはどうでしょう。

しかし残念ながら事前の検査は、病歴があきらかでなければ、有効とは言えないと考えられています。

(アレルギーの分野に限らず)検査は万能ではないのです。

たとえば、5人のあきらかなポリエチレングリコールに対するアレルギーのある方に対し、皮膚プリックテストという簡便な方法では陽性は3人に過ぎず、感度の高い皮内検査という方法では(検査自体で)強いアレルギー症状があったとされています。

▷ J Allergy Clin Immunol Pract 2021; 9:670-5.

さらに別の研究では、簡便な皮膚プリックテストでは、ポリエチレングリコールに対するアレルギーを判定できなかったとしています。

▷Bianchi L, et al. Skin tests in adverse reactions to Pfizer-BioNTech SARS-CoV-2 vaccine: limits of intradermal testing. Authorea Preprints 2021.

別の薬剤の対応方法を示しましょう。

たとえば抗菌薬は、ワクチンよりもはるかにアナフィラキシーを起こす可能性があります。

医療現場ではどのように対応をしているでしょうか。

たとえば日本化学療法学会は、抗菌薬によるショックやアナフィラキシー様症状の発生を確実に予知できる方法はないとして、次のような方法を提案しています。

① 事前に既往歴等について十分な問診を行うこと。抗生物質等によるアレルギー歴は必ず確認すること。

② 投与に際しては、必ずショック等に対する救急処置のとれる準備をしておくこと。

③ 投与開始から投与終了後まで、患者を安静の状態に保たせ、十分な観察を行うこと。特に、投与開始直後は注意深く観察すること。

の3つです。

抗菌薬投与に関連するアナフィラキシー対策のガイドライン(2004年版)

新型コロナワクチンを接種したあとは、15~30分程度安静にし、重篤なアレルギー反応が出た場合の経過観察が必要とされています。

いままでの方法をなぞっているといえそうですね。

Interim Clinical Considerations for Use of mRNA COVID-19 Vaccines Currently Authorized in the United States(CDC)

新型コロナワクチンに対する知識をもち、接種するかどうかの選択の一助になればと思います

さて、今回は新型コロナワクチンに含まれる、ポリエチレングリコールに関して解説しました。

日本では始まったばかりの新型コロナワクチンですが、世界では3億回以上も接種されています。これまで、既存のワクチンを上回るような危険性は報告されていないようです。

もちろん、安全性をよく確認していくことは、これからも重要でしょう。

その考える一つの情報として、この記事がみなさんの参考になればと願っています。

※3/13 14時『脂質』に分類するのは誤解が生じるかもしれないというご指摘をうけ、『高分子の化合物』に表現を変更しました。

医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。

小児科学会専門医・指導医。アレルギー学会専門医・指導医・代議員。1998年 鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院・関連病院での勤務を経て、2007年 国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から現職。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初のアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。医学専門雑誌に年間10~20本寄稿しつつTwitter(フォロワー12万人)、Instagram(2.4万人)、音声メディアVoicy(5500人)などで情報発信。2020年6月Yahoo!ニュース 個人MVA受賞。※アイコンは青鹿ユウさん(@buruban)。

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