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インフルエンザワクチン製造時に鶏卵を使用 卵アレルギーの子どもは予防接種できる?

堀向健太医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。
(写真:アフロ)

インフルエンザワクチンの接種シーズンになりました。

インフルエンザワクチンの接種シーズンになると、

『卵アレルギーがあるのですが、インフルエンザワクチンは接種できますか?』

という質問を多く受けるようになります。

たしかにインフルエンザワクチンは鶏卵を使用して製造されます。ですので、卵アレルギーの子どもにインフルエンザワクチンを接種することは難しいようにも思えます。

そして、インフルエンザワクチンの予診票(予防接種を受ける際に記入する、質問事項を記載した用紙)には、『ニワトリの肉や卵などにアレルギーがありますか』という項目があります(※1)。

※1)インフルエンザ予防接種予診票(様式第二)

インフルエンザワクチンに対する卵の心配があるからこそ、こういった記載があるのではないかと思う方がいてもおかしくありません。

卵アレルギーを心配される保護者さんは少なくありません。

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一方で、お子さんの食物アレルギーを心配されている保護者さんも少なくありません。

例えば、東京都が行っている3歳を対象にした調査では、16.7%の保護者がお子さんに食物アレルギーがあるのではないかと心配されています(※2)。

※2)アレルギー疾患に関する3歳児全都調査報告書(平成26年度)

そして、日本の子どもたちの食物アレルギーで最も多いのが卵アレルギーであり、全体の4割を占めます(※3)。

※3)食物アレルギーの診療の手引き2017

卵アレルギーがあるからインフルエンザワクチンが接種できないとなると、インフルエンザに罹ったときに重症化する確率が大きく上がることにもつながります(※4)。

※4) Flannery B, et al. Pediatrics 2017; 139.

ですので、保護者さんはインフルエンザワクチンを子どもに受けさせたいけれども、卵アレルギーは心配という状況に陥ってしまいます。

こういった場合、利益と不利益を比較する必要性があり、知識が必要になってくるでしょう。

そこで今回は、卵アレルギーのお子さんにインフルエンザワクチンを接種する際に参考になるような研究結果をご紹介したいと思います。

食品の包装に表示されている『卵』、どれくらい含まれていると表示義務があるでしょうか?

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食品表示法において、アレルギーを起こしやすい食品が製品に含まれているかどうかを包装に表示することが定められています。

そのうち卵は、表示が義務付けられている食品のひとつです。きっと卵アレルギーのあるお子さんをお持ちの保護者さんは、包装の表示をきちんと確認いておられることでしょう。

では、卵の表示義務は、どれくらいの卵の蛋白が含まれていると表示される必要があるでしょう?

目安として、食品1gあたり、数μg(マイクログラム)以上の卵が含まれる場合に表示義務があり、逆に、その濃度以下の場合は、必ずしも表示する義務はないとされています(※6)。

※6) 穐山 浩. 小児科臨床 2017; 70:1869-74.

ですので、食品1gあたり数μg以下では、知らないうちに摂取している可能性がでてきます。

目の前のホコリの中に、微量の卵が含まれている可能性があります。

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『いやそれは、あくまで表示義務の限界だし、やっぱり表示されていなければ、まず卵は含まれていなくて症状はでないのでしょう?』

という反応があるかもしれません。

では、こういった研究結果はどうでしょう?

日本の94家庭から家のホコリを集めてきて、その中に卵の蛋白が含まれているかどうかを検討した研究です。

すると、すべてのホコリから卵の蛋白が検出されました。

そして、検出された卵蛋白の重量は、ホコリ1gあたり中央値で43.7μg含まれていました(※7)。

※7) Kitazawa H, et al. Allergol Int 2019; 68:391-3.

普段から私達は、極微量の卵にさらされているのですね。

『いやいやそんなことを言われても、なんだか細かい単位でよくわからないし、そもそもインフルエンザワクチンの話じゃなかったの?』

そうでした。

では、インフルエンザワクチンに含まれる卵の蛋白量をみながら、これまで挙げてきた蛋白量を比較して考えてみましょう。

インフルエンザワクチンに含まれる卵の量はどれくらいでしょう?

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日本で作られているインフルエンザワクチンに含まれる卵蛋白量は、1mLあたり数ng(ナノグラム)程度です(※8)。

※8)予防接種に関するQ&A集 2018年版

さて、細かい単位がたくさん出てきましたので、すこし説明しますね。

1gの1000分の1が1mg(ミリグラム)です。

1mgの1000分の1が1μg(マイクログラム)です。

1μgの1000分の1が1ng(ナノグラム)です。

そして、

mg単位であれば、アレルギー症状が起こりえます。

μg単位であれば、ごく稀にアレルギー症状が起こりえます。

ng単位であれば、まずアレルギー症状は起こりません(※6)。

目の前のホコリの中にもμg単位の蛋白が含まれていたのですよね。

もしμg単位でも症状があるなら普段生活するのも困難になりますから、この数値が納得できるのではないでしょうか。

『いやいやいや、それでも、注射で使用したら症状がでるかもしれないですよね』

と言われるかもしれません。

実は、日本で使用されるインフルエンザワクチンに入っている卵蛋白の量は海外より少ないことが知られています。

例えば、WHO(世界保健機関)で定められたインフルエンザワクチンに含まれる卵の蛋白量は1mLあたり1000ng未満とされています。

実際、2004年にスウェーデンで使用されているインフルエンザワクチンに含まれている卵蛋白量を調べた検討では、1mLあたり28ngから1100ngの範囲だったという報告があります(※9)。

※9) Mark C. Pharmeuropa scientific notes 2006; 2006:27-9.

日本の基準の1000倍になっているわけですね。

そして、日本より多い卵が含まれているはずのインフルエンザワクチンを使用している米国では、2017年のシーズンから卵アレルギーのお子さんのインフルエンザワクチンの取り扱いを大きく変更しました。

その中で、『重症卵アレルギーのある全ての子どもに対し、全てのワクチンに対して推奨されている予防措置以外の追加の処置はしなくてもインフルエンザワクチンを接種できる(筆者翻訳)』という記載があります(※10)。

※10) Diseases CoI. Pediatrics 2017:e20172550.

『インフルエンザワクチンがアレルギーを起こさない』わけではありません。

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ここまでお話してきて、『インフルエンザワクチンは絶対アレルギーを起こさないの?』とい方がいるかもしれません。

そういう意味ではなく、インフルエンザワクチンもアレルギー症状を起こしえますし、場合によってはつよいアレルギー症状、すなわちアナフィラキシーも起こす可能性はあります。

例えばインフルエンザワクチンは、平均140万本に1回程度のアナフィラキシーを起こすことがわかっています。

そして、日本における2011年のインフルエンザシーズンに、例年よりもインフルエンザワクチンによるアナフィラキシーが多い(40万本に1回)のではないかという懸念が呈され、全国的な調査が行われました。

そのアナフィラキシーの原因は卵ではありませんでした

アナフィラキシーはインフルエンザワクチンの成分そのもので起こっており、保存料としてチメロサールから変更されたフェノキシエタノールが症状を強くしたのではないかという結論が導かれたのです(※11)。

※11) Nagao M, et al., J Allergy Clin Immunol 2016; 137:861-7.

これらの結果から、私は卵をほんの僅かでも摂取できていれば(卵アレルギーの観点から考えれば)インフルエンザワクチンの接種はできますとお話ししています。

本当は、卵アレルギーに関係なくインフルエンザワクチンを接種してもよいと言いたいくらいなのですが、インフルエンザワクチンの添付文書には、予防接種を受けることが適当でない者として『本剤の成分によってアナフィラキシーを呈したことがあることが明らかな者』という記載があり、大手を振ってお話ししにくいのです。

医学情報は更新を考えながら、より利益が大きくなるように変えていくべきものです。

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たとえば、一昔前まで、抗菌薬を使用する場合には全員にアレルギー皮膚検査をしていた時代がありました。しかし、偽陽性や偽陰性の問題もあり、不利益が利益を上回ることから抗菌薬の皮膚検査は行われなくなりました。

もちろん、抗菌薬に対するアレルギーがないというわけではありません。

抗菌薬を使用する可能性がある医療機関はすべて、アレルギー症状に注意しながら、万が一発症した場合には速やかに対応できるように体制を整えているはずです。

もちろんそれでも、インフルエンザワクチンを卵アレルギーのお子さんに接種するには抵抗がある医師もいらっしゃるでしょう。

私は、それも理解できます。というのも、添付文書や予診票の記載が医療者を縛っているからです。

ですので今後は、制度として卵アレルギーがあってもインフルエンザワクチンをできるような公的な声明が必要なのだろうと思っています。情報が新たにわかってきたら医学的な対策の更新を行うことは科学的で進歩的なことです。

そして、インフルエンザワクチンが必要な方に、科学的な根拠に基づいた予防接種がなされることで、より全体としての合意が形成され、子どもたちが守られる社会になることを願っています。

医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。

小児科学会専門医・指導医。アレルギー学会専門医・指導医・代議員。1998年 鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院・関連病院での勤務を経て、2007年 国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から現職。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初のアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。医学専門雑誌に年間10~20本寄稿しつつTwitter(フォロワー12万人)、Instagram(2.4万人)、音声メディアVoicy(5500人)などで情報発信。2020年6月Yahoo!ニュース 個人MVA受賞。※アイコンは青鹿ユウさん(@buruban)。

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