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『真夏のシンデレラ』が「男女〈8人〉物語」である残念さ なぜ8人にしてしまったのか

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:西村尚己/アフロ)

「男女8人恋物語」である『真夏のシンデレラ』

フドラマ『真夏のシンデレラ』は久しぶりに「フジ月9」の恋愛もの、しかも海を舞台にした夏らしさ全開のドラマである。

男女集団の恋愛ドラマ。

メインの登場人物は8人である。

女性が3人。

森七菜。吉川愛。仁村紗和。

そして男性が5人。

間宮祥太朗。神尾楓珠。萩原利久。白濱亜嵐。水上恒司。

なぜ「8」にしてしまったのか

このドラマは男女「8人」恋物語なのだ。

男5対女3の男女8人である。

なかなかいびつな組み合わせだ。

なぜ「8」にしてしまったのか、かなり不思議な疑問が残る。

男女が複数登場して、複層的にからみあう恋愛物語は、昔からあった。

有名なところでいえば、1986年の『男女7人夏物語』だろう。

昭和の「男女7人」は「男3人に女4人」

いまテレビ埼玉で『男女7人夏物語』が再放送されている。小さいネット記事にもなっていて、テレ玉の再放送が記事になることがあるのだ、と少し感心した。

もともと1986年の夏の金曜の夜、TBSで放送されていたドラマだ。1986年の時点では、まだドラマはTBSのほうがおもしろいんじゃないか、とおもわれていたぎりぎり最後である。そのあと「ドラマのフジテレビ」がのしあがってくる。

37年前、昭和の男女7人の構造は男3、女4である。

男が明石家さんま。奥田瑛二。片岡鶴太郎。

女が大竹しのぶ。池上季実子。賀来千香子。小川みどり。

女性のほうが1人多い。

それが、バブル日本の実態でもある。

「男女7人夏物語」の基本の構造

基本は「明石家さんまー大竹しのぶ」のカップルである。

そこにもう一人、池上季実子がからむ。

「奥田瑛二―賀来千香子」は最初からここがセットになっていて、紆余曲折はあるが、いちおう最後までこの2人はセットのままである。

片岡鶴太郎は、いまでこそ少し渋くなっているが、当時は完全にイロモノ枠で、出川哲朗みたいな扱いというか、もてない男としての登場であった。

でも、というかだからこそ彼の相手は、残り一人の女性ではなく、「かなりいい女」である池上季実子と仲良くなっていく、という展開であった。

もともとあぶれていた女性一人

小川みどりという人は、ドラマではこれでしか見たことがなく、もともと女優ではなかったとおもう。芸能レポーターだったはずだ。つまり「7人」と規定しながらも女性が最初から一人枠外であった。

彼女はこのグループの恋愛に深くは関わらず、最後は見合い結婚する、という設定だった。

主人公とヒロイン(明石家さんまと大竹しのぶ)のラインに女性が一人からむが、その女性は別の仲間の男性(片岡鶴太郎)と仲良くなる、もう1組は最初惹かれたとおりに一緒になるというのが「男女7人」の構造である。

令和の「男女8人」は3つに分かれる

そして令和の集団恋愛ドラマ『真夏のシンデレラ』は8人だ。

男女8人物語で、4対4ではなく、女性が3人。

だからおそらく、女性それぞれの話になる。

吉川愛のところがもっとも恋愛ドラマらしい

ヒロインの夏海(森七菜)をめぐって健人(間宮祥太朗)と匠(神尾楓珠)が争う。

美容院で働く愛梨(吉川愛)はもっとも恋愛ドラマっぽい存在で、彼女をめぐって、陽キャの守(白濱亜嵐)と陰キャの修(萩原利久)で火花を散らすようだ。

理沙(仁村紗和)にひとめ惚れしたのはライフセイバー(本業はどうやら医師)の宗佑(水上恒司)で、ここは一対一だ。

ただ理沙には子供がいてシングルマザーである。

どうやらこの子供(およびそのうしろに見え隠れする元夫)が、宗佑のライバル的な存在となりそうである。

令和の恋愛ドラマは交錯しない

きれいに3グループに分かれて、交錯しない。

女性3人の恋物語で、そのグループに強弱がついている。

ヒロインのところがメインで、これは王道の展開だろう。

そして吉川愛のグループがもっとも恋愛らしく、すこし変転しそうである。どっちになるかわからない。いまのところはどっちになってもかまわない。

仁村紗和グループは、子連れ母のお話なので、彼を取るか子を取るかというような展開が予想されて、あまり海辺の若者の恋らしくないが、だからこそ敢えて入れてきたのだろう。

どきどきしない8人構造

8人だけど、女性3人を中心にまわって、わかりやすい。

わかりやすくて、そして、申し訳ないが、どきどきしなさそうだ。

交錯すれば、たぶん、どきどきする。

それはたとえば、「吉川愛が神尾楓珠といきなりあやしくなる」とか「水上恒司が森七菜にも言い寄る」とか、そういう展開が見られれば話題になるしどきどきするが、まあ、そんな展開は見せないだろう。

いまはそんなものはまず作られない。逆撫でするものは避けられる。

7人ではない物語に「7」が付けられたわけ

そして、交錯しない8人物語は、やはりどうしても軽くなりそうだ。見ようによってはちょっと弱い。

やはり「8」なのが弱いとおもう。

5−3で割ろうと4−4で割ろうと、8という数字に刺激が少ない。

男女7人というタイトルは、おそらく「7」という数字の「尖っている」ところをうまく取り込んだのだ。

実際には、7人の物語ではなかったのに、その数字を付けて注目を集めた。

続編の『男女7人秋物語』もまた7人の話ではなかった(こっちは9人)のだが、タイトルは「7」である。

尖っているから不安定なイメージがある。

そこが刺激的に感じられたのだ。

8人の恋愛には尖ったところが少なそう

「8人」という人数の恋愛を選んでいるところで、たぶん尖った物語があまり想像できない。

この夏の日本は異様に暑く、夏の海辺の恋愛ドラマを見るのは、楽しみでもある。

『真夏のシンデレラ』では、ふつうの夏風景と海辺のさまを眺められて、それだけでもちょっとほっとする。

まあ、それだけでもじゅうぶん、とおもって見るのにいいドラマではないだろうか。どきどきわくわくより、ちょっとほっとする展開になっていきそうだ。

桜井ユキの「友情出演」

最初、神尾楓珠はこの8人の外にいる高校時代の先生(桜井ユキ)が好きだった。

だから最初、第一グループの恋愛矢印は一方向だった。

間宮祥太朗→森七菜→神尾楓珠→桜井ユキ

一方向の恋は不安定だから、こっちでふくらむとおもしろそうだったが、桜井ユキには「友情出演」と銘打たれていて、誰とのどんな友情だろうとおもいつつ、それはこの恋愛枠の外にいますから、という意味を示しているのだろう。

最初だけ濃く関係したが、それも1話だけだったようだ。

4話で会おうとしなかったので、いちおう訣別ということだろう。

なかなか残念であった。

恋愛度が低くなっていく

8人の物語では、メインの恋愛とサブの恋愛にあまり濃淡が出てこない。

そうなると、じつは恋愛度が低くなってしまう。

柔らかそうな8という数字を選んだのは、「交錯した恋愛は存在させない」という宣言にも見えてくる。

複数の異性とは交わらない。

しかたがない。

そういう時代なのだ。

つい「男女、8人、かあ」とつぶやくように口にしてしまう。

夏の風景を楽しむことをメインに、「8人かあ」とつぶやきつつ、ぼんやり眺めるのが『真夏のシンデレラ』を楽しむ態度のような気がしている。

たぶん、最終話まできちんとずっと見続けるとおもう。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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