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吉高由里子を「最も愛した」のは誰か ドラマ『最愛』の哀しいどんでん返し

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:2017 TIFF/アフロ)

その人をいつ好きになったのか、覚えていない

(ドラマ『最愛』のネタバレしています)

その人をいつ好きになったのか、覚えていない。

ドラマ『最愛』はそういうモノローグから始まった。

松下洸平が演じる宮崎大輝のセリフである。

彼の視線の先には女子高生の梨央(吉高由里子)がいる。

「笑い声が聞こえるとついそっちを見てしまう。

話せた日は嬉しい。

別の誰かと仲良くしていると、気になってしかたない」

そう続く。

「会えない日はつまらない。

二人になれたときは、このままでいたいと願ってしまう」

切々としたモノローグである。

一方的な想いを語っているから、彼の一方的な片想いの物語なのかとおもっていたら、そうではなかった。

駅伝の予選選考会で優勝したあと、梨央のほうから大ちゃんに告白しようとする。

梨央も宮崎大輝のことが好きだったのだ。

『最愛』というタイトルの示すもの

モノローグ部分は何だかずっと、もの哀しい。

二人がずっとその後、一緒にいたわけではないことを示唆している。

『最愛』というタイトルは、宮崎大輝(松下洸平)が好きだった梨央(吉高由里子)を想い続けたこと、それを描いたドラマなのだろう。

最初は、そうおもって見ていた。

「ミステリーではない」というメッセージ

でも最終話まで見ると、はたして「大ちゃんの梨央への想い」のことを「最愛」と称していたわけではないようだ。そう気がつく。

ミステリー仕立てにしたのも、「愛の深さ」を描くためだった、とわかる。

事件が起こって、犯人探しはあるが、べつだん真犯人が誰なのかという興味だけで引っ張ったドラマではない。

その興味で引っ張られた人もあるのかもしれないが、それより人間関係の行方が気になる構成になっていた。

タイトルが『最愛』であり、愛の独白から始まるドラマだから「ミステリーではないですよ」とのメッセージに見えた。

『最愛』が何を意味しているのか、という部分では謎解きじみていたのだが。

吉高由里子のドラマは間違いがない

吉高由里子のドラマである。

吉高由里子のドラマは、まず、間違いがない。

彼女が出たドラマは、ほぼ評判がいい。

彼女は、トップグループの中で、頭ひとつ抜け出ているように見える。

ドラマは「吉高由里子を見つめる視線」から始まる。

彼女を見つづけることだけで成り立つドラマとなっていた。

それはやはり吉高由里子という存在の大きさゆえだろう。

「常に人目に曝されながら、それに耐えうる人物」を演じ、その笑顔に孤独さが見えて、迫ってくる。

凄みのある笑顔を湛える。

彼女自身にもミステリアスな部分がある。

だからとても美しかった。

姫を守る家老のような「家族愛」

ドラマのミステリー部分は、また「より吉高由里子を美しく見せるため」の道具立てでもあったのではないか。そうおもえてくる。

彼女は、田舎の素朴な高校生から、父の死によって一転、都会のセレブ生活に入る。

この変転を自然に演じて見事である。

ただ、セレブ生活は、彼女の安心できる居場所ではなかった。

そのときからずっと彼女を守っていたのは弁護士の加瀬(井浦新)である。

加瀬は、いつも彼女のそばに控え、彼女を守っていた。

それは「家族愛」だと繰り返し言っていた。

戦国時代の姫を守る家老のような愛である。

詳しくは語られないが、加瀬は家族と縁の薄い育ちらしい。

だから、真田家の人たちを家族だとおもって、それに尽くしている。

とくに、梨央を全力で守る。

愛ゆえの間違い

加瀬(井浦新)は穏やかな性格で、「愛」を大事にしている。

そしてその「深い愛」ゆえに罪を犯す。

ヒロイン・真田梨央の家族は、大なり小なり、愛ゆえの罪を犯している。

父も、母も、弟も、家族を守ろうとして、罪を犯す。

そして、ヒロインの一番近くにいて、ずっと彼女の味方であり、「私は家族です」と言っていた加瀬もまた、大きな罪を犯していた。

見ている者も、そうじゃないのかな、という哀しい予感を抱きながら見守っていた。

何となく結末は示唆されていた。

そのへんがずるいといえばずるい。

ミステリー仕立てを逆手にとった構成になっていて見事だった。

誰が犯人なのかを中心に置いたドラマではなく、何ゆえに彼はそんなことをしたのかを問う物語だったのだ。

そこが見ている者の胸に響いた。

ダークサイドの「深い愛」

ドラマ内で殺されたのは、まず大学院生の「渡辺康介」であり、その息子を探し続けていた父の「渡辺昭」である。

「渡辺康介」は卑劣な犯罪者であり、わかりやすく「悪」である。

その父は、息子の犯罪行為は知っていながら、そんなことは別にかまわんじゃろうという態度の人で、悪とは言い切れないが、ダークサイドの人である。

その父は、息子が行方不明となり15年のあいだ、執念で息子のことを探しつづけている。その迫力にみんな気圧される。

これもまた「深い愛」である。

この父・渡辺昭の身勝手ながらの「強い愛」を描くことによって、このドラマにふくらみをもたせていた。

ダークサイドにも深い愛はある。

姉の弟に対する「深い愛」

ドラマ内で「最も深い愛」はどれだったのか。

ヒロイン・梨央は、弟の難病を治すため、新薬の研究に没頭し、何年もかけ、その新薬を完成させる。これもまた執念に近い家族愛である。

小学生の弟の、姉を守るための必死の行為も突き刺さる。

そして、その弟を守るための父の必死の行為、またそれを手伝った加瀬。

すべて、人生を賭した、深い愛に根付いた行為であった。

母もまた、愛しているもののために罪を犯していた(愛していたのは、たぶん、会社存在そのもの)。

『最愛』最終話のどんでん返し

梨央と大輝は、15年前は「恋人直前」の仲であった。

その後、離れ離れとなった。

15年後、刑事と、彼の追う事件の関係者として二人は再会する。

切ない二人の関係が始まる。

底に恋心を秘めながらも、距離を置いた関係が続く。

モノローグで語られる物語になっていた。

ここに「最愛」があるのだとおもって、見守っていた。

でも、二人は徐々に近づいていく。

事件そのものが、二人から少し離れたところで展開し、解決していくことによって、二人は仲良くなっていく。

最終話ラストシーンでは、二人が手をつないで仲良く歩いていた。

二人の関係だけで見れば、ハッピーな終わりかたであった。

だから、たぶん、「最愛」とは、梨央と大輝のことではなかったのだ。

そのどんでん返しが見事であった。

「最愛」の想いを抱いていたのは

最終話、切ないおもいで見続けたのは「弁護士の加瀬の言動」である。

「最愛」とは、加瀬(井浦新)の梨央(吉高由里子)へのおもいだったのではないか。

多くの人にそう想像させてドラマは終わった。

それが本当の答えかどうかはわからない。答えは見た人それぞれにあるのだろう。

でも私には、加瀬のおもいを「最愛」と称しているように見えた。

ずいぶんと心に残る終わりかたであった。見事なドラマだったとおもう。

やはり、吉高由里子のドラマは、間違いがない。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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