『エール』では全120話のうち主題歌が流れないことが12回あった

朝ドラ『エール』の主題歌はGReeeeNの「星影のエール」だった。

第一話冒頭は「一万年前」から始まり、どうなるんだろうと不安になったが一話の終わりにはきちんと主人公の誕生シーンになって、ふつうに始まった。

主題歌はエンディングで使われた。

実質の最終話119話でも、主題歌が最後に流れた。

海辺のシーンが効果的に使われて、胸を打つラストシーンになっていた。

ただ、今回の朝ドラでは、何回か主題歌「星影のエール」が流れない回があった。

それもまた『エール』ならではの特徴だったとおもう。

主題歌が流れない回は全120回のうち、12回あった。

一割である。

かなり多い。かつてない多さである。

主題歌が流れないと、スタッフ名・出演者名が、静かに、なんかもうしわけない、という感じで流れていく。

12回のうち1つは最終回である。

出演者で古関裕而の曲を歌う素敵なコンサートだった。

古関裕而の曲限定だったから、主題歌「星影のエール」は流れなかった。もちろんそれで充分だった。

ちょっと早いミニ紅白歌合戦を見ているみたいですごく楽しく、それでいて何かが終わってしまうせつなさでいっぱいになった。

スピンオフ週間に主題歌が流れなかった理由

それ以外では11回、主題歌なしの回があった。

まず、スピンオフ週間には、基本、流れなかった。

前の『スカーレット』から、ドラマのどこか一週間、本編のストーリーは進めずに、脇役の人にスポットをあてるスピンオフの一週間がある。(恒例になりそうである)。

『エール』では12週め。

まず1,2話では(通算56・57話)、主人公の妻・音の父(光石研)があの世から戻ってくるエピソード。

(このとき、父にいろいろ注意していた閻魔大王様を橋本じゅんが演じていたが、橋本じゅんは、その後、103話から「調子のいいオペラ演出家」として再登場して、ちょっと驚いた。なにか閻魔大王的メッセージが込められているのかと警戒して見ていたが、そういうわけではなさそうだった)。

3話(通算58話)は「喫茶バンブーの夫婦の馴れそめ」エピソード。

4,5話(通算59・60話)はオペラ歌手「双浦環の無名のパリ時代」エピソードだった。

このうち3話め(通算58話)は、主人公の裕一と音夫婦(窪田正孝と二階堂ふみ)が喫茶バンブーの夫婦(野間口徹と仲里依紗)に話しかけるところから始まっていた。ドラマの現在地に近い話だったからか、主題歌「星影のエール」は流れていた。

スピンオフ1、2話のあの世からの話と、4、5話の昔のパリの話では、主題歌は流れなかった。たしかに進行中のドラマとはちょっと遠いところにあるエピソードだった。

あの世の父や、過去のパリに、エールは送りにくい。だからスピンオフ週間には流れなかったのだろう。

おそらく毎回流れる主題歌にも、「エール」「応援歌」という意味合いをずっと持たせていたのではないか。

まとめて見ると、あらためてそう感じる。

「主人公の父」が亡くなった回の構成の妙

ふつうのドラマ展開で、主題歌が流れなかったのは7回である。

最初は11週目の55話。(「あの世から父帰る」の前回である)。

これは、主人公の父が亡くなった回である。

裕一の父(唐沢寿明)が福島の家で亡くなった。主人公夫婦も、福島にかけつけていて、家族が見守るなかで亡くなった。ただ、亡くなったシーンそのものの描写はなくて、ナレーションで「その夜、安らかに息をひきとりました」と説明があるばかりだった。

NHK朝の連続テレビ小説は、家庭内を主舞台にしていることが多いので、むかしから「主人公の父の死」は全体の流れのなかで大きな山としてあつかわれることが多い。

今回もそうだった。

主題歌が流れない、というのは、番組全体で弔意を表しているようでもあった。

冒頭で流れず、ずっと流れないので、ああ、そういうことか、と気づきながら、慎重になって見ていた。

父が死んだ日は、応援歌的主題歌は休みます、という「喪中のお知らせ」メッセージのように感じた。

ただ、この55話は、父が死んで、そのまま暗く沈んだトーンで終わったわけではない。

ナレーションで父の死が告げられたあと、母と弟とこれからのことを語り、最後には「かつて世話になったが不義理をしたままである伯父(風間杜夫)」を訪ねていく。

むかしは怖かった伯父もいまや陶芸に凝る好々爺で、あれだけ音楽をやることを反対していたのに「せいぜい、きばれ」と主人公を励ましてくれる。そのうえ「夫婦茶碗だ、持っていけ」と陶器をくれたのだが、いかにも素人の作で、本来なら大小がついているべき茶碗の違いがわからず、裕一と音は「これ、どっちがどっちですか」と聞いたが、伯父は「見ればわかっぺ」と言うばかりで、夫婦は顔を見合わせて笑うしかなかった。

そういうシーンで「父の死」の回が終わっていた。

すこししんみりしたが、最後はきちんと和ませてくれた。

「主題歌のない回」でさえも前向きな気持ちにさせてくれて、これが『エール』なんだな、とつくづくおもった。

父が死んでも、生活は続き、人はふつうに生きる。それを描いていたとおもう。

『エール」のなかでもっとも深刻だった4話

主題歌がないのが4話つづいたのが、88話から91話である。

『エール』でもっとも深刻な展開を見せた部分である。

本来はカラフルな色で「エール」と出るタイトル文字も、このときはグレー一色だった。

88話。昭和19年、インパール作戦が展開するビルマの前戦に、主人公は慰問に行った。そこで恩師の藤堂大尉(森山直太朗)に会い、ささやかな演奏会を開こうとしているときに敵襲を受ける。演奏の仲間も先生も戦死してしまう。主人公はうちひしがれ、引き上げるシーンで終わる。

89話は、日本に帰るが、うちひしがれたままの主人公は、東京でひとり終戦を迎える。

90話は、戦後、曲が書けなくなった裕一の姿が描かれる。

91話は、タイトル文字はカラフルに戻ったが、主人公はまだくすぶったままだった。

この4話はずっと主題歌が流れなかった。

昭和19年の春ごろから、昭和20年の終わりにかけて、日本には楽しい音楽が流れていなかった。そういうことも暗示していたのかもしれない。

主人公裕一は、その間にも「いざ来い、ニミッツ、マッカーサー」という歌詞の入った曲を任されたりしていたが、それはおそらくもう音楽ではなかったのだろう。

主題歌を「エール」ととらえるなら、あまりにもつらすぎるときには、エールを送られることも、つまり「がんばれ」と声をかけられること自体が、きつすぎる、という主張だったようにもおもえる。

この4話が放送されたのは、10月14日水曜から、週をまたいで10月19日月曜まで。

見ているほうも、息を詰めて眺めるしかなかった。

戦争に協力的であり、戦場の最前線で死地を見て、そこから帰って終戦を迎えるということは、かように、息さえできない気分だったのか。

ドラマ構成からも、そのことが響くように伝わってきた。

このドラマは、戦争に不本意ながらも協力し、軍からも重宝されていた男を正面から描いていた。「逃げなかった朝ドラ」だとおもう。

「長崎の鐘」は主題歌の代わりとなるものだった

92話から主題歌は戻ったが、また95話で主題歌が流れなかった。

このときは主人公は長崎にいる。

「長崎の鐘」の曲が書けずに、直接、現場の医師(吉岡秀隆)に会っている。

人と人とのつながりをみて力を得た裕一は曲を一挙にかきあげる。

「長崎の鐘」が東京のスタジオで歌われ、92話は終わった。

主題歌のかわりに「長崎の鐘」をきちんと聞いてもらおう、という意図がしっかりと見えた。

音楽家のドラマならではの展開だった。

主題歌を流さないことで効果をあげていた

最後に主題歌のなかった105話もまた、音楽の回だった。

妻の音(二階堂ふみ)が、歌手としての自分の限界をまざまざと知り、舞台に立つことをあきらめる。

うちひしがれる彼女に、裕一(窪田正孝)は教会のクリスマス音楽会で歌おうと、誘う。

それに応えて、音は、教会で、子供たちや仲間たちと一緒に歌う。

スペシャル最終回120話のコンサートにちょっと似ていた。

歌をたっぷり聞かせて、そのぶん、主題歌はお休みの回だった。

他の曲をもって、エールであり応援歌となる主題歌の代わりとさせていただきます、ということのようだった。

誰もそんなこと言ってませんけど。

主題歌を流さないこともまた、ドラマの構成に効果的に使われていた。

おそらく音楽をテーマにした朝ドラだったから可能だったのだろう。

もともとのテーマに加え、コロナによる中断、短縮などの苦難を乗り越えて作りつづけたからこそ、「みんなにエールを送る」というテーマがより鮮明になったドラマだった。

主題歌をあえて流さないときは、それによってまた強く「エール」を送ろうとしていたのではないか。

ドラマを見ていて、そう感じた。

人を励まそうという熱意と、自分たちもがんばるという決意のにじみでるドラマだったようにおもう。

まだしばし、『エール』の余韻にひたっている。