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朝ドラ『エール』 仲里依紗の「喫茶バンブーの恵」 その謎の前半生を探る

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

『エール』を支えた喫茶「バンブー」の魅力

朝ドラ『エール』には、じつにいろんな人が登場していた。

主人公夫婦の家と隣接する「喫茶バンブー」の梶取恵と保の夫婦も印象的だった。

演じていたのは、仲里依紗と野間口徹。

絶妙な夫婦だった。彼女たちが隣に住んでいることによって、主人公家族や仲間たちが楽しく集まれる場所があり、相談する相手がいて、そしてみんな癒されていた。

この夫婦は、妻のほうが行動的で、主導権を握っているようだ。

喫茶店の名前「バンブー」も妻が決めた。(58話)。

彼女は「竹って根がすごいでしょ。私ずっとこうやってふわふわして生きてきたから、しっかり地に足つけなきゃって、そういう意味もふくめて」、バンブーと名づけたらしい。

彼女はずっと「ふわふわ」と生きてきたのだ。

彼女の半生は、とても謎めいている。ときどき懐かしんで断片的なシーンを語るのだが、だいたい驚かされる内容である。

夫の保も、ほぼ初耳のようで、見ている私たちと一緒に驚いていた。とても楽しかった。そしてとても気になる部分だった。

そのとても気になった彼女の「断片的な前半生シーン」を集め、可能なかぎり彼女の前半生を想像してみたいとおもう。

主人公夫婦とバンブー夫婦の出会いは30話だった

彼女たちが登場したのは第6週めの金曜日、5月8日放送の30話からだった。

駆け落ちのように東京に出て来た主人公二人・古山裕一と音(窪田正孝と二階堂ふみ)が、新婚生活を始める家を探しているときに、たまたま入ったのが喫茶店「バンブー」である。

新居を探しているのを知った恵(仲里依紗)が「いいところがあるわよ」とすぐ裏の家を紹介してくれた。

主人公夫婦はそこに長く住むことになる。

バンブーは主人公家族や、友人たちが集まる場となった。

昭和18年に主人公裕一に「充員召集令状」がきたとき、その住所は「東京市世田谷区新屋町一丁目」となっていた。(80話。新屋町は架空の地名である)。

世田谷区にあった喫茶店のようだ。

30話はだいたい昭和5年か6年のあたりである。

58話はバンブーの夫婦の出会いだけを描いた回

58話「古本屋の恋」は『エール』スピンオフ週間の第二エピソードとして「恵と保」の馴れそめ話が展開された。

そのとき、奥手の保の背中を押したのが、まだ少年だったころのプリンス佐藤久志である。

かれは裕一の同級生で、このとき12歳くらい。

いっぽう恵は、保と結婚するころだから、推定で20歳すぎ、というのが妥当ではないだろうか。

つまり裕一・久志の10歳ほど年長ということになる。

裕一・音夫妻が新婚生活を始めたのが20歳そこそこ、そのときの恵は30歳そこそこだったことになる。だいたいそんなもので合ってるとおもう。

となると、恵の生まれは明治30年代。日清戦争と日露戦争のあいだくらいになる。

米英との戦争中はだいたい四十代、東京五輪のときに六十代半ばだった。

初婚ではなかったことを突然、知らされる

では、恵(仲里依紗)がときどきふっとおもいだしていた「前半生の劇的な断片」を拾い上げてみよう。

登場して3話目、32話で喫茶店にやってきた音(二階堂ふみ)が、夫の作曲仲間の話をしていると、保(野間口徹)は「良き友人で良きライバルっていうところか、いいもんだね」と言い、それを聞いた恵(仲里依紗)が突然、斜め四十五度を見上げて、昔のことをおもいだすのだ。

「ライバルかあ。いまごろどうしてるかしら…幼なじみのあの子…同じ男を好きになっては取ったり、取られたり…最初の旦那も、あの子に取られたから、別れたのよねえ」

後ろで夫は「最初?」と驚いている。初めて聞いたらしい。

「でも彼女に負けたくないって気持ちがいまの私を作ってくれたの。ライバルがいる人生って悪くないわよね」とうっとりと言い切った。

自分の妻が初婚ではないとこんな形で知った保さんは、さぞかし驚いたとおもうのだが、そのことでは騒ぎ立てない。穏やかな大人である。とても感じがいい。

始終そうだった。

主人公の裕一と通じ合うところがあり、『エール』のひとつのトーンを支えていたとおもう。

梶取夫妻は、妻は自由で、夫はそのことに対してべつだん何も言わないという態度だった。

かなり仲の良い夫婦である。

そういえばこの二人が喧嘩してるのは見たことがない。

網走の鉄格子越しに別れを告げられた衝撃の過去

翌日の33話では、もっと驚きの過去がわかる。

この日は、妻がいつも八丁味噌の料理を出すのでちょっときついと、主人公裕一が喫茶店で愚痴っている。

八丁味噌と聞いて、恵の回顧モードにスイッチが入った。

「八丁味噌かあ。味噌まんじゅう、よく届けに行ったなあ、網走に」とまた遠くを見る目になる。

裕一が「あ、あ、あばしり!?」と驚いている。

「最後の面会なんて、おれのことはもう忘れてくれって……鉄格子の向こうで涙してたなあ……」

夫の保は「初めて聞いた」と呟いている。

裕一が自宅に戻ったあと、夫はおそるおそる「網走って……寒いの?」と聞いているが、恵は遠くを見るように「八丁味噌かあ」と呟いているばかりで、完全に(おそらく断固として)スルーしていた。

同じ33話内で、こんどは音(二階堂ふみ)が、音楽学校の先輩であるプリンス佐藤久志(山崎育三郎)を連れて喫茶店バンブーに入ってきたので驚く喫茶店の夫婦。

いいのか、と言いつつ、少し離れたカウンターで、音と久志の会話に、二人で勝手に声を当てていく。

ばかばかしくて、ただ楽しい。

「だめよ私は夫がある身」「わかってる、でも止められない、音さん、愛してる」「もっと早くに出会いたかったわ、、伝吉さん…」

知らない名前が出て来て、夫は素に戻ってしまった。

「伝吉さんってだれ」。

もちろん妻は伝吉さんのことをおもいだしていて、返事はしない。

流れからして、網走で鉄格子越しに別れたのが「伝吉さん」ではないかと想像してしまうが、ふと恵に「それが、網走の男の人の名前ですか」と聞いてみるシーンをおもいうかべると、想像できる恵の答えはひとつである。

「あら、ちがうわよ」

(想像です)

大正時代にオックスフォード大学に留学していた才媛

三つ目はまたまったく別方向の過去がわかる。

これは38話。

喫茶店に早稲田大学の応援部が集まっているところへ、慶應義塾の応援部団長がやってきて、さかんに早稲田を野蛮だと馬鹿にする。

そこでいきなり恵は高笑いをして過去語りを始めるのだ。

「おもいだすわー、私がオックスフォード大学で法律を学んでいたときのこと」

オックスフォード…、と外国かぶれの慶応の団長さえも驚く。

「なにも怖くなかった。だれにも負ける気がしなかった。でも、そんなときにね、現れたの、底抜けのバカが……いままで模擬裁判で負けたことなんかなかったのに、あいつは正面を切って正義を訴えるの。陪審員はほだされていく……私は悟ったわ、しょせん人は感情の生き物だって……もちろん本当の裁判は違うのかもしれない。でも、若かった私は大学を辞めた、だって論理がすべてじゃないのなら、違った生き方をしてみたいとおもったから……」

慶応応援部団長を睨みすえ「あなた、負けるわよ」と言い放ち「だってこの人たち、底抜けのバカだから」と言い切る。

とてもかっこいい。留学はおそらく大正時代のはずである。

さすがにこのあと夫の保は「さっきの話、嘘だよね」と聞いたのだが、「え!?ほんとよ、言ってなかったっけ?」と恵はさりげない。

寂しげな夫がいうセリフは決まっている。

「うん、初めて聞いた」

旅芸人の一座にもいたし、ドイツでオーディションも受けていた

42話では、また意外な過去がわかる。

この日は喫茶店内で「椿姫」を、プリンス佐藤久志がバンブーの夫婦を使って演じさせ、説明している。その芝居が終わったあと、恵はぽつりと言うのである。

「おもいだすわー、旅芸人の一座にいたときのこと」

58話のスピンオフドラマ「古本屋の恋」では、喫茶店をやる前に古本屋の店主だった保と、謎の美女・恵の出会いが描かれた。

恵は、表紙を見ただけで「これは漱石『吾輩は猫である』の初版本ね」と見抜き、また漱石の「こゝろ」に書いてあるラテン語の意味を解説してくれる。ヒポクラテスの言葉らしい。

そのあと、外国人の男性の友人と一緒に歩いているところに保が駆けつけてきて、いきなり結婚を申し込まれた。恵は承諾したようである。(東京市内の出来事だとおもわれる)。

エピソードは続く。

64話では「おもいだすわー、ドイツのオーディションで歌ったときのこと。ママママママママー(高音で歌う)、っし!」と美声を披露していた。さいごの「っし!」は「よしっ!」の「よ」が省かれたものだとおもわれる。

デザインや絵画能力にもすぐれたマルチ才能をみせる恵

72話では、音(二階堂ふみ)の音楽教室告知ポスターをささっと仕上げ、そのプロ顔負けのデザイン、ロゴ、イラストに音と保が驚いていると「ときどき頼まれて新聞広告、描いてたから」と言ってのける。

91話、戦争が終わって、戦時中に「喫茶 竹」と名前を変えていた店をもとに戻す模様替えをしているとき、店のガラスに、絵をデザインして、描いて、彩色していた。

デザイナー的な美術的才能を存分に発揮している。

104話では、主人公たちの娘の華(古川琴音)が高校生となって、高校球児のワタルくんと喫茶店で話をしている。それを見て、「若いっていいわねえ、おもいだすわあ……」と遠くを見つめるが、何も語らなかった。

夫は「なにを…」と聞き返したが、恵は話さない。

この昭和24、25年ごろ、おもいだしたけど話さない姿が、彼女の過去語りの最後である。

並べてみてわかるあまりにマルチでインテリな美女の過去

わかったことを、羅列してみる。

・イギリスのオックスフォード大学で法律の勉強をしていたが、途中で辞めた。

・ドイツでオーディションを受けたことがある。

・旅芸人一座にいたことがある。

・夏目漱石の書籍に詳しい。また古書店が好きそうである。囲碁は知らない。

・かつて結婚していた。前夫は幼なじみに取られた。

・網走の監獄に入れられた男と恋をしていて、味噌饅頭をいつも差し入れしていた。しかし鉄格子越しに別れを言われた。

・「伝吉さん」という男に恋をしていた(ようである)。

・ときどき頼まれて新聞の広告を描いていたことがある。

・「若いっていいわあ」とおもっている。

なかなかにすごい。マルチな才能を持ち、人そのものの幅がすごく広い。

保(野間口徹)と結婚したのは、二十歳そこそこの時期だとするなら、上記はすべて「保と出会う前」のほぼ十代で経験したことになる。

激動の十代だ。

それでいて、ふわふわしていて、人の話をよく聞いて、魅力的である。

イギリスから旅芸人として大陸に流れてドイツへ(推測)

明治生まれの女性なのに海外留学の経験があり、それをあっさり辞めても大丈夫な立場にいた。国費留学だとそんなにあっさり辞められないだろうから、つまり私費留学だろう。

かなり裕福な育ちのようである。それでいて自由でいられる身分である。「家」のしがらみがあまり感じられない。

また、オックスフォードでの専門は法律だったのに、漱石などの小説にも詳しく、おそらく数カ国語に堪能な様子である。

すさまじいインテリだとおもわれる。

そして、旅芸人一座に加わったり、網走の監獄まで男を追っていったり、行動的でもある。(網走は、面会、鉄格子という用語から、監獄に収監されている男が恋人だったと想像しているが、まったく違う可能性がないわけではない)。

旅芸人は、オックスフォードを辞めたあと、ヨーロッパのどこかで加わっていたと考えると、ひとつの流れができる(完全に想像ですけど)。

オックスフォードを辞め、イギリスから大陸に渡ってそこで旅芸人と一緒に流れ、ドイツをまわっているときひょんなことから「舞台に立つためのオーディション」を受けたのだ。(想像です)。

受けたとしか言っておらず、その後、舞台に立ったのかどうか明らかにされていない。でも、彼女の性格からして、受かって舞台に立ったくせに、オーディションの話しかしていないということもありそうである。真相はわからない。

もちろん、すべて想像である。

思想犯との恋に破れて、夢のない結婚をしたのか(推測)

でも、見てる人に自由に想像してもらいたいといわんばかりに、印象的なエピソードがちりばめられているのだから、それをつなぎ合わせ、あいだを想像で埋めたくなるのは、当然だとおもう。

考えられる自然そうな展開の想像を続けてみる。

日本に帰り、恋をする。でも恋人は捕まり、網走へと送られてしまう。

彼女の恋人だから、これはやはり粗暴犯ではなく、国事犯や思想犯ではないだろうか。理想に燃えるガタイのいい男がおもい浮かぶ。

活動家として何度も捕まり、脱獄を繰り返したために網走送りになる。(想像です。しかも先だって見た「ブラタモリ」の網走の回の影響を受けています)。

恵は「味噌まんじゅう」を差し入れするのだから、彼は「八丁味噌を使うエリア」の出身ではないだろうか。もしくは八丁味噌エリアの旧制高校に通っていたのかもしれない。

その恋に破れ、また「伝吉さん」との付き合いも終わり、彼女は何でもない男と結婚する。

しかし、それも幼な友だちに奪われる。

そんなおり、オックスフォード時代の友人が日本に遊びに来たので案内していると、いきなり保があらわれて、プロポーズされる。

結婚し、やがて、世田谷区で喫茶店を開き、裕一夫妻と出会う。

そんな感じではないだろうか。

強引に「点」を結んでみた。

見る人がそれぞれ想像できる「謎の女・恵」の華やかな前半生

恵が語るエピソードは、見た人が、それぞれが自由に結んでいい「点」である。

こういうふうに結べるというひとつの例を出したにすぎない。

いや、ここは違うとおもう、こうも考えられないかと、それぞれがそれぞれに想像されるのがいいとおもう。

網走の男は単なる粗暴犯だったかもしれないし、ときどき鉄格子の中に入るのが好きな変な監獄の事務官かもしれない。伝吉さんは前の夫で、じつはとても深く愛していたのかもしれず、恋に破れて北海道を旅芸人一座としてまわっていたと考えてもべつにかまわない。

そういう想像を許すのが『エール』の魅力でもあった。

喫茶バンブーはみんなの憩いの場であった

恵(仲里依紗)は音(二階堂ふみ)のよき相談相手だった。

ドラマの終盤、音が自分の才能の限界を知った夜も、そのことを正直に話した相手は恵だった(104話)。何でも話せる友人だったといえるだろう。

ドラマで喫茶バンブーのシーンになると、とても和んだ。

戦争中のいっとき「バンブー」は敵性用語だからと「竹」と名前を変えていたときも、代用品でいろんなデザートを試作し、音や華に食べてもらっていた。(不評だったけど)。

ここが映ればほっとするという、憩いの場であった。

115話では「ジャズ喫茶・バンブー」で、娘の華の交際相手がロカビリー歌手で、それを知らない裕一にどう知らせたらいいだろうと音が相談してくる。「裕一さんにロカビリーを聴かせて反応を見てみたらどう? それで大丈夫だったら紹介したら?」と恵は提案する。

これが恵(仲里依紗)のドラマでの最後のセリフだった。

117話では華とアキラの結婚コンサートに二人で揃って出席して、楽しそうに踊っていた。

118話、東京オリンピックの開会式は、古山家のカラーテレビ前に集まっていた。華とアキラとその子二人、吟と智彦の夫妻、ミュージックティーチャー御手洗と並んで、バンブーの夫婦は日の丸を振っていた。このときの恵はおそらく六十代で、ぱっと映るだけだったが、ああ、恵さんも少し年取ったなとおもわせる風体で、そのあたりの作り込みは見事である。

これが『エール』で見られる「バンブー夫妻」の最後だった。

かなり楽しい『エール』のなかで、ときには厳しい状況になる主人公一家を見守り、励まして、そして見てるみんなともども、明るい気分にさせてくれた。それが「バンブー」の夫妻である。

冒頭のタイトル音楽が終わって、まず喫茶バンブーでのシーンから始まることが何度かあったが、私はそれを秘かに「バンブー受け」と呼んでいた。その回は、かなり明るい展開が期待できた。少なくとも始まりは軽く明るいものだった。

バンブーの恵は全120話のうち、50話に出演していた。(夫の保さんはたぶん1回少ないだけだとおもう)。

途中30話からの出演としては、けっこう多い。

喫茶バンブーは、見ていた人にとっても「憩いの場所」だったといえるだろう。

とても昭和らしい喫茶店だった。

恵と保は心地いい夫婦だったし、それでいて恵はおそろしく謎めいた過去を持っていて、夫は何もしらないという組み合わせがよかった。

「喫茶バンブーの梶取恵」は、朝ドラ史上屈指の謎めいたキャラクターとして多くの人の記憶に残るとおもう。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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