Yahoo!ニュース

ドラマ『MIU404』の圧倒的なおもしろさは、綾野剛によるものか星野源によるものか。

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

圧倒的疾走感に満ちたドラマ『MIU404』のすごみ

ドラマ『MIU404』が、最終回に向けて目が離せない。

綾野剛と星野源のドラマである。

星野源がいい。

そして綾野剛が、すごくいい。

このドラマの基本トーンを作り出す役を担っているのは、綾野剛である。

彼が「底抜けの明るさ」を作り出している。それにみんながのっかっていって、ドラマ全体が明るさと疾走感に満ちている。

見ていて心地いい。

いいドラマである。

綾野剛の演じる警察官は、いつも相棒から「バカだ」と言われている。

でもどうやらそれは「人生にとても必要なバカ」のようなのだ。

そういう「バカ」は見ている人を惹きつけて、飽きさせない。

第一話、知らない警察官が相棒になると聞いた志摩(星野源)は、そいつはどんな男なのか、聞いてまわる。

答えてくれた警察官は(全部で5人)全員が、ただ「彼は足が速い」としか教えてくれなかった。

そういう謎めいたキャラとして登場してきた(謎めいていたのは第一話冒頭の7分だけなんだけどね)。

みんな、彼を「身体的な特徴」でしか教えてくれず、それがまさに彼がどういう人間かを端的に語っていた。

彼は、考えるより先に行動する男である。

直感だけで犯人を捕まえようとする。

見ているぶんには爽快だけれど、警察官としては、かなりやばい。

「バカ」を理解できる相棒の星野源の魅力

そして、そのことを相棒の志摩(星野源)は理解している。

相棒はかなり問題の多い警官だし、そのままではダメだとおもっているが、彼にはほかのものにない資質があると見抜いている。そしてそれはひょっとして警察官としてとても大事な才能なのではないかと、考えているようなのだ。

いいコンビである。ナイスバディである。ナイスバディってこういうところであまり使わない気もするけど、でもそう言いたくなるバディである。ナイスバディ綾野剛&星野源。

星野源がいてこそ綾野剛が生きる。

そういう役どころになっている。

動物的能力に満ちて、底抜けに明るい綾野剛「伊吹」

伊吹(綾野剛)はとにかく足が速い。身体能力が高く、きわめて動物的である。

そもそも「足が速い」ということは、人間として機動力が高い、ということでもあり、初期捜査に乗り出すための「機動捜査隊」に適した人物ともいえる。

ただ足が速いだけではなく、耳や目もいいし、五感が鋭く、だから勘働きがいい。

動物的にすぐにいろんなことに気づく。推理はしないというか、頭を使うことは苦手なのだが、でも現場で、あ、こいつ怪しいと即座に見抜けるのは、まず彼である。

それを説明する言葉は持っていない。

「あいつが犯人じゃない?」と言い出すが、なんでだと聞き返されると、「なんとなく」としか答えられない。なかなかもどかしい。どうしても、おまえはバカかと言われてしまう。しかたがない。

それでいて明るい。底抜けに明るい。

そこがすばらしい。

現実世界にも、五感が鋭く動物的に動ける人というのはいるのだが、そういう人は自然に近い存在で、まず、寡黙である。自然は言葉を使わないからね。

でもこのドラマでの動物のような男・伊吹(綾野剛)は多弁である。つまらないこと、意味ないことばかり言って、喜んでいる。

見ていて楽しい。

たとえば「メフィストフェレス」と聞いて、覚えられなくて、すぐに「メキメキフェレット」と言い換えてしまう。たしかにそのほうが覚えやすいし、「筋肉隆々なフェレット」を連想させたりする。

世界を無意味に平板化する能力が尋常ではない。

「世界を無意味に平板化する能力」というのは、じつはとてもすごい才能で、そのことに志摩(星野源)は気がついている。おそらく「異常に高い身体能力」がもたらす世界なのである。

身体能力が高くて、勘が良くて、根が明るくて、とにかくすぐ動き出してしまう。

「現場」でもっとも頼りになるタイプの人間である。ジャングルで戦うならそういう人間と一緒にいたい。

星野源が演じる志摩は、真面目で判断を間違えない優秀な刑事であるが、でも暗い。人を信じないが、自分も信じていない。

ただ綾野剛が演じる伊吹に引っ張られる形で、彼もどんどん変わっていく。それもまた見事である。

6話「リフレイン」をはじめ胸に迫る各話のエピソード

事件ドラマとして見ると『MIU404』は、けっこう哀しいエピソードが多い。

たとえば2話「切なる願い」に出てきた松下洸平が演じる若者は、脅した夫婦(鶴見辰吾と池津祥子)にやさしくしてもらうが、結末はなかなか切ないものだった。

4話「ミリオンダラー・ガール」の、大金を持ち逃げする女性(美村里江・まえはミムラって芸名でした)は「手作りの“目の輝く”ウサギのぬいぐるみ」を送ることには成功するが、彼女自身は哀しい最後を迎える。

5話「夢の島」でのベトナム留学生の絞りだすように言った「ベトナム人はみんな日本行きたい、でも日本は私たちじゃなくて働くロボットが欲しいだけ」という言葉、「日本嫌いになりたくなかった」という言葉は、ドラマ展開を別にして、胸に刺さってきた。

6話「リフレイン」は、志摩(星野源)のもと相棒(村上虹郎)の話で、この回はとっても心に迫る回なんだけど、彼は転落死してしまう。なぜ、彼が転落したのか、それが明らかになっていく過程で伊吹(綾野剛)が活躍する。心救われる話であると同時に、また、とてもせつなく哀しいエピソードでもある。

そういう哀しいお話がずっと並んでいる。

刑事ドラマだから、人間の悲哀が描かれるのは当然だが、このドラマでは「犯罪に巻き込まれた人たち」の心情に長く深く寄り添おうとしているようで、そのぶん悲しさや切なさがより強く描かれているようにおもう。

ちゃんとみると、じつは、かなり切ないドラマである。

ところが見終わった印象としては、爽やかというイメージになっている。少なくとも私はそうである。

それは、ひたすら伊吹(綾野剛)の風通しのよさによるものだろう。

彼を見ていると、とにかく、生きていこうとおもわせてくれるのだ。

綾野剛の演じる「伊吹」の醸し出す空気は、「人がただ生きていくこと」を肯定する力に満ちている。

そしてそれは綾野剛が演じてるからこそ、説得力に富んでいるのだ。

「令和最強の刑事バディ」を見逃すな

綾野剛がすごいとおもうのは、いままでのドラマではそんな「バカで脳天気な肉体派」を演じてきてなかったのに、『MIU404』では圧倒的説得力をもって、その役を演じきってるところにある。

『カーネーション』でも『八重の桜』でも『空飛ぶ広報室』、『コウノドリ』、『フランケンシュタインの恋』でもいつもやさしい役どころであったし、ときにコワモテのハードな役もあったが(『Sー最後の警察官ー』、『ハゲタカ』など)でも、いままであまり「脳天気なバカ」はやってこなかった。

今回は動物的に行動する「伊吹」を演じ、その説得力がハンパない。

彼が話すだけで、場が明るくなっていく。すごい力である。

そしてそれは、星野源とのコンビだから発揮されている。

星野源の演じる「根の暗い男」との対比が見事であり、彼の変化がまた見てる者の気持ちを明るくしてくれる。

まわりを固める「麻生久美子、橋本じゅん、岡田健史」をふくめて、『MIU404』はとても素敵なチームを作り出している。

綾野剛と星野源と、『MIU404』がどっちの魅力で持っているかというと、私個人の印象でいうなら、綾野剛ということになる。

私は彼の動物的なバカさ加減にただただ圧倒されてしまう。

でも、それも星野源がいないと発揮できないわけである。

いわば、ドラマの魅力のオモテを支えているのが綾野剛で、ウラから支えているのが星野源といえるかもしれない。

どっちが大事かは、それは趣味によるだろう。

どっちになりたいか、と聞かれてるようなものである。

私はだから、綾野剛のほうになりたいのだ。だからこのドラマの魅力を、彼のほうに感じる。

逆の人もいるだろう。

そういう複層的構成になっているところもすばらしいとおもう。

「根っから明るく動物的に優れているだけのキャラでも、理解者を得れば、圧倒的な威力を発揮する」ということを見せてくれているドラマだとおもっている。

「綾野剛と星野源」は、いまのところ「令和最強のバディ」と言えるだろう。

見逃さないほうがいい。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

堀井憲一郎の最近の記事