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シンガポールに新天地を求めた理由――アルビレックス新潟シンガポール吉永一明監督インタビュー

平野貴也スポーツライター
アルビレックス新潟シンガポールを率いて2年目を迎えた吉永一明監督【著者撮影】

 異国で勝ち続ける、アルビレックス新潟シンガポールという日本人チームがある。シンガポールプレミアリーグ、リーグカップ戦、シンガポール杯(日本の天皇杯に相当)、コミュニティー・シールド(リーグ開幕戦の一つとして行われる、リーグ王者とシンガポール杯王者の試合)の4冠を2年連続で達成。今季もすでにリーグ戦の3連覇を決めている。昨季から指揮を執っているのは、複数のJクラブでコーチや育成年代の監督を務めた吉永一明氏。勝っても当たり前としか思われない世界に何を求めて海を渡ったのか。異国から見た日本のサッカー事情は、どう見えるのか。シンガポールで話を聞いた(取材日:9月2日)

(※インタビュー内容は、テーマ毎に分けて掲載)

前編:シンガポールに新天地を求めた理由(当該記事)

中編:「勝って当たり前」のチームでの挑戦

後編:シンガポールから見る日本のサッカー事情

――就任して2年目のシーズンが終わろうとしていますが、あらためてアルビレックス新潟シンガポールの監督に就任した経緯について教えて下さい

吉永  是永(大輔)社長と、SNSでつながっていたのがきっかけです。発信されている情報や取り組みに興味を持っていたところ、アルビレックス新潟シンガポールが、2016年に翌シーズンの監督を公募しました。当時、私はヴァンフォーレ甲府でコーチをしていましたが、契約満了のタイミングだったので、履歴書を書いて応募しました。母体がアルビレックスですから、新潟と関係のない指導者が入るのは難しいのかなと思っていましたし、ほかにも候補がいらしたと思うのですが、是永社長が甲府に来て下さって、話をして監督に就任することになりました。新潟と無関係な指導者が監督になったのは、初めてじゃないでしょうか。選んだ社長がすごいなと思います。

――トップチームの監督は、いわば「順番待ち」が長く、すでに実績がある人たちや外国人監督が起用される印象が強いです。吉永さんは、トップチームの監督は初めてですよね?

吉永  そうです。トップチームの監督は、唯一やったことがありませんでした。三菱養和SCのスクールから始まって、各チームでジュニアユースやユース、高校も見させてもらいましたし、各カテゴリーで指導経験があります。ただ、その中で、トップチームの監督としてシーズンを通してリーグ戦を戦う経験をしたいと考えていたので、やってみたいと思いました。若い頃は、日本を出てまで……と考えていましたが、もうやらせてもらえるなら、どこでも良いという思いでした。でも、是永社長と話をして、すごくやりがいを感じました。

――どこに魅力を感じたのですか

吉永  若くて、ステップアップをしていこうとする選手が多いところです。リーグ戦やカップ戦のタイトルを獲得するという目標はもちろんありますが、選手が次のステップを踏めるようにやらなければならないという役割もあるので、これまで育成年代の指導をして来た自分のキャリアのすべてを生かしながら、自分の新しい挑戦ができると感じました。

――日本とは異なる事情や環境があると思いますが、どのような違いを感じますか

吉永  日本ほどサポーターが熱狂的でプレッシャーをかけられるわけではありませんし、報道で叩かれることもありませんから、その点では日本より緩いかもしれません。でも、クラブの規模が大きくないので、支えて下さる方たちとの距離は近いですし、良いゲームをして勝たなければいけないなという気持ちになります。やはり、トップチームの監督は背負う物が大きいなと感じます。

――昨年、就任1年目で2年連続の4冠達成に貢献し、最優秀監督にも選出されました。これ以上望めない成績だと思いますが、それでも前任者も勝っているので、日本における監督自身の評価を上げるのは難しいですよね

吉永  それは、ある程度、仕方がないのかなと思います(笑)。前任が鳴尾直軌さんで私が就任する前年に史上初の4冠を達成しましたから、確かに次の指導者に求められる物は何か……という部分で、是永社長も「次をやる人がいなくなるのではないか」と思っていたみたいです。勝って当然となると、プレッシャーもありますからね。私が引き継いでからもある程度は、数字で結果が出ていますけど、それが個人の評価になるとは思っていません。日本での評価は、日本で結果を出したときに出るのだと思っています。今やっていることが自分の価値をぐんと上げることになるとは思っていません。だから(勝っていても)もっとやらなければという気持ちが強いです。まあ、このチームから次のステップに行った選手が評価されるようになれば、少しは違うのかなと思いますけど。

――選手も皆「ここでは、勝つだけではダメ」と話していました。監督も、チームの結果だけでなく選手の育成力が求められるのですね

吉永  取材していただいた試合(8月18日、シンガポールプレミアリーグ第21節、ゲイラン・インターナショナルFCに4-0で勝利)のハーフタイムに「勝つだけなら、このままでも良い。でも、君たちは、次にプレーするチームから買ってもらえないぞ」と話しました。ただ、それは私自身も同じ立場です。勝つだけでは納得できませんし、勝った上で自分自身のトライが成功しているかどうかは、大きなやりがいです。初めてトップチームの監督になった昨年から、このリーグで、相手チームを上回ることはできていると思います。でも、それだけではいけません。昨季のリーグ戦は2敗しかせず、ほとんどの試合を勝つことができました。でも「なぜ勝ったのか」を選手が本当に理解していたかが、疑問に残ったことは反省点です。試合をして「こっちの方が選手のレベルが高かったから勝った」という考えでは、次のステップにつながりません。個人で優位性を持つ、数的優位の局面を見つける、作る、ポジショニングの優位性を持つ、グループの優位性を保つ……そういったことをやってきたから勝てた、番狂わせを起こさせなかったということを選手が理解しないと、次のステップで続けていくことができません。1年目は、その部分をもっと強く伝えるべきではなかったかと反省し、今季は伝えるようにしています。周りは「レベルが違うから勝てる」で済ませても良いですけど、当事者には積み重ねがあって、負けていないことには、理由があります。その積み重ねをできる人だけが、長くプロの世界でプレーしていけるのだと思います。

中編(「勝って当たり前」のチームでの挑戦)に続く

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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