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「勝って当たり前」のチームでの挑戦――アルビレックス新潟シンガポール吉永一明監督インタビュー

平野貴也スポーツライター
アルビレックス新潟シンガポールを率いて2年目を迎えた吉永一明監督【著者撮影】

 勝って当たり前と思われる中での挑戦は、割に合わないものだ。アルビレックス新潟シンガポールを率いる吉永一明監督は、日本国内でトップチームのコーチや、育成年代の監督を務める中で「トップチームの監督をやりたい」と海を渡った。ただし、シンガポールプレミアリーグのレベルは高くなく、日本人チームであるアルビレックスは、就任前に4冠すべてのタイトル獲得を達成。吉永監督就任後も2017年に4冠を達成し、今季もリーグ優勝を決めている。しかし、すでに日本では勝って当たり前と思われている部分がある。勝つだけでは評価の上がらない世界をどう感じているのか、その中で一人の指導者として何を目指しているのか。シンガポールで話を聞いた。(取材日:9月2日)

(※インタビュー内容は、テーマ毎に分けて掲載)

前編:シンガポールに新天地を求めた理由

中編:「勝って当たり前」のチームでの挑戦(当該記事)

後編:シンガポールから見る日本のサッカー事情

――シンガポールのレベルは、どう感じましたか

吉永  選手を個別に見ると、ある程度レベルの高い選手もいると感じました。昨季の優勝を争ったホーム・ユナイテッドやタンピネス・ローバーズには何人かいました。だから(常勝チームとして成績を挙げているけど)相手にチームとしてまとまって頑張られてしまうと、勝つのは簡単ではありません。ただ、チームやグループでは、レベルが低く、そこがこの国のレベルを示していると思います。もしかしたら(シンガポールの育成年代の)指導環境の問題が大きいのかなとも感じます。

――今季からレギュレーションが変更され(※1)、日本の大卒の選手は単年しか在籍できなくなりました。選手が多く入れ替わる大変さもありましたよね

※1 リーグ全体で若手の起用を促すため、今季から23歳以下の選手を6名以上、30歳以下は6名以内とするルールが適用。外国人チームであるアルビレックス新潟シンガポールは、21歳以下が50%、23歳以下が50%、オーバーエイジは1枠という編成が義務化された。

吉永  元々、選手が長く在籍しようと思って来るチームではありません。そこが、このチームの良さでもあり、皆、次のステップを探して意欲的に取り組んでいます。前年も残ったレギュラーは4人しかいませんでした。もちろん、監督という立場で不安はありましたけど、あまり気にしませんでした。この数年、選手が入れ替わる中でもチームが一定のレベルを保てているのは(オーバーエイジ枠で在籍し続けている)GK野澤洋輔(清水、新潟、湘南、松本でプレー)の存在が大きいです。質の高いベテラン選手は、チームを変えることができます。野澤は20年以上プロの世界でやっていて、良い経験ばかりではありません。乗り越えてきた力はすごいなと思いますし、経験を言葉にして若い選手に伝えられます。1人の選手として活躍するだけでなく、コーチとまでは言わないけど、選手を成長させてくれる大きな存在です。彼を軸にして、ほかの若い選手を獲得して編成しているのは、是永社長が上手く考えているところだと思います。

――規模が小さい分、フロントと現場の距離が近いですよね

吉永  今のチームがスムーズに強化できているのは、選手やスタッフの頑張りと、クラブのフロントと現場の距離が近く、同じ絵を描けているという部分も大きいと思います。組織単位で一体感を持つことは、言うのは簡単ですが、そんなに簡単ではありません。

――ご自身としては念願のトップチームの監督になったわけですが、どんなことにトライしていますか

吉永  トップの監督をやらせてもらって、自分がちゃんとした(チームが目指す)プレーモデルを持って進めていかないと、うまくいかないときに立ち返る場所がなくなってしまいます。(結果が大切な)トップチームは、より明確でなければいけません。このチームは、主力級の選手をたくさん抱えられるわけではない(※日本の高校、大学のトップレベル経験者は十数名。ほかに、経営母体を同じとするジャパンサッカーカレッジからサッカー留学のような形で契約を結んでいる選手がいる)ので、プレーモデルがぶれてしまうと、獲得すべき選手も変わってしまいます。当然、試合の中では勝つためにいろいろな手段が必要ですけど、基盤となるプレーモデルを明示することは、非常に重要だと思っています。

――プレーモデルを簡潔に説明していただけますか

試合前、ミーティングで選手に指示を伝える吉永監督【著者撮影】
試合前、ミーティングで選手に指示を伝える吉永監督【著者撮影】

吉永  攻撃と守備は、分けて考えられません。攻撃を変えないと、守備が良くならないと思いました。逆の発想もあるとは思いますけど、攻撃を意図的に行えた中で、次に守備の場面が来るというストーリーを作ろうと考えました。守備は、良いスタートポジションを取れないと、ボールを取れないし、守れません。その点は、山梨学院大学附属高校で指導(※ヘッドコーチ時代の2009年に高校選手権で優勝。翌年から2015年まで監督)をしていたときとは逆の考え方です。(夏と冬のトーナメントが重要な)高校では、負けたくなかったので、守備を中心に考えることが多く、攻撃は選手の特徴を生かす形にしていました。今は、攻撃に関して、ポジションによってどのようなプレーをしてほしいか、明確に伝えています。守備は、自陣に下がるよりも積極的にボールを奪いにいきたいですから、そうすると攻撃で相手を押し込むことが大前提。全体で前に運ぶことをメインに考えてチームを作ってゲームの主導権を握って行くという考えです、基本的には。枝葉の部分まで話していくと長くなり過ぎてしまいます(笑)。

――見させていただいた試合(8月18日、シンガポールプレミアリーグ第21節、ゲイラン・インターナショナルFCに4-0で勝利)では、相手がかなり守備的に戦ってきました。その中で、中盤のローテーションを変えるなどして、サイドの1対1を作り出していましたよね

吉永  サイドで1対1を作れば、8〜9割の確率で局面を勝てるという前提で攻撃を組み立てています。相手の4バックがペナルティエリアの幅に絞り込んで中央を固められてしまうことが多いです。ただ、そうなれば、ボールがないサイドの大外のレーンは、がら空きになります。ですから、大外に1対1で勝てる選手を張らせて、そこに配球して勝負を仕掛けるという形になります。単に、どこで優位性を持つかというだけの話ですけどね。単純に、こちらのセンターフォワードと相手のセンターバックを比べて優位なら、多少ラフでもボールを集めていくという手段は、あり得ると思います。相手を見て、どこで優位を作れるか。そのときに周りは、どこに立つのかといったように考えれば良いことだと思います。

――「勝って当たり前」の中で、来たる次の挑戦に向けたトライを着々と行っているというところですね

吉永  今、自分がやっていること、自分の持っているプレーモデルが、よりレベルの高い環境でどれくらいやれるのかチャレンジしたいという気持ちは、常に持っています。

後編(シンガポールから見る日本のサッカー事情)に続く

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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