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バドミントン日本代表、躍進を陰で支える映像分析

平野貴也スポーツライター
アジア大会は、女子団体で48年ぶりV。バドミントン日本代表は躍進が目立つ(写真:松尾/アフロスポーツ)

 バドミントン日本代表は、好成績が続いている。5月に国別対抗戦の女子ユーバー杯で優勝、男子トマス杯で準優勝。8月の世界選手権は6個(金、銀、銅それぞれ2個)のメダルを獲得し、アジア大会の団体戦も女子が優勝、男子が銅メダル。16日に閉幕したダイハツヨネックスジャパンオープンでも、初めて複数種目での優勝を果たした。選手の成長、強化体制など快進撃の要因は、いくつもあるが、その1つにビデオ分析担当のサポートがある。

日本代表、対戦相手、注目選手の映像を撮影

映像分析を担当する平野さんは、インターハイ、国体、インカレなどで全国大会出場の経験を持つ競技経験者【筆者撮影】
映像分析を担当する平野さんは、インターハイ、国体、インカレなどで全国大会出場の経験を持つ競技経験者【筆者撮影】

 7~8月に中国の南京市で行われたバドミントン世界選手権、会場で初日に挨拶を交わした後、彼女を見つけられなくなってしまった。バドミントン日本代表をビデオ撮影や映像分析でサポートしている平野加奈子さん(日本スポーツ振興センター所属、ハイパフォーマンスサポート事業)のことだ。どの大会でも会場での撮影許可はもらえるが、撮影可能なエリアは会場によって異なっており、関係者席や観客席に紛れている。 こちらも記者席と取材エリアを往復していて見つけられなくなってしまったのだが、8月にインドネシアで行われたアジア大会の会場で見つけることができた。彼女は、また、せわしなく動いていた。日本代表選手の試合だけでなく、次戦の相手の試合、さらに強豪選手同士の注目試合――複数のコートで同時進行することも珍しくなく、何台ものビデオカメラを操り、貴重な資料となる試合撮影を行っている。

エリア別の配球データが一目瞭然

「世界選手権もアジア大会も、お客さんが多くて、満員の日もあったので、観客席から撮影するのは苦労しました。撮影可能なエリアが日々変わることもあって、オリンピックやアジア大会といった大きな大会では臨機応変な対応が必要です。2つ、3つの試合を同時に撮影することもありますけど、ビデオは用意してあるので大丈夫です。ただ、撮影許可が1チームに2台しか出ない場合などは、他国のビデオ撮影担当者と助け合うこともあります」

(※主語表記のないカッコ内は、平野加奈子さんのコメント)

 彼女が撮影した映像は、日本代表選手のフォームチェック、対戦相手の傾向やクセの分析などに役立っている。映像資料となるだけでなく、解析ソフトを用いてデータの数値化も行っている。ある外国人選手のデータを少しだけ見せてもらった。コートがいくつかのエリアに区分けされており、場面に応じてどのエリアに何パーセント配球したかが一目瞭然だった。さらに、その中の1つをクリックすると、そのエリアに配球したときのプレー映像だけを見ることができた。膨大な資料の中から知りたいデータをすぐに取り出すことができる。

選手が対戦相手の分析に積極活用

「ダイハツヨネックスジャパンオープン」を優勝した福島、廣田組(コート奥)も映像データを活用していた【筆者撮影】
「ダイハツヨネックスジャパンオープン」を優勝した福島、廣田組(コート奥)も映像データを活用していた【筆者撮影】

 試合の前後、日本代表の選手に話を聞くと、映像を使って準備をしていることがうかがえる。16日に閉幕したダイハツヨネックスジャパンオープンでも次のような声を聞いた。

「少しだけ映像を見て、アジア大会では、要所要所で左、右に(利き腕が違うペアがやりやすいように)ローテーションで回してしまって、どうにか、それをさせないようにできればと思っていました。あとは、サーブ場面が得意なペアなので、ハマらないように意識しました」(女子ダブルスで優勝した福島由紀=岐阜トリッキーパンダース)

「明確なラリーや試合の仕方も準備して試合に臨めた。廣瀬(栄理子、日本B代表コーチ)さんとも試合前に相手の弱点や良いところの映像を見て、対策を練って来た」(2年連続で世界選手権銀メダルのP.V.シンドゥ=インドを相手に善戦した女子シングルスの高橋沙也加=日本ユニシス)

 5月の国別対抗戦女子ユーバー杯を直前に控えていた頃には、女子シングルスの奥原希望(日本ユニシス)が「ケガをする前の自分と何が違うのか。自分の試合の映像を見比べている」と話していた。7、8月の世界選手権では、混合ダブルスに出場した東野有紗が「昨日、相手のビデオを見て研究して、スピーディーな展開になることは予想できた。すごくネット前のタッチが速いペアだったので、注意した。やったことがない相手だったので、しっかりと研究して、どうすれば良いプレーをできるか考えたのが良かったと思う。ジェレミー(・ガンコーチ)さんからは、分析データも送られて来るので、それを見て……」と教えてくれた(もう少し詳しく話してくれたのだが、途中でパートナーの渡辺勇大に「企業秘密ですけどねー」と釘を刺されてしまった……)。

コーチのリクエストに応じた資料提供も

 平野さんが撮影した試合映像や分析データは、選手だけでなく、アドバイスを送るコーチ陣にとっても重要な資料だ。日本代表の男子シングルスを担当している中西洋介コーチは「日本の選手の過去の映像がすべて保管してあって、いつでもどこでも見られる。終わった試合の分析と、次の相手の研究で使っているし、サーブとサーブレシーブの場面だけを見てパターンを研究することもあります」と明かした。必ず最新の相手の試合を見たいというコーチがいれば、対戦相手が日本の選手と似たタイプに負けた試合の映像を参考に攻略したいというコーチもいる。リクエストに応じて資料を提供するのも平野さんの仕事だ。JOC(日本オリンピック委員会)の国際人養成アカデミーも受講するなど、外国語コミュニケーションの能力も磨いており、現場では、今季から混合ダブルスを担当しているジェレミーコーチと選手のやり取りを語学面でサポートする場面もある。彼女が日本代表のサポートをするようになったのは、2011年。当初は、ただの映像撮影係だったというが、今では日本代表を支える重要なスタッフの1人だ。

提案した映像資料がロンドン五輪で大活躍

 日本が初めて五輪で銀メダルを獲得したロンドン五輪では、大会前に新しい映像の使用方法をコーチと選手に提案したという。ダブルスにおいて、相手のアタック、あるいはディフェンスのシーンを編集することで、シチュエーション毎に相手の返球の癖や、そのときにパートナーがどこで次の球を待っているか、パターンが見えてくるという。

「当時、日本のペアは、デンマークの長身ペアを苦手にしていました。試合を見ていて『ある状況では、 同じところに打って、同じところに動く』と感じたことと、ほかのコーチや選手と話をしていたことがきっかけで、映像を作りました。それを(ロンドン五輪の女子ダブルスで銀メダルを獲得した)藤井瑞希さんが『この映像は良い。すべての対戦相手について作ってほしい』と言って下さって、相手の特徴をつかむための最終確認用の映像として使ってもらいました」

 もちろん、データによってすべてのプレーが決まるわけではない。相手の映像はほとんど見ないという選手もいる。ただ、選手やコーチが納得できるデータを持つと、副産物が生まれる可能性もある。

「あのときは、相手のパターンを見つけるのと同時に『こっちから攻撃しているときは、結構決まっている』という新たな発見もありました。そうすると、攻められても少ししのいで攻めればポイントを取れるんじゃないかという自信にもなったみたいです」

映像を取るだけの役目から欠かせない存在へ

映像撮影や分析データの提供を行っている平野加奈子さん【筆者撮影】
映像撮影や分析データの提供を行っている平野加奈子さん【筆者撮影】

 日本代表のサポートを始めて8年目。彼女自身も日本バドミントン界も進化してきた。平野さんは「分析担当を始めた頃は、日本の選手が(国際ツアーで)準決勝まで行ったらすごいと言われていましたから、今はだいぶ違いますね。やっぱり、サポートしている選手たちが活躍する姿を見るのは、嬉しいです」と笑った。筑波大学バドミントン部のメンバーで全国大会の出場経験を持つ彼女は当初、教員を目指そうとしていた。吹田真士監督から日本代表チームがビデオ撮影係を探しているからやってみないかと話を振られたのが現在の仕事に就くきっかけだったという。ただ映像を撮るだけだった日々から、解析ソフトの使い方を覚え、提供できる資料の種類を増やし、サポート方法を改善してきた。

「最初の2年は、コーチとバドミントンの試合内容の話をすることはなくて、ただビデオを撮る人という感じでした。でも、ロンドン五輪が終わった後くらいから、自分から質問を投げかけるようにしました。今では、試合が終わると、こちらから聞かなくてもコーチたちがいっぱい教えてくれることもあります(笑)。試合の中で疑問に思ったこと、コーチがどういう戦略を持っていたか、会場の風の状況などを聞いておくと、情報をシェアしやすいですし、同じ成功例、失敗例があったときに気付きやすくなります。分析をするときも、コーチや選手がどういう意図を持って戦っていたかという情報を事前に持っていると、理解しやすくなります」

分析データの用意、提供もブラッシュアップ

 キャリアを重ねることで、コーチや選手とのコミュニケーションも深まった。だからこそ、できることに彼女はトライしようとしている。

「選手の課題は、状況によって変わります。課題の解決を手助けできる情報を提供できたら良いなと思っています。以前は、分析担当者としてどんなデータを提供できるかと(種類を)考えていましたけど、今は試合をよく見て、コーチや選手の話を聞くことを意識的にやって、どうやったら、提供する情報の内容をブラッシュアップできるかを考えています。コーチや選手の言いたいこと、気にしていることが分かれば、分析にも役立ちます」

 今年の世界選手権で、日本は6個のメダル(金2個、銀1個、銅3個)を獲得。アジア大会でも4個のメダル(金1個、銀1個、銅2個)を獲得。日本代表は、2020年東京五輪に向けてさらに飛躍を目指すが、今後は、追われる立場にもなる。追いついてくる相手に負けないために、立ち止まることなく前進するために、彼女はサポートを続けていく。

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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