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エコキュート(ヒートポンプ給湯機)には、低周波音問題があることを忘れずに! ご近所への配慮は必須です

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(提供:イメージマート)

エコキュートの急速な普及

 エコキュートが急速に普及しています。エコキュート(家庭用ヒートポンプ式給湯器)とは、エアコンなどの空調機に用いられているヒートポンプ技術を応用した家庭用の給湯用機器で、電気を使って空気の熱を採取してお湯を沸かす電気式の給湯機です。ヒートポンプの冷媒として二酸化炭素を使用しているため環境負荷が小さく、料金の安い深夜電力を使って運転貯湯すれば経済的であるというのが謳い文句で、電力会社や電機メーカー等が平成15年頃から普及に力を入れ始めました。下図に示すように、累計の出荷台数は急激に増加し、現在は880万台を超え、1000万台も視野に入ってきました。

(エコキュートの累計出荷台数:(一社)日本冷凍空調工業会ホームページのデーターより筆者作成)
(エコキュートの累計出荷台数:(一社)日本冷凍空調工業会ホームページのデーターより筆者作成)

エコキュートには低周波数騒音の問題が

 しかし、忘れてはいけなのはエコキュートの低周波音問題です。ヒートポンプは圧縮式冷凍機の一種であるためコンプレッサーを備えていますが、これがエアコンなどの場合より高圧力であるため低周波音を発生すると言われています。エコキュートの問題点は、主に深夜に稼働するということで、睡眠不足などが続き、めまいや吐き気などのいわゆる不定愁訴(消費者庁などは健康症状という言葉を使っています)に繋がると言われています。このエコキュートが隣の家に設置されたことによる、低周波音問題に関する近隣トラブルの事例が増えているのです。筆者の研究所にも、エコキュートの相談が多く寄せられています。

 エコキュートに関して、機器から発生する低周波音によって、健康への影響の可能性があるということは今は定説であり、これらの問題に関しては、消費者庁の消費者安全調査委員会(消費者事故調)が調査を行い、平成26年(2014年)に調査報告書を発表しています。消費者庁に申し出のあった19件の事案に関して消費者事故調が聞き取り調査や低周波音の実測調査を行い、その結果、エコキュートの運転音に含まれる低周波音が申し出者の健康症状(不眠、頭痛、めまい、吐き気、耳鳴り等)に関与している可能性があると考えられると発表したのです。エコキュートの運転音については、健康症状に関係していると断言しているのですが、その運転音のなかの低周波音に限って言えば、「関与している可能性がある」と、断言までは避けているのです。何とも回りくどい言い方ですが、報告書を見れば、低周波音の問題であることは間違いありません。

消費者事故調のエコキュートの低周波音調査

 この消費者事故調の調査について、少し詳しく説明しておきましょう。群馬県に在住する男性から不眠や頭痛、めまいなどの訴えがあり、原因は隣家のエコキュートであると消費者庁に申し出がありました。原因調査のための消費者事故調が設けられ、現地での低周波音の測定が行われました。

 まず、エコキュートの機器の傍で運転のオン・オフを行ったところ、機器の運転時に、停止時には見られなかった40ヘルツの卓越周波数が現れました。卓越周波数とは、他の特性からピーク状に飛び出した特性が見られるとき、そのピークを示す周波数が卓越周波数です。そして、申し出者が最も症状が重いと感じている場所であった1階和室での測定結果を見ると、やはり運転時に同じ40ヘルツの卓越周波数が現れていました。もちろん、機器オフの時には現れていません。これは取りも直さず、機器の低周波音が1階和室内に到達していることを示していました。1階和室での卓越周波数の音圧レベルは49デシベルであり、これは環境省の参照値57デシベルより小さい値でしたが、この周波数での聴覚の閾値(ISO389-7)は50デシベルですからほぼ同等の値であり、参照値以下でも健康症状に関与していることは十分に考えられるという結果になったのです。更に、症状が軽くなるという2階洋室では40ヘルツの音圧レベルが36デシベルまで減り、症状を感じないという住宅前の道路では卓越周波数が消えていました。これらの対応関係からも低周波音の関与の可能性が高いと判断されたのです。

 この事例は後に裁判となりましたが、最終的には和解が成立し、エコキュートは撤去されて電気温水器に置き換えられ、健康症状が解消されたということです。

エコキュートの低周波音対策とは

 エコキュートに関しては、業界団体である(一社)日本冷凍空調工業会が、エコキュートの据付けガイドブック「騒音等防止を考えた家庭用ヒートポンプ給湯機の据付けガイドブック」を用いて騒音防止に努めるように周知を図っています。すなわち、据付け位置や方法の推奨例として、隣家の寝室などから十分な距離をとること、窓や床下通気口などの近くは避ける事、壁や塀での反射音に注意することなどですが、これらはあくまで配慮を促すだけであり、設置場所の規制や基準があるわけではありません。その大きな理由は、エコキュートによる低周波音の影響には個人差があり、同じ状況でも健康影響を感じる人と感じない人がいるからです。どれぐらいの割合の人に影響があるかも不明です。上記で示した群馬県の事例においても、被害を訴えた男性とその妻には影響が現れていましたが、同居する次男には体調の変化はありませんでした。また、設置されて1か月未満で影響がでる場合もありますが、数年たってから健康被害を訴える人もあり、不確定な部分が残ることが規制や基準につながらない理由になっていると考えられます。しかし、エコキュートによる健康症状への影響の可能性がある事自体に疑問はありませんから、その設置においては、隣家への配慮が必要なことは間違いありません。

 ところが、2014年に消費者庁が、エコキュートの設置を行ったことがある全国700社の電気店や工務店などを調査したところ、上記のガイドブックについて知っていたのは全体の3割以下だったそうです(NHKニュース報道より)。これでは、エコキュートの低周波音問題が広く認知されているとはとても言えない状況です。この数値がその後どの程度になっているかは不明ですが、これに関連して、エコキュートの出荷台数のデーターに興味深い変化が示されていましたので、その内容を紹介します。

エコキュートの年度別出荷台数は大きく変化、その理由とは?

 最初に示した図は、エコキュートの出荷台数の累積値を示したものでしたが、下の図は出荷台数を年度毎に示したものでです。累積値では出荷台数は単調増加の傾向を示していましたが、これを年度別でみると大きな減少傾向や増加傾向が見て取れます。

(エコキュートの年度別出荷台数:(一社)日本冷凍空調工業会ホームページのデーターより筆者作成)
(エコキュートの年度別出荷台数:(一社)日本冷凍空調工業会ホームページのデーターより筆者作成)

 すなわち、2001年度に出荷が始まって以来、2010年度まではほぼ単調に増加していきます。しかし、その後2011年度は一転減少に変化し、その傾向は2015年度まで続きます。その後は一転してまた増加傾向となり、現在まで増加の一途を辿っているのです。これらの増加や減少の理由は一体何でしょうか。

 まず、2011年度から減少に転じた理由ですが、これには2つの理由が考えられます。まず一つは、2010年度までの8年間にわたって続けられてきた1台当たり4万円の国の補助金がなくなったことです。国はエコキュートの普及を積極的に後押ししてきましたが、そのための補助金制度が2010年9月で打ち切られたことが変化の要因の一つと考えられます。

 もう一つの要因は、エコキュートの低周波音問題が社会的に認知され始めたことです。2007年頃からエコキュートに低周波問題があるのではという報道が散見され始めましたが、2010年9月にNHKニュースで、エコキュートから発生する低周波音による健康への影響について環境省が調査を始めるという報道があり、新聞、雑誌などでも取り上げられるようになりました。インパクトが大きかったのは上記した群馬県男性の事例であり、約270万円の損害賠償を求めて、エコキュートの製造会社と住宅メーカーを提訴したのが2011年7月でした。当初、メーカー側が全面的に争う姿勢を見せたこともあり、国内初のケースとして新聞や雑誌で大きく取り上げられました。その後、同年10月には岩手県の盛岡地裁で、11月には横浜地裁でも同様の被害を訴える住民が提訴し、社会の耳目を集める事態となりました。2012年には消費者安全調査委員会が調査を開始し、その後、上記したような内容の報告書を公表しました。

 このように、2011年頃からエコキュートの持つ問題点が社会的に認知され、自宅や隣家に低周波音の影響が発生する可能性があることが広く知られ、エコキュートの年度別の出荷台数が徐々に減少していったのではないかと思います。経済性を優先して、その結果、隣家に迷惑をかけることになるのは控えようという考えが、2011年からの変化に影響したのではないかと考えられます。

 ちなみに、エコキュートの出荷台数と住宅の年度別着工戸数は関係がありそうに思いますが、これらの推移を較べてみましたが全く相関はみられませんでした。

エコキュートの設置で近隣への配慮はなされているのか?

 ところが2016年度にはまた増加に転じます。この理由については明確には分かりません。2015年に消費者事故調が新たな給湯機エネファームによる低周波音の健康影響調査を始めたことにより、エコキュートへの注目が薄れてしまったことが原因かもしれません。また、エコキュートに対する報道が一段落して時間が経過したため、低周波音問題を知らない人が増えてきたことも考えられます。または、業界団体が出荷台数を盛り返そうとエコキュートの拡販に力を入れた結果であるかも知れません。

 色々考えられますが、この変化をもたらした理由のうち、何より怖いと感じるのは、他人に対する配慮の必要性を感じない人達が増えてきているのではないかという懸念です。問題を知らないことは責められませんが、隣近所のことなどどうでもよく、エコキュートの経済性しか考えない人が増えてきた結果だとすると、これは暗澹たる思いになります。

良好な近隣関係で、エコキュート問題の解決を

 最初に示したエコキュートの累計出荷台数の図をみれば、今後ともエコキュートの出荷台数が増えてゆくことは間違いないでしょう。しかし、それに応じてエコキュートの低周波音による健康症状を訴える人も確実に増えてくるのです。

 大事なことは、エコキュートの設置業者や工務店、住宅メーカーなどの関連業界の人たちが、エコキュートの低周波音問題に対して正しい認識を持ち、それを重要事項として顧客に正確に説明し、その上で据付けガイドブックにあるような適切な対応をとる事です。しかし、それでも完全に影響をなくせるわけではありません。もし、設置したエコキュートに対する被害の訴えが隣家からあった場合には、それを受け止めて真摯に対応することが必要です。縷々説明をしてきたように、決して根拠のない言いがかりを付けてきているのではなく、本当に辛い思いをしていることを理解して下さい。

 その上で必要なことは、本当にエコキュートによる影響かどうかの確認です。特に低周波音の騒音測定は必要ありませんし、騒音レベルを参照値と比較する必要もありません。機器のオン・オフを行い、それを隣家の部屋で実際に感じ取れるかどうかを確認すれば十分だと思います。原因が確定できれば、対策として機器の移設か電気温水器などへの変更を行うことになりますが、その費用については当事者同士の話し合いで決めるしかありません。ただし、これらのことを可能とするためには、常日頃からの良好な近隣関係が必要です。

 エコキュートの低周波音を巡る訴訟もこれまで起きていますが、最終的には裁判所から和解を勧められ、機器の移設や他の温水器への変更などで決着する場合が殆どです。時間と労力と費用を掛けても同じ結末になるなら、裁判などで争うことなく最初から話し合いで対応した方が賢明であることは自明です。裁判ならまだしも、近隣騒音トラブルでは年間千数百件(推定値)の殺傷事件が起きていることも十分に理解して、賢明な対応を心がけることが必要です。

(なお、低周波音問題全般については、弊著「騒音トラブルの逆説的社会論 声と音と騒音の区別のない時代を生きる知恵」を参照して下さい。)

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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