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マンション下階からの過剰な騒音苦情は迷惑行為  「苦情社会」では対処も必要

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:イメージマート)

昭和の「共同社会」、平成の「苦情社会」

 我が国での騒音意識は平成になって劇的に変化しました。地域社会での協調性を重視する昭和の「共同社会」から、周囲への不寛容や敵対心が基本意識となった平成の「苦情社会」へと変化したのです。子どもの声への騒音苦情が代表的な例であり、これは平成になって始まりました。また、近隣への騒音苦情件数が5年で2倍という急激な増加傾向を見せたのも平成での変化でした。

 マンションでの騒音苦情に関しても同様です。集合住宅の居住世帯数は年々増加し、特に高層集合住宅居住者の増加率が著しく、そのため近隣関係や地域コミュニティが成立しづらい社会に突入しています。このような時代変化に応じて、マンション管理のあり方も時代変化に対応できるように変化するべきですが、マンション管理のシステムや規約は、何度かの改正などは行われているものの、基本的には昭和時代に作られたものをそのまま踏襲した形のままです。そのため、「苦情社会」ならではの新たなトラブルの形が顕在化してきています。

下階からの度重なる騒音苦情に悩む居住者

 筆者の研究所では、騒音問題や騒音トラブルに関する相談業務も実施していますが、マンション関係の相談では、以前は、上階からの騒音がうるさくて悩んでいるという相談が殆どでした。しかし、最近特に多くなっているのは、下階からの執拗な騒音苦情に悩んでいるという相談です。一つの相談事例を以下に示します(個人情報保護のため、細部は修正しています)。

 下の階に住む住人から生活音への執拗な苦情を受けた女性の事例です。女性は、少しでも音が聞こえると苦情を言ってくる下階住人に悩まされ続けていましたが、その苦情者の言いようは次のようなものでした。

『205号室の***(名前)です。

 305号室からの音や振動が気になる回数が非常に多いので、以下の2点について生活改善をしてみてはどうかと考えてお手紙致します。

1.床に置いてあるものは動かさない。物は落とさない。

 床の上でなにかをするのであれば必ずマットを敷いてください。床の上に針でもネジでもコインでもビーズでも落としたらそれも聞こえるのです。音の記録の中になにか小さいものをたくさん落とした音の記録も含まれています。読んでみて下さい。

 ましてや堅いものを動かしたり、擦ったら非常に大きな音がします。コンセントのケーブルの先も床に当たればそれだけでカツンと大きな音がするのです。(以下、長々と続くので省略)』

 これらの細かな数々の苦情に対し、居住者の女性は、苦情を言われないように、音が発生しないための様々な対応を行っており、それは涙ぐましい努力の内容となっていました。賃貸住宅なら引っ越してしまえばお仕舞ですが、分譲マンションの場合にはそう簡単にはいかず、何らかの対応を迫られます。女性の場合には、椅子の足にカバーを付けることは勿論、スリッパは音がするので厚手の靴下に変え、掃除機はカーペットのみで、その他はワイパーで掃除、トイレを含めて部屋のドアーは開けたままで開閉せず、カーテンの開け閉めも音がしないようにそっと行い、風呂のシャワーも静かに使用し、ホースが壁に当たらないよう細心の注意を払い、まな板の下には布を敷き、フードプロセッサーを使う時には厚手のマットを折って4重にして敷く、といったもので、対応内容の最後の部分には「下階の住人が聞き耳を立てていることを意識して生活すること」と書かれていました。

 このような対応を強いることは、正に生活権の侵害であり、苦情を言われた当事者も次のように語っています。「音が聞こえる側は音が出た時だけ気にすればいいが、こちらは四六時中、音を出さないように怯えて暮らさなければならない。音を気にしすぎて、ちょっとした音で目が覚めたり、睡眠障害が出てノイローゼになりそうです。」

 これらの例からも、今は、音を聞かされる側が被害者であるというような単純な捉え方は適切ではないことが分かります。苦情社会が生んだ新たな被害の形であり、このような状況が蔓延している現実があるのです。このような状況に関して、マンション管理に関しても何らかの対応が必要であることは自明ですが、実際は、管理規約などにも何ら記載はなく、実質的な対応が出来ないのが現実です。

過剰な騒音苦情は迷惑行為であることを周知させる

 マンションにおいて、「通常の生活状態での生活音」が下階に響いて苦情が発生した場合、上階の住人が下の階に音が響かないように「特別に配慮」して生活しなければならない理由はありません。その理由は以下によります。

(1)配慮を求めることは、上階居住者に日常的な心理的負担を発生させる。

(2)下階苦情者の個人的状況や心情をそのまま他に強制することになり、不公平となる。

(3)うるさいと感じるのは、音の大きさだけが要因ではない場合が殆どである。

 苦情者に特別な事情がある場合、例えば病気療養中であるとか、勤務が夜勤であり昼間に就寝するなどといった場合でも、上記の内容は変わりません。基本的に、特別な状況がある場合には、その状況の側が対応すべき問題であり、それを他人に押し付けるべきではありません。

 また、3番目の内容に関してですが、もう何度も書いていますが、「うるささ」を感じる音には2種類あり、それは「騒音」と「煩音(ハンオン)」です。「騒音」とは音量が大きく耳で聞いてうるさく感じるものです。一方、「煩音」とは、音の大きさはそれほど大きくなくても、相手との人間関係や自分の心理状態でうるさく感じてしまうものであり、苦情の多くは「煩音」です。例えば、上階からの騒音で睡眠不足になっているという苦情があった場合でも、それは騒音による睡眠妨害ではなく、自分の苛立ちや怒りの感情などが睡眠を妨害している場合が殆どであり、それをコントロールすることが大事なのです。

マンション管理規約に迷惑行為の追加を!

 マンションの管理規約の使用細則などには、音を発生させる側に対して、迷惑行為となるような騒音発生行動を行わないよう注意する項目が含まれているのが通常です。しかし、苦情を言う側に対する迷惑行為の規定は殆どみられず、そのため、管理組合においてもこのような状況への明確な対応が出来ないのが現状です。 

 マンションだけが対象ではありませんが、東京都国分寺市には苦情を言う側を規制する条例があります。国分寺市が平成21年(2009年)に全国で初めて制定した条例であり、「国分寺市 生活音等に係わる隣人トラブルの防止および調整に関する条例」といいます。

 その内容は、東京都環境確保条例の「日常生活等に適用する規制基準」を下回るような生活音に対し、乱暴な言動で文句を言うことや、付きまとい、住居への押しかけ、度重なる電話苦情などを迷惑行為と定義して禁止し、これによるトラブルを規制しようというものです。ただし、規制といっても、その内容は、市側が迷惑行為者に迷惑行為をやめるよう要請する、あるいは、迷惑行為を受けている人に市が助言を行うというものであり、罰則などがあるわけではありませんので、どこまで実効的かについては疑問も残ります。この条例は、実際にマンションでピアノや風呂の音をめぐって近隣トラブルに巻き込まれた人の陳情書がきっかけで、800人近くの署名を集めて市側に陳情して制定されたものですが、音を出す方ではなく、音に苦情を言う側を規制対象とした条例であるため、全国的に大きな話題を集めました。

 現在の苦情社会においては、この条例に倣い、マンション管理規約において、通常の生活行為に伴って発生する音に関して過剰な苦情を言うことを迷惑行為として禁止する条項が必要になっています。具体的には、以下のような条項を追加する必要があると考えています。これは、上階への苦情を言い募って相手を退去させようとする、いわゆる「悪意の苦情者」の対策ともなるものです。

第*条(過剰な苦情の禁止)

 区分所有者は、通常の生活時間帯において、通常の生活行為に伴って発生する音に関して過剰に苦情を言い募り、相手に対して次の各号に掲げる迷惑行為を行うことを禁止する。

一 乱暴な言動で苦情、文句を言うこと

二 付きまとい、および住居への押しかけ

三 度重なる電話や手紙による苦情

四 度重なる警察への通報

五 天井や壁を棒で叩くなどの威嚇的な行為

時代とともにマンション管理も変化すべき!

 前々回記事、「古いマンションより最新マンションの方が上階音トラブルが多い訳、 正しい知識でトラブル防止を!」で、現在のマンション騒音トラブルの特徴の一つについて解説しましたが、過剰な苦情を禁止する規約がないことも、騒音トラブル増加の一つの理由になっています。

 マンションの管理規約は、マンション管理の基本となる大変に重要なものであり、関連法律と同等の効力を持っています。それは、区分所有法の第三十条に「建物又はその敷地若しくは附属施設の管理又は使用に関する区分所有者相互間の事項は、この法律に定めるもののほか、規約で定めることができる。」とされているためであり、これは管理規約が区分所有法と同等であることを示しており、したがって規約内容を修正すれば、区分所有者間のトラブル処理に法的な効力を与えられることを示しています。

 昭和の「共同社会」から平成の「苦情社会」への変化に対応するため、マンションでの騒音意識についても認識を新たにし、マンションの管理体制や管理規約を修正する時期に来ているのではないかと感じています。もちろん、その実施を担うのはマンション管理組合です。このことについては、総合的な検討を現在実施中であり、纏まった段階で「マンション騒音問題に対する管理組合対応マニュアル」として発表したいと考えています。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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