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古いマンションより最新マンションの方が上階音トラブルが多い訳  正しい知識でトラブル防止を!

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:イメージマート)

新しいマンションの方が音のトラブルが多い!

 驚くべき数値があります。5年に一度実施される国土交通省のマンション総合調査によれば、日本全体のマンションの中で、生活音を巡ってトラブルがあったと答えた割合は38%(複数回答)と、生活音以外の項目を抑えて圧倒的な1位でした。そして、その生活音トラブルの多くは、上階からの音の問題、すなわち重量床衝撃音の問題なのです。38%とは何ともすごい数値ですが、驚くのはそのことではありません。トラブルのあったマンションを建設年別でみると、平成27年以後に建てられた最も新しいマンションが50%と一番多く、更に、階数別でみると20階建て以上の高層マンションでの比率が68%と、中低層マンションでの比率を圧倒していました。性能の良いはずの新しいマンションの方が、古いマンションより生活音に関する苦情やトラブルが多いというのです。これは一体どういう訳でしょうか。

上階音(重量床衝撃音)の性能はL等級で表示

 床衝撃音問題をトラブルにしないためには、床衝撃音性能についての正確な理解が必要です。まず、床衝撃音の性能は「L等級」というもので表されます。下表は、日本建築学会が示したL等級と生活実感の関係についての説明ですが、L等級の値が小さいほど床衝撃音の遮断性能が良く、上階からの音が小さくなることを示しています。

L等級と生活実感との対応(日本建築学会)
L等級と生活実感との対応(日本建築学会)

 鉄筋コンクリート造のマンションでの重量床衝撃音の遮断性能は、床スラブ(床版)の厚みでおおよそ決まります。もちろん、厚みが厚いほど、下の階に足音などが響きにくくなります。昭和30年に団地が初めて出来た時には、標準設計として床スラブ厚は12cmと決められていました。この厚さの床衝撃音性能は、L-60~L-65であり、上記の表にあるように、床厚が薄くて上階での足音がよく響き、生活の様子も手に取るように分かる程度のものでした。その後、時代とともに床スラブの厚みは徐々に厚くなってゆきますが、現在のマンションでは、おおよそ20~25cmぐらいになっています。厚いものでは30cmの場合もあります。

 新しい鉄筋コンクリート造のマンションを設計する時、重量床衝撃音性能は大変重要ですから、性能の予測計算を行って必要な床スラブ厚を決めるという設計作業を行います。それは、ただスラブ厚を25cmと決めるだけでは、その他の構造条件によるバラツキにより必要な性能を確保できない場合もあるからです。そのための予測計算法が、筆者が開発した「拡散度法」というもので、様々な条件を考慮してかなり正確に性能を予測できます。もちろんこれは建築技術者用ですが、一般の人にも簡単に利用できるソフトも無料公開していますので、興味のある方は既往記事「あなたのマンションの上階音性能がわかります。一度、確認してみて下さい」を参照してみて下さい。

 では、現在のマンションの一般的な性能はどれくらいで設計されているかといえば、L-50が標準です。多くのマンションのデベロッパーがありますが、殆ど全てがこのL-50の性能を確保できるように設計しています。その理由は、下表にあるように、十分とは言えないものの、この性能であれば何とか普通に生活ができるだろうという判断からです。

L等級と騒音苦情の関係(筆者私案)
L等級と騒音苦情の関係(筆者私案)

 なぜ、もっと性能の良いL-45やL-40を目指さないのかといえば、その性能を実現するためには床スラブの厚みが厚くなりすぎるためです。重量床衝撃音性能は床の厚みに依存するため、性能を上げるためにはかなり厚い床にしなければならなくなるのです。床衝撃音の問題を除けば、床は薄い方が経済的であり、建物の耐震性や基礎構造への負担などの面でも建物重量が軽い方が有利なのです。それらの折り合いをつけた性能がL-50ということなのです。すなわち、このL-50という性能は、音が全く響かないということではないことはまず理解しておくべきです。しかし、古い建物よりは確実に性能は良くなっていますから、これだけでは新しいマンションの方が音のトラブルが多いという理由にはなりません。

見過ごされている大きな事実

 床衝撃音の性能に関して、理解しておくべき重要な点があります。現在建てられているマンションは、殆どがL-50の性能を確保できるように設計されていると書きましたが、重要な点とは、このL-50は平均値だということです。

床衝撃音測定における衝撃点の配置(筆者作成)
床衝撃音測定における衝撃点の配置(筆者作成)

 上図はよく見かけるマンションの間取りですが、実際に測定をした結果、居間部分の重量床衝撃音性能はL-50が確保されていました。測定は、図中の〇で示された5つの点を衝撃点として行われ、その平均を求めた結果がL-50をクリヤーしていたのです。

 この測定に関して、赤丸の部分、すなわち床スラブ全体の中央付近の衝撃点と、床スラブの端部付近の衝撃点での測定結果を取り出して示したものが下記の図です。図の見方ですが、右側のLr-50(LrはLと同じ意味)などと書かれた数字から左上がりに伸びている線がL等級の評価線であり、評価線から見て一番悪い測定結果(数値が大きいほど悪い)の値がL等級の値となります。

中央付近と端部付近の測定結果(筆者作成)
中央付近と端部付近の測定結果(筆者作成)

 その結果は、端部付近の測定結果はL-45と問題のないものですが、中央付近ではL-60近くになっています。平均値のL-50より2ランクも下がっているのです。上記のL等級に関する2つの表を参照すれば、中央付近を衝撃した場合では「よく聞こえる」音が発生し、「床衝撃音に配慮して生活しても苦情が発生する可能性が高い」程度の性能ということになってしまいます。

 この結果を騒音レベルで見れば、中央付近は55dB、端部付近は46dBとなり、9dBもの差が生じています。10dBの差があると、耳で聞いて倍の大きさに聞こえるため、この差が大変に大きなものであることが分かるでしょう。上記の測定結果は1例であり、平均値からのバラツキは建物によって様々ですが、このように、たとえL-50の性能が確保されていても、場所によっては下室に音がよく響くというのが現実であることを、上下階の居住者双方が十分に理解しておくことが必要なのです。

 新しいマンションであるから、上階からの床衝撃音に関しても十分に配慮されていると思っている人が、「よく聞こえる」音が上階から響いてくれば、何と非常識な生活行動をしている奴なんだと思ってしまいます。上階の住人は普通の生活を送っているだけなのですが、下から何度も苦情が寄せられれば、下の住人は何て神経質で横暴な奴なんだと感じてしまいます。建物の性能を正確に理解していれば、お互いに譲り合えるところもあると思いますが、建物に問題はないと考えれば、それは人間の問題になってしまい、トラブルが発生してきます。古いマンションより新しいマンションの方が生活音に関するトラブルが多いのは、このような理由ではないかと考えています。

子どもは部屋の隅で遊ばせろと言っているわけではありません

 なお、念のために申し添えますが、だからと言って、子どもは必ず部屋の隅で遊ばせる必要があるなどと言うつもりは全くありません。仮に、下の階の人がそれを要求するようであれば、それは生活権の侵害です。現在のマンションの性能とはこれくらいであり、集合住宅での生活とはこのようなものであることを正しく認識し、それを受け入れて生活することが必要なのです。

 いつも言っていることですが、音のトラブルの防止には、節度と寛容とコミュニケーションが必要です。音を出す側の節度と聞かされる側の寛容、そして相手の節度や寛容をお互いが感じ取れるためのコミュニケーションです。この3つのどれが欠けてもトラブルは発生してきます。マンションでの上階音問題に対して正確な認識を持ち、その上で、節度と寛容の精神で生活することが必要です。くれぐれも相手に節度や寛容を要求するだけの生活にならないよう十分に注意をして下さい。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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