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韓国大統領選挙でのマンション騒音問題解消の公約、実に羨ましい話です!

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 韓国大統領選挙を今年3月に控え、日本でも、選挙戦に関する報道がワイドショーなどで頻繁に取り上げられています。そんな中、大変に興味深い報道記事がありました。

『イ・ジェミョン(李在明)共に民主党(与党)大統領選候補は、住人同士のマンション騒音問題の防止に向け騒音基準を高め、対立が発生した場合は112緊急仲裁サービスを導入し、騒音遮断型住宅建設についてはインセンティブを与えるという公約を打ち出した。(WoW! Koreaより)』

 韓国では、共同住宅に住む人の割合が日本より遥かに高いため(韓国65%、日本は40%程度)、この大統領選挙公約の国民への訴求力は大変に大きいと思います。また、このような公約が発表された背景には、昨年の10月に発生したマンション騒音殺人事件(記事:韓国でのマンション騒音殺人事件は典型的なケース、他国の話とスルーできない訳)も影響していると考えられます。階下に住む30代の男性が、足音などでトラブルとなっていた上階に暮らす6人家族を襲い、40代の夫婦2人を殺害し、60代の父母2人に重傷を負わせた事件です。子ども2人は部屋に鍵をかけて難を逃れました。

 日本では、マンションの上階音を床衝撃音と呼びますが、韓国では層間騒音、あるいは上下階間騒音と呼称されます。韓国の上下階騒音問題では、近年、防止対策や規制の強化が進められ、2005年にはマンション床の厚さの基準が18cmから21cmに引き上げられました。また、2013年には騒音被害の認定基準を改正し、1分間平均で昼は43dB、夜38dBとなりましたが、これを更に厳格化し、昼40dB、夜35dBとするとの報道もあります。しかし、物理的な対策だけではマンション騒音問題の解決は難しいとの認識からか、上記報道にあるように、『対立が発生した場合は112緊急仲裁サービスを導入』し、トラブルを解決するための社会システム作りも進めるということです。

 112通報とは警察への通報であり、マンション騒音トラブルが殺傷事件に繋がらないよう、仲裁サービスを行うシステムを作るという取り組みですが、この点に関する具体的な内容として、更に以下のような報道がなされています。

『「騒音被害が発生した場合、専門機関が現場を訪れ、騒音基準に違反しているかどうかを調査し、仲裁を支援することができるよう関連人員と予算を拡充する」と明らかにした。また「迅速な状況対応のため、112通報項目にマンション騒音を別途に新設し、極端な事故が発生しないよう専門家や警察が共に出動緊急状況に対応するシステムを構築する」と約束した。(WoW! Koreaより)』

 まだ公約の段階ですから、これが果たして実現するのかどうか、あるいは実現した場合でも実効的なシステムになるのかどうかといったところは不明ですが、マンション騒音問題の解決が公式、かつ具体的に語られた事の意義は大変に大きいといえます。「極端な事故が発生しないための仲裁システム」とは、筆者の前回記事(日本にも「近隣トラブル解決センター」が必要です。悲惨な事件や無駄な訴訟をなくすために)に通じるものであり、その具体的な形態と成果の程には大変に興味をそそられます。

 日本でもマンション騒音に関して警察に通報すれば、近くの交番の警察官が臨場し、場合によっては相手方に注意をするなどの対応を行ってくれますが、通常の場合、これは当事者間の関係を更に拗れさせ、トラブルをエスカレートさせるだけに終わります。いわば、火に油を注ぐだけの対応であり、「極端な事故が発生しないための仲裁サービス」とは全く異なります。日本でも、アパートやマンションでの騒音殺傷事件は多発しています。韓国のこの公約が実現し成功事例となったなら、模倣追従のそしりなど気にせず、我が国にも即時に取り入れて貰いたいものだと願っていますし、それよりも、どこかの党が今年の参議院選挙の公約として掲げてくれないものかとも思ってしまいますが、問題意識の乏しい我が国では多分難しいことでしょう。韓国のこの報道、実に羨ましい限りです。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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