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坂本龍一さんが「未来へ遺したい」と考えたのは神宮外苑の森だけではなかった

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
東彼川棚町川原(筆者撮影)

音楽家の坂本龍一さんは、亡くなる直前、東京都内の明治神宮外苑地区再開発に異論を唱えた。見直しを求める手紙を小池百合子都知事に送っていたことはよく知られている。

手紙には「目の前の経済的利益のために先人が100年をかけて守り育ててきた貴重な神宮の樹々を犠牲にすべきではありません」と記された。

だが、坂本さんが「未来へ遺したい」と考えた場所は他にもあった。

いしきをかえようHP https://change-ishiki.jp/
いしきをかえようHP https://change-ishiki.jp/

2018年3月、坂本さんは、長崎県と佐世保市が計画する石木ダムの建設予定地を訪れた。東彼川棚町川原(こうばる)の豊かな自然に触れた坂本さんは、

「美しい棚田が目を引き、ウグイスの鳴き声が聞けるぜいたくな場所」

「未来の姿というのはSF映画に描かれるような世界ではなく、自然にあふれたこうばるのような世界ではないか」

と話した。

居住用の住宅を強制収用してのダム建設は前例がない

粛々と進む石木ダム事業だが、計画時とは状況が大きく変わっている。

ダム建設予定地(筆者撮影)
ダム建設予定地(筆者撮影)

石木ダムは川棚川の治水対策と、佐世保市への水道水供給を目的にしている。

だが、1975年の国の事業採択から50年近くが経過し、さまざまな状況が変わっている。

計画は高度経済成長期に立てられ、将来的に人口が増え、水需要も増える時期に立てられた。企業を誘致する計画もあった。

だが、企業誘致は進まず、佐世保市の人口は減った。ここ10年では2万人減っている。総務省の水道事業の経営分析(令和3年)では施設利用率は63%で、「配水量の減少により利用率が減少」「可能な限り施設の統廃合や長寿命化等によるライフサイクルコストの低減など投資規模の最適化について検討」すべきとされている。

一部地域での水不足を心配する声もあるが、全体としては水があまっているのだから、送水管を通して水を融通すればよい。

ダム建設には長崎県民の税金538億円が使われる。それが適切な投資であるか考える必要がある。

また、ダム用地は、長崎県と佐世保市が土地収用法に基づき取得しているが、建設予定地には、現在も13世帯が住んでいる。

ダム建設で居住用の住宅を強制収用してダム建設にあたるケースは、石木ダムだけで前例がない。

坂本さんは、「たとえ13世帯だけだとしても、その小さな公共を守れなければ、大きな公共も守れないのではないか」と語っていた。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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