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次世代半導体の工場候補地に北海道の千歳市。半導体生産にふさわしい土地は?生産に必要な超純水とは?

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
超純水ができるまで(「おいしい水 きれいな水」橋本淳司より)

半導体工場の立地条件とは?

次世代半導体の開発を目指す新会社「ラピダス」の工場候補地に、北海道の千歳市の名前が上がった。

2月16日、鈴木直道北海道知事は、次世代半導体の国産化を目指す新会社「ラピダス」を訪問。小池淳義社長に北海道での製造拠点の新設を要請した。

それに対し、小池社長は「一番ふさわしい場所に工場や研究所を設けたい」と回答した。

小池社長の言う「一番ふさわしい場所」の条件とはなんだろうか?

鈴木知事は「北海道は豊かな水資源と豊富な人材を確保でき、脱炭素に向けた再生可能エネルギーのポテンシャルも高い」とアピールした。

半導体工場の立地条件として、①交通アクセス、②関連企業の集積、③人材確保、④災害リスク(地盤の安定性)、⑤エネルギー、⑥水の6点から、候補地としてあがった千歳市を考えてみよう。

①交通アクセス

空港(新千歳空港)、高速道路(道央自動車道、道東自動車道)、港湾(大型船舶が就航する苫小牧、石狩、室蘭、小樽港、道内の港湾貨物取扱量の5割を占める国際拠点港湾の苫小牧港へのアクセスが良好)が整備されている。

②関連企業の集積

電子部品メーカーなどが立地する工業団地(電子部品、半導体関係など260社超が集積)がある。(千歳市工業団地WEBサイト

③人材確保

周辺に理工系大学院があり人材育成の環境が整っている。

④災害リスク(地盤の安定性)

半導体製造には揺れが大敵で地震の少ない地域が重視される。千歳には広大で平坦な土地が広がる。全域に火山灰層が分布し水はけが良い。また、過去に地震の発生回数は少ない。2018年の北海道胆振東部地震の際も、道路や公共施設の損傷はほとんどなかった。

⑤電力

半導体工場のエネルギー使用量は多い。工場の規模にもよるが、1年間に1つの工場あたり1億KWhかかるとされ、エネルギー多消費産業となっている。半導体が高性能になるほど多くのエネルギーが必要になる。脱炭素を考慮すると、これを再生可能エネルギーでまかなう必要がある。千歳市に限らず、エネルギー自給率の低い日本にとっては死角といえる。

⑥水

半導体生産には純度の高い水が必要。千歳市は豊富な地下水や低価格な水道がある。石狩平野は広大な地下水盆を形成し、千歳市には安価で豊富な地下水があり、企業活動のコスト削減につながる。地下水使用量が多い場合、工業用水よりも安価になる。(千歳市工業団地WEBサイト

半導体生産に必要な水の質は?

半導体は特定の物質を加えることにより、活用目的ごとの電気的性質を与えていくので、不純物が付着すると性質が変化し、使えなくなる。そのため半導体の洗浄にはきわめて純度の高い水が使われている。

この水を超純水という。イオン類、有機物、生菌、微粒子などを含まない純度の高い水で、飲料水の1000倍もの純度の水が必要。半導体だけでなく、医薬品、バイオ産業などでも用いられている。

超純水をつくるには、上の図のようなさまざまな過程を経るが、原水はなるべくきれいな方がコスト削減につながる。一般論ではあるが、表流水よりも水質が安定していれば、地下水のほうが適していると言える。

半導体生産に必要な水の量とは?

工場の規模にもよるが大量の水が必要だ。台湾の半導体大手TSMCのCSRレポートによると、2019年には台湾の3つの科学工業団地で、1日当たり合計15万6000トン、2020年には同19万3000トンの水を使用している。

半導体が高性能化し回路線幅が小さくなると、不純物を取り除くための水使用がさらに増える。次世代チップは1.5倍の水を消費すると予測されている。

地下水は枯れないだろうか?

半導体生産によって水不足が深刻化するのではないかと懸念する声がある。地下水は地下を流れているので、上流側で大量の水をくみあげると、下流側の水は少なくなる。

半導体工場は、水のリサイクルや省資源化を進めている。工場で洗浄に使った水を可能な限り回収して超純水に戻したり、水処理薬品もセンサーを使って最適な量にコントロールすることで使用量を減らしたり、排水に含まれるフッ素やリンなどの有効成分を回収して再利用したりしている。

TSMCのCSRレポートによると、「施設システムによる水消費量の削減」「施設システムにおける排水リサイクルの増加」「システムの水生産率の向上」「システムからの水排出ロスの減少」を行い、2019年に328万トンの水を節約したという。

半導体工場の立地の7番目の条件

世界的に見ると"ウォーターポジティブ"という活動に取り組む企業も現れている。これは「企業が消費するよりも多くの水を供給する」というもの。

メタ社(フェースブック)は、データセンターの冷却用に大量の水を利用している。水利用の効率を高めるとともに、施設がある流域での涵養プロジェクトをはじめた。ニューメキシコ州、カリフォルニア州など6州で湿地の保全などを行い、年間32万トン以上の水を地表から地下へ浸透させる。

"ウォーターポジティブ"は評価できる活動だが、水の流れは目に見えないだけに科学的な分析や検証が必要になる。

具体的には、拠点で使う水がどこからきているのかという水の流れの把握し、どのくらいの水を使用したかという利用量の公表、そして、どのくらい涵養したかという供給量の検証と公表が必要だ。

自治体と協力しながら、データを測定し公表することで、サステナブルな水利用を行っているかどうかが証明できる。そういう点では、半導体工場の立地の条件に、「水が豊富」なだけではなく、⑦地下水マネジメントをきちんと行なっている自治体を加えるべきだろう。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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