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江戸時代にもあった水道施設のリストラ。地下水路が多くなると地上が乾燥して火災の原因に?

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
玉川上水(筆者撮影)

現代は人口減少にともない過大な設備を縮小しているが…

 水道経営が厳しくなるなかで、水道施設の整理を検討する自治体が増えている。

 浄水場や水道管などの水道施設の多くは、高度経済成長期に整備された。その後の人口の増加、水利用の増加に対応するように設計されていた。

 ところが現在では地方を中心に人口が減少し、また、節水機器が浸透して水の利用量も少なくなった。すると施設の稼働率は低くなる。現在の水道施設の利用率は全国平均で6割ほど。計算上は4割があまっていると考えられる。

 そこで「施設のリストラ」(施設を減らしたり小さくする)が行われる。

 下のグラフを見てほしい。岩手中部水道企業団(花巻市、北上市、紫波町)では、事業計画時の2011年から2019年までに25の施設を削減した。これによって約89億円の投資を削減できた。

 水道事業のコストのほとんどが施設にかかるため、減らすことで事業の健全化が図れる。さらに2025年までにさらなる削減を計画しているという。

(出典)「水道事業を取り巻く環境と広域連携による基盤強化」(菊池明敏)より筆者作成
(出典)「水道事業を取り巻く環境と広域連携による基盤強化」(菊池明敏)より筆者作成

江戸のまちを支えた水道網

 さて、こうした水道施設のリストラが江戸時代にも行われていたことをご存知だろうか。

 江戸はもともと海辺や湿地帯につくられたため、井戸を掘っても塩分の多い水が出るなど、水に恵まれていなかった。そのため早くから上水道整備に取り組んだ。18世紀に人口が100万人を超え世界最大規模の都市になったとされるが、拡大を支えたのが上水網だった。

江戸時代の水道管、株式会社ミツカン(著者撮影)
江戸時代の水道管、株式会社ミツカン(著者撮影)

 「江戸六上水」と言われる。江戸のまちを支えた上水として玉川上水や神田上水は有名だが、そのほかに本所(亀有)、青山、三田、千川という4つの上水があった。

 水銀と呼ばれる水道料金もあった。武家は石高に応じて料金を支払ったが、町民の水銀は間口の広さで決まった。間口一間(1.82m)につき1か月で16文〜20文。1文を20円程度と考えると月額320〜400円程度となる。

著者作成
著者作成

地下に水路が多くなると地上が乾燥する?

 ところが1722(享保7)年、幕府は6上水のうち、本所(亀有)、青山、三田、千川の4上水を廃止した。

 その理由として、将軍吉宗から江戸の火災に関して諮問を受けた儒学者、室鳩巣が「水道火災原因説」を唱えたことがしばしば取り上げられた。

 室鳩巣の著書(『献可録』瀧本誠一編『日本経済叢書第3巻』)には、「江戸の風は明暦の頃までは重かったが、地中に水道管が張りめぐらされ地脈が分断されたため、風が軽くなって火災を誘発している。火災予防のためには水道を廃止すべきだ」という趣旨の記述がある。用水を廃止すれば火災も減少すると主張したわけだ。

防災や農業のための水を確保する

 4上水の廃止は享保改革の一環と考えるべきという見方もある。

 伊藤好一は『江戸上水道の歴史』(吉川弘文館)などの著作のなかで「18世紀になると江戸の都市構造や社会制度が安定期に入り、水道制度もこれに応じて転換した」という趣旨のことを述べている。

 1722年は享保改革が本格化した年だ。

 そのなかの1つとして防火対策の増強は重要だった。町奉行大岡忠相のもとで火消組が整備されたり、防火建築への改造が進められた。その一環として、江戸城を中心とした中枢部の防火用水を確保する必要があった。このために4上水が廃止されたのではないか。

 もう1つ、幕府財政を立て直すため、新田開発は重要だった。耕地面積が増えれば、それだけ年貢収入の増加が見込める。青山、三田、千川の3上水は新田開発を進める武蔵野の下流部にある。玉川上水から3上水への分水をやめて水量を確保し、それを武蔵野への分水に当てた。ただし新田といっても水田ではなく、ほとんどが畑だった。分水の水は農業用水だけではなく、村での飲料水・生活用水としても使用されただろう。

上水の廃止で水に困らなかったのか

 室鳩巣は「水道は潰したいが、井戸でまかなえない場所では残す」とも述べている。

 この時期になると井戸掘りの技術が発展し、地下の岩盤の下まで掘り抜き、良質の水が得られるようになった。千川、三田、青山上水の配水区域は、井戸で生活用水が確保できる地域だった。

 井戸掘りの技術が発達し、一般に広まったのは江戸中期とされる。それまでは高額だった井戸掘りが技術革新によって安価でかつ深く掘れるようになった。これによって安定的に水を確保できる地域が増えた。

 一方で、本所(亀有)上水はもともとあまり機能していなかったようだ。低地にあるため潮水が入りこみ、また水源からの勾配が小さいために流れにくい。幕府は何度か工事を行うがうまくいかなかった。

 そのためこの地域では水を買うことになる。水銀は1か月で16文〜20文(320〜400円程度)と前述したが、水屋から買うとなると高い。

 水屋は「水船」という水槽をそなえた船で余剰の上水から水を運び、天秤棒で桶を前後に担いで売り歩いた。2桶で1荷(50リットル程度)と数え、1荷の価格は文献によって異なるが40〜60文、80〜100文などと記されている。

 江戸に暮らしていても井戸水の使える地域、水道の利用できる地域、水屋から水を買う地域で水代はずいぶん違っていた。

江戸時代の飲み水事情を伝える(著者が江東区にて撮影)
江戸時代の飲み水事情を伝える(著者が江東区にて撮影)

 江戸時代に水道施設のリストラが行われた理由は、防火用水の確保、水道から井戸への転換が可能になったこと、新田開発のための水利用などいくつかの理由がある。また、水道事業を止めることで幕府の経費削減にもつながっただろう。

 江戸の話からは学ぶことが多い。防災、農業、生活用水など水に関する政策を同時に考えていること。本来こうあるべきだが、現代では所管が分かれ、なかなかいっしょに考えることが難しくなっている。

 また水道の代替手段として地下水を活用していること。現代でも水道の維持が難しくなった地域で、もう一度地下水を活用するケースが出てくるかもしれない。

 そして水道をあきらめ、すべての水を買ってまかなうと市民の負担は大きくなること。

 もしもの話だが、水道がなくなったときに、ペットボトル水でまかなおうとしたらどうなるだろうか。ペットボトル水2Lの平均価格は99円(総務省小売物価統計調査)。東京都の水道水は2Lで0.48円。1日に必要とされる飲み水2Lをペットボトル水でまかなうと1日99円、月2970円、年3万6135円、水道水だと1日0.48円、月14.4円、年175.2円。ペットボトル水で約2本の料金が、水道水1年分の料金に相当する。

 いろいろと考えさせられる。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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