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なぜ埼玉県秩父市に東京都豊島区の森が? 森林なくても多額が配分される森林環境譲与税の有効活用を考える

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
としまの森(筆者撮影)

豊島区の資金で秩父市の森を整備?

 池袋駅から西武線の特急電車に乗ると1時間20分ほどで西武秩父駅へ到着。そこからバスと徒歩で20分ほどの場所に「としまの森」があった。

 武甲自然公園内の市有林1.89haヘクタールに、コナラやクヌギが生息している。

 数年前まで放置状態だった市有林で、豊島区の資金を使った整備事業(古木の伐採、萌芽更新、植樹など)が行われた。

 使われた資金は、森林環境譲与税である。

配分や使途に課題が残る森林環境譲与税

 森林環境譲与税とは、間伐、林業の担い手育成、木材利用の促進のため、国が都道府県と市区町村に配分している資金。

 現在の財源は国が工面しているが、2024年度からは、住民税に1000円上乗せする森林環境税の徴収がはじまる。

 つまり、あなたもこの税を納めるということ。

 ただ、配分や活用法をめぐって、さまざまな課題がある。

 まず配分だが、総額の50%を私有林人工林面積、20%を林業就業者数、30%を人口に応じて案分する。

 「おや?」と思うかもしれないが、「人口」という要素が30%を占めているため、私有林人工林面積が少なくても、人口が集中する大都市への配分が多くなる。

 反対に、私有林人工林面積が多く、森林整備を必要としていても、小規模市町村への配分は少なくなる。

 2021年度の税総額は400億円。

 配分が大きかったのは、横浜市(3億521万円)、浜松市(2億5896万円)、大阪市(2億3622万円)など。これらの自治体の私有林人工林面積を見ると、浜松市は5万6361haあるものの、横浜市は517ha、大阪市は0haだ。

 反対に配分額が最少の沖縄県渡名喜村は3万3000円で、私有林人工林面積は1haだ。

 なんともバランスが悪い。

 そのため活用法が「未定」という自治体も多い。東京23区には、2021年度年度に計約8億円が配分されたが、私有林人工林面積がなく、活用方法が決まらず積み立てている区もある。

「としまの森」のメリットとは

 では、豊島区が遠く離れた秩父の森を整備するメリットは何か。

 1つの目的は、温室効果ガスの削減だ。埼玉県森林CO2吸収量認証制度を活用してカーボン・オフセットを実施し、区内のCO2排出量と森林整備で得られるCO2吸収量を相殺する。

 もう1つの目的は区民にとっての環境教育の場。これまで丸太切り、コースター作りなどの体験プログラムなどが実施されている。

 一方の秩父市側のメリットは、市有林の有効活用や森林整備の推進などだ。

川でつながる豊島区と秩父市

 豊島区は長野県箕輪町でも同様の事業を行なっているので、あまり意識していないのかもしれないが、豊島区と秩父市は鉄道でつながっているだけではない。

 川でつながっているのだ。

 筆者はここに大きな意味を感じている。

 豊島区と秩父市は以下の図に示すように荒川流域に所属する。

 流域とは降った雨が集まる範囲で、行政区の範囲を超えている。

国土交通省関東地方整備局荒川上流河川事務所HPの資料に筆者が自治体名を記入
国土交通省関東地方整備局荒川上流河川事務所HPの資料に筆者が自治体名を記入

 明治期以前は「川の文化」の時代で、舟運によって上下流で人、物の流れがあった。明治期以降は「道の文化」の時代になり、道路や鉄道によって大都市と地方都市が結ばれ、人と物の流れも変わった。

 現在、モーダルシフト(小さな鉄道、船舶、循環する道)や気候変動にともなう新しい治水(下図)を行うために、再度注目されているのが流域という概念だ。

国土交通省HPの図に著者が加筆
国土交通省HPの図に著者が加筆

 流域の水、土、動植物は互いに影響し合っている。

 上流の人工林が皆伐されたり放置されると地盤が脆弱化し、暴風雨などによって土砂や樹木が下流域へと流る。下流域の住民は水の恩恵を得られなくなったり、洪水など水の驚異にさらされる。

 上流の森の樹木から落ちた葉や、土壌に含まれるミネラルなど様々な物質が雨水や地下水に溶け込み、河川に流れ込むことで、川に生息する生物や川辺の植物に栄養を運ぶ。

 物質は最終的に海に運ばれることから、流域は森から川へ、そして海をも含めた広大な範囲で互いに作用しあっている。

 豊島区と秩父市の事業は、同じ荒川流域に属する自治体の連携と見ることができる。

 まだまだ小さな事業であり、温室効果ガスの吸収量、利水、治水にあたえる影響もごくわずかだ。

 だが、森林環境贈与税をどのように活かすの大きなヒントを与えてくれている。

 森林環境譲与税は恒久財源であり、譲与額が予測可能であることから、長期スパンでの雇用や人材育成にとりくむこともできる。

 水源の森づくりを流域内の自治体が共同で行い、住民が参加しての植林・育林活動を実施することもできる。それが持続可能な社会をつくるための人材育成となる。

 森林環境譲与税の活用方法が決まらない自治体は川の上流に注目してほしい。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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