Yahoo!ニュース

激しくなる水の動きのなかで生活をどう変えるか

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
筆者撮影

太陽熱と重力によって水は動いている

 今日8月1日は「水の日」。7日までは「水の週間」だ。

 この機会に、わたしたちの暮らしと水について考えてみたい。

 水は動いている。そして、人は水の動きのなかで生きている。自然界で水を動かすのは太陽と地球だ。蒸発は太陽熱エネルギーにより、高所から低所への移動は地球の重力による。

 地球温暖化、気候変動が進むなか、この自然の水の動きに着目して暮らしを見直す必要がある。

 水と人との関わりは恩恵と脅威に分けることができる。

 恩恵とは、飲み水にはじまり、炊事、洗濯、風呂、トイレなどの生活の水、さらには農業、工業などの生産の水など。一方、水災害などの脅威から暮らしを守るといった面がある。

 こうした営みは、居住地域の水環境に左右される。

 日本列島は四方を海に囲まれ、脊梁山脈にぶつかった雲から世界平均の2倍の雨が降る。急峻な山が多いため、水は素早く大地を駆け、海に到達する。

 これは雨が降るわりに、水が早く移動してしまうため、使いにくいということであり、また、重力エネルギーに恵まれているということでもある。自然は多様性に富み、流域ごとの生態系、生まれた文化もまた多様であった。

人間は重力に逆らって水を動かした

 人間と他の生き物との違いは道具によって水の動きを変えたことだ。

 生き物が水を得たい時には水に近づく。

 だが人間は水を引き寄せた。

 農耕がさかんになると、それまでは水を得るために水辺まで移動していた人間が、反対に自分たちの方へ水を引き寄せた。古代文明が発展した地には、灌漑用運河、貯水や分水を目的とした小さなダム、淡水を重力の力で運ぶ水路、清潔な水と汚水を分離するための汚水処理システムの痕跡が残っている。

 世界最古の井戸はシリア北東部にあるとされる。テル・セクル・アルアヘイマル遺跡から発見された井戸は約9000年前につくられた。世界最初の下水道は4000年前のモヘンジョダロで、最初の水道は2300年前のローマでつくられた。その後の水インフラの発展が水循環を大きく変え、地域社会、生産活動、文化形成に大きな影響を与えた。

 蒸気機関が発明されると、ポンプでの揚水や導水が可能になり、水を低いところから高いところへ動かすことも可能になった。同時に浄水方法も進化し、エネルギー使用量は増えていった。安全な水の供給を受ける人の数が飛躍的にのび、都市の拡大につながった。水を使うにはエネルギーが必要で、エネルギーをつくるには水が必要という時代が始まった。

生産活動による熱が水の動きを変えた

 やがて人間の生産活動は地球温暖化につながり、気温の上昇は水の動きを変えた。2021年、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、地球温暖化の原因は、「人間が排出した温室効果ガス」と断定した。人間が大量の資源、水を使って生産活動を行い、浪費と廃棄を繰り返し、水を汚した。

 このプロセスのなかで温室効果ガスを発生させ、地球の気温が上昇した。地球温暖化で地球の平均気温が上がると、水のすがたや動き方が変わる。蒸発する水の量、空気や地面にふくまれる水の量、雨や雪の降り方が変わるという気候変動につながる。

 産業革命以前から、すでに上昇している地球の平均気温が、今後1.5度を超えて上昇すると、北極の氷がとけ、温暖化が加速する。それによってシベリアの永久凍土もとけ、温室効果ガスのメタンが放出され、さらにはアマゾンの熱帯雨林が消失するなど、ドミノ倒しのように気温上昇が続き、元に戻れなくなるという予測がある。

 渇水や海面上昇の影響で、世界中で億単位の人が現在の居住地からの移住を余儀なくされる。日本でも台風が巨大化し、豪雨災害は現在より頻発し、漁業や農業にも大きな影響が出る。

 成長が前提の資本主義経済において、欲望は経済活性化の原動力だった。しかし、尽きることのない欲望は地球環境を変え、気温の上昇、干ばつや洪水などにより人間の暮らしは困難になっている。

 地球温暖化で水の循環は変化した。熱エネルギーにより水の動きが活発になった。低緯度海域の海水温は1~2度上昇し、蒸発量、降水量も増えている。地球は低緯度の熱を高緯度へ運ぶ。これによって地球全体の熱のバランスを維持する。蒸発は広域から緩やかに起こるが、降水は狭い地域で短時間に集中して起こる。

 日本列島は低緯度海域で蒸発した水蒸気が高緯度地域へ運ばれる道筋に位置し、近年、豪雨災害に見舞われることが多くなった。

流域とは降った雨が地表、地中を流れ、一筋に収斂していく単位

 新しい社会を考えるキーワードは流域である。ふだんは聞きなれない流域という言葉だが、あなたもどこかの流域に所属している。水平でない土地に雨が落ちたとき、水は傾斜にそって低いほうへと流れていく。流れはやがて川となり、最終的には海に注ぐ。流域とは、降った雨が地表、地中を毛細血管のように絡み流れ、やがてひとすじに収斂していく単位である。

 流域は生物多様性のまとまりのよい自然生態系でもある。流域にはそれぞれの特性にあった生物が住んでいる。日本では、気候の多様性とあいまって、1400種の脊椎動物、35000種の無脊椎動物、そして7000種の維管束植物といった驚くべき生物多様性を生み出した。脱炭素による気候変動対策が行われているが、それは流域の生物多様性を見据えたものでなくてはならない。

 かつて人間の暮らしは所属流域の水とともにあった。気候変動によって水の動きが変われば、利水、治水、食料生産、エネルギー政策などに影響が出る。また、グローバルサプライチェーンの末端にある私たちの生活は、これまでは世界各地で作られた食料、製品を大量に消費・廃棄し、それが水や海の汚染につながった。しかし、これから安価で海外からモノを買うのは難しくなるだろう。

 忘れられた流域という概念を再度意識し、水や資源を循環させる社会をつくっていこう。大量生産、大量廃棄のリニアな経済から、流域の水をつかって生産活動を行い、それを大切に循環させる経済への移行が急務だ。新しい社会を水の動きから考えてみたい。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

橋本淳司の最近の記事