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世界「3大水メジャー」がついに「一強」になった歩みと今後の展開や懸念

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
(写真:アフロ)

水ビジネスの巨人「ウォーター・バロン」と言われた2社

 水ビジネス世界大手仏ヴェオリアが、同業仏スエズを買収することで最終合意したと発表した。買収総額は約260億ユーロ(約3兆4000億円)。売上高約370億ユーロの巨大企業が誕生する。

「仏ヴェオリアがスエズ買収で合意 3兆4千億円」(日本経済新聞)

 ここでは水ビジネスの巨人「ウォーター・バロン」と言われた2社の歩みを振り返る。

日本にも進出しているヴェオリア

 ヴェオリアは、仏リヨン市で1853年に創業したジェネラルデゾー社が母体となっている。フランス共和国の第二帝政時代、ナポレオン三世は都市部の水道システムを運営する民間企業が必要と考え、勅令によって誕生した。

 事業は上下水道に止まらない。1960代以降、廃棄物処理やエネルギーも取り扱い、いわゆるライフライン事業を主体にしている。

 1980年代以降、通信・メディア事業、都市交通などにも進出したが、現在は本業に集中する方向だ。

 2019年のグループ連結売上高は271億ユーロ(約3兆4200億)で、水部門が41%、廃棄物部門が37%、エネルギー部門22%という比率だ。

 日本にも進出しており、西原環境(エンジニアリング)、ジェネッツ(料金徴収・顧客サービス)、フジ地中情報(漏水管理・料金徴収)などを傘下に収め、上水道事業や廃棄物処理の業務を行っている。2019年度は、69か所の浄水場運転、80か所の下水処理上運転、180自治体の料金徴収、999件の漏水調査受託を行っている。

 現在宮城県で進む水道事業のコンセッションにおいても、ヴェオリア・ジェネッツ社は運営候補グループのなかの1社である。

スエズ運河とも縁あり

 スエズは、もともと1880年に創業したリヨネーズ・デソーという企業で、水道と電力を事業の柱にしていた。フランス国内の建設会社と合併してリヨネーズデゾー・デュメズとなった後、スエズ運河の建設・運営会社であるスエズと合併し、スエズ・リヨネーズデゾーとなった。その後、グループ内の再編、建設部門の売却などを経て、スエズ・エンバイロメントとなった。

 2006年にはイタリアの電力大手エネルから敵対的買収を仕掛けられた。これに対し、ドビルパン仏首相(当時)は、「フランス企業を守れ」のスローガンを掲げ、スエズ買収を阻止すべく、フランスのガス公社(GDF)との合併を主導した。国営企業と民間企業の合併ゆえ、労務問題や利益配分、支配権の確立など数多くの難題があり交渉は難航したが、2007年5月に就任したサルコジ大統領(当時)が先頭に立ち、急転直下で合併合意にこぎつけた。

 電力事業はGDFに移し、GDF傘下のスエズ・エンバイロメント(水道・廃棄物事業)となった(2016年4月に再度スエズに社名変更)。

 2019年度の年間売上げは、連結売上高は180億ユーロ(約2兆2700億円)で、水部門56%、廃棄物部門44%という割合になっている。

 日本での事業活動はないが、水道事業のコンセッション等の獲得に向け、2018年12月に前田建設と共同取組を行う覚書を締結している。

2大水メジャーがフランス企業である理由

 両者ともフランス企業だが、偶然ではない。フランスは自治体の規模が小さく、人口6500万人に対し、自治体数は3万7000ある。9割の自治体の人口は2000人足らず。そのため自治体は、都市交通、廃棄物の収集や処理、上下水道などの行政サービスを独自に行うことができず、民間企業に任せてきた。

 シラク元大統領はパリ市長時代に、市内をセーヌ川で二分し、片方の水道事業をヴェオリアに、もう片方をスエズに任せた。その結果、両者は水道事業のノウハウを蓄積することができた。

 転機が訪れたのは1980年代。フランスの国内上下水道市場が飽和した。そこで大統領のトップ外交によって海外進出を図った。ヴェオリア、スエズは先行者の利を活かし、世界の民営化された水道事業のほとんどを握り、「水メジャー」「ウォーターバロン(水男爵)」などと呼ばれた。

 かつては「3大水メジャー」といわれ、英国のテムズウォーターを含んだが、現在同社は国内に特化して事業を行っている。ヴェオリア、スエズの「2大水メジャー」だったわけだが、今回の買収によりついに世界最大の水メジャーが誕生した。

フランスでは懸念の声も

 ヴェオリアは、スエズを買収することで、リサイクルなどの分野におけるイノベーションの優位性を維持するのに役立つと主張してきた。これは、今後10年間の主要な成長源となる可能性がある。

 また、新型コロナのパンデミックにあって、世界各国の政府がインフラ投資を増やしているため、その受け皿となる可能性もある。

 一方で、フランス国内の市長の大半が、この合併に懸念を表明していた。

 フランス国民の7割が、ヴェオリアやスエズから供給される水道水を飲んでいる(ヴェオリア40%、スエズ30%、残りは10社以上の独立系企業)。1社独占になると競争がなくなり、料金の値上げ、サービスの低下が起きる可能性を懸念している。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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