「なぜ避難できなかったのか」 大川小事故の行動や心理を徹底解明した「読む防災グッズ」

(写真:アフロ)

災害が差し迫っても逃げない人がいるのはなぜか

 地震、津波、洪水、土砂災害などの自然災害が頻発している。災害に際し、最終的に命を守る手段は「避難」である。

 現在、国会では「特定都市河川浸水被害対策法等の一部を改正する法律案(流域治水法案)」の審議が行われており、ダムや堤防などハード面での防災に加え、避難体制の確立などソフト面での防災が強調されている。

 だが、命を守る意思決定、行動は意外にも難しい。

 近年の災害を振り返ると災害が差し迫っても逃げなかったために命を落とした人がいる(心身の関係で逃げられなかった人はのぞく)。

 なぜか。「平成30年7月豪雨(西日本豪雨)」では、270人を超える死者・行方不明者の被害が出た。なかでも岡山県倉敷市真備地区では川の堤防が決壊し、51人が犠牲になった。倉敷市が住民に配布したハザードマップは浸水域とほぼ合致していたが、住民の大半は、川の氾濫について、まったく心配していなかった。

 現在、各地の自治体は、地域防災計画に基づき各種防災対策を推進し、ハザードマップ整備や避難計画などの情報発信をしているが、現場では「マニュアルが増えたが、行動に繋がるかは疑問だ」などの「形式だけのマニュアル主義」を危惧する声を聞く。「なぜ人は避難しないのか」「どうしたら自律的に判断し、自らの命を守れるか」を考える必要があるだろう。

大川小学校の88人の意思決定はなぜ停滞したのか

 あの日、88人はなぜ逃げなかったのか。

 東日本大震災により発生した巨大津波。大川小学校には、児童76人、教職員11人、スクールバスの運転手の合計88人がいた。そのなかで生き延びたのは児童4人、教職員1人の合計5人。地震発生から津波到達まで50分の時間があり、校庭から走って1分ほどで登れる裏山があった。それなのに、なぜ河川堤防近くに向かったのか。

 多くの謎が残されていた。

 『クライシスマネジメントの本質 本質行動学による3・11 大川小学校事故の研究』(西條剛央/山川出版社)は、大川小学校の事故に関する謎を、本質行動学に基づき解明している。

筆者撮影
筆者撮影

 本質行動学とは、本質に沿って望ましい状態を実現していくための実践的な学問。ここでいう本質とは、その事柄の最も重要なポイントを指し、そこから外れたら必ず失敗するという類いのものだ。

 著者は膨大な資料を精査し、同時に現地で可能な限りの証言を集め、整合性のあるかたちで「あの日」の全体像を浮かび上がらせる。震災時に大川小学校で起きた現象を構造化することにより、当日の人々の行動や心理を把握し、「なぜ津波に対する避難行動をとるための意思決定ができず、津波が目前に迫るまで校庭にとどまり続けることになったのか」を解明する。

 著者は地震発生から津波到達までの50分を3つのフェイズに分けて分析する。

 第1フェイズ(地震発生後、校庭に移動。津波警報を受け話し合いをする)では、未経験の津波に対する正常性バイアスが意思決定を停滞させる。

 第2フェイズ(様々な危険性が考えられる中、意思決定ができず、津波が目前に迫るまで校庭にとどまる)では、津波襲来への恐れと、津波がこなかったときに責任を問われることへの恐れを、秤にかけるリスク天秤バイアスが、意思決定を停滞させる。

 そして第3フェイズでは、大津波が目前に迫り、合理的な判断が損なわれるパニック状態になり、三角地帯に向かう教職員、児童は正面から津波にのみ込まれた。

 著者の西條剛央氏はこれを「マネジメントに起因する事故」と結論づけたうえで、こう強調する。

「大川小学校の事故において確実に言えること、大川小学校の事故の本質とは何でしょうか。それは、《学校側の先延ばしによる避難マニュアルや避難訓練の不備》がなければ、こうした悲劇は起きなかったということです。津波の想定がされていなくても、予見できていなくとも、「津波警報が出たときには高台に避難する」ということを決めて、一度でもよいから高台への避難訓練をしていれば、子どもたちや教職員はその後の人生をまっとうすることができたはずです。

 50分という時間と1分で逃げられる裏山もあった。

 6m、10mの津波の情報も入っており、その場にいたトップ3の先生も、保護者も児童も山への避難を訴えていた、スクールバスの運転手も避難を訴えていたにもかかわらず、なぜ避難できなかったのか。

 津波被害にあったことがない『経験の逆作用』や、津波がくると思った人たちはすでに避難していた『逆淘汰』の状態になっており、校庭に残っている人たちの大丈夫と思いたい「正常性バイアス」がさらに強められ「超正常性バイアス」というべき集団心理が形成され、「山へ避難しよう」という雰囲気にならなかったこと。

 山も危ない、道路も危ないと言われるなかで、山を登らせて津波が来なかったときに怪我をしたら責任問題になるのではという『リスク天秤バイアス』が生じ、津波が目前に迫るまで意志決定することができず戦後教育管理下最悪の惨事となってしまったのです。

 これは『事前に避難経路と避難場所を定めていなかった』からこそ起きた悲劇であり、前例のない災害に襲われたときには誰にでも起こりうることを大川小の事故は教えてくれます。逆に「事前に避難経路と避難場所を定める」といったクライシスマネジメントを事前にしていれば、意思決定の停滞は起こりようがなく全員助かっていたのです。」

私たちも「あの日」の当事者になる。その時どうするか

 大川小学校の事故は、私たちにも起こりうる。災害の種類は違えど、誰もが「あの日」の当事者になり得る。そのとき、あなたは自律的に判断し、自ら命を守ることができるだろうか。

 損保ジャパン日本興亜が2019年7月に発表したアンケート調査(有効回答数1047人)では「ハザードマップを見たことがないと答えた人(知っているけれど見たことがない、ハザードマップを知らない、どこで見られるのかわからないと答えた人)」は約4割にのぼる。

 さらにはハザードマップに記された以上の規模の災害も起こりうる。

 そうしたなかで、突然襲ってきた災害に対し、いきなり適切な判断、行動をするのは難しい。普段から危機に際してどのように行動するかを考え、訓練しておかなくてはならない。

 著者の西條剛央さんはこう語る。

「多くの人は災害は他人事だと思っているので、避難を想定する必要がないと思っています。

 ですが、大川小の事故が教えてくれることは、被害に遭ったことがないところほど、被害が大きくなるということです。

 すでに、今まで起きなかった規模の災害が実際に起きており、特に川の流域は、海の近くだけでなく、どこでも被害にあう危険性があります。

 平時に備えていなければ、時間と情報が限られており、『まずいかもしれない』という恐れと、それを抑制したいがために働く『大丈夫だろう』という楽観的な自分(正常性バイアス)が錯綜し意志決定が停滞します。

 このため、本来なら助かるはずの命が失われてしまうのです」

 本書の内容を会社、学校、地域などで共有し、地域に応じた対策を立て、訓練を行うべきだ。西條さんは、この本を「読む防災グッズ」と語る。

「防災グッズは大事なのですが、最初の意思決定を間違えて命が失われてしまったら防災グッズは何の役にも立たない。

 まずは助かるための意思決定をできる自分になっていないと、大切な人の命も守れない。この本を『読む防災グッズ」として一読しておき、生存力に直結するクライシスマネジメント力を高めておくことが大事になると考えています」

 あらゆる状況を想定し、基本的な避難方法を決め、さらには想定外の事態が起きたときには、自分や身近な人の命をいかに守るかを考えて行動する。クライシスマネジメントについて、自分たちで真剣に考え、行動する大切さを本書は教えてくれる。

 本書は大川小学校の事故からの教訓を「確信が持てないときは悪い想定の方を選び、迅速に行動する」といった“クライシスマネジメントの本質”にまで昇華しており、地震や津波、洪水といった自然災害はもちろん、コロナ禍といったウイルス災害の意志決定にも幅広く適用できる。