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水不足で顕在化した気候危機時代のダムメンテナンスの難しさ

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
(写真:アフロ)

散水車による補水、河川からの汲み上げ、節水でしのぐ

 昨年末、南房総市の水道水源である小向ダムの貯水量が減少し、貯水率が20%を下回った場合、断水を実施するとされた。

 参考:Yahoo!ニュース「南房総で水不足。コロナ禍の断水せまる。避けるための節水対策は?」

 だが、以下の表のとおり、少ないながら貯水率は維持され、1月7日は33.9%である。

「小向ダムの貯水率と今後の貯水率の見込み」(南房総市HP)http://www.city.minamiboso.chiba.jp/0000014034.html(2021.1.8 7:50最終閲覧)
「小向ダムの貯水率と今後の貯水率の見込み」(南房総市HP)http://www.city.minamiboso.chiba.jp/0000014034.html(2021.1.8 7:50最終閲覧)

 これは散水車による補水、近隣の丸山川と貝沢川からポンプによる汲み上げ、地元の人の節水などの賜物である。

 また、県内他市の水道事業体から応援給水を受け、病院、介護施設、福祉施設などの貯水槽へ直接入水している。

 この間、メディアでは「これは人災か」「天災か」という議論が数多く見られた。小向ダムは昨年、老朽化した水門の更新工事を行った。その際、ダム水位を下げる必要があり、10月下旬に貯水率93.8%から47.5%に下げた。

 その後、雨が降らなかった。例年であれば11月の平均降水量は183ミリ程度だが、昨年11月は合計37ミリ(過去最小は2014年の79ミリ)。11月2日の20ミリ以降はまとまった降雨がなかった。そのため貯水率が回復しなかった。

 こうした背景から、「人災か」「天災か」という議論が起きたわけだが、筆者は「気候危機時代のダムメンテナンスの難しさ」が顕在化したと考えている。そして、これはあらゆるダムにあてはまる話だ。

ダムに必要な2つのメンテナンス。放流設備と堆砂

 日本国内には約3000基のダムがある。そのうち約40%以上が、管理開始後30年以上、約10%が50年以上経過している(「ダム総合点検実施要領・同解説」国土交通省(2013年))。

 ダムは堤体という本体部分と、放流設備(ゲートおよびその関連設備)から構成される。

 堤体はコンクリートと土でできていて半永久的に使用できる。

 一方、ゲートおよびその関連設備は、貯留水の取水・放流、流量調節などの目的で設置されているが、鋼構造と機械・電気部品の複合構造物で、老朽化への対応が必要だ。

「ダム用ゲート設備等点検・整備・更新検討マニュアル」(国土交通省 2011年)
「ダム用ゲート設備等点検・整備・更新検討マニュアル」(国土交通省 2011年)

 もう1つメンテナンスが、貯水池の堆砂への対応である。国土交通省所管の561のダムのうち、51のダムが計画堆砂量を超過している(2018年末時点)。

「国土交通省所管ダムの堆砂状況について」(国土交通省)https://www.mlit.go.jp/river//dam/taisa/taisha_joukyouH30.pdf
「国土交通省所管ダムの堆砂状況について」(国土交通省)https://www.mlit.go.jp/river//dam/taisa/taisha_joukyouH30.pdf

 豪雨とともにダムに大量の土砂が流れ込めば、ダムの底は次第に上がり、貯水できる量が少なくなる。

 2017年8月、長野県の裾花ダムにおいて、洪水調整中の2門の常用洪水吐のうちの1門が、4か月間、開閉不能となったことがある。堆砂が常用洪水吐の設置高さにまで進行し、ゲート開操作時に流出した土砂と沈木がゲート開口部を閉塞させた。

 こうしたことからメンテナンスの重要性が指摘されている。ダムの放流ゲートや電気機器については、各々の耐用年数で交換すること、堆積土砂については浚渫や排砂トンネルで取り除くことが必要とされる。

 国土交通省は「予防保全型の維持管理」を掲げている。これは、設備の使用中での故障を未然に防止し、設備を使用可能状態に維持するために計画的に行う保全を指す。だが、老朽化したダムのメンテナンスは進んでいるとは言い難い。ダムだけでなく、上下水道や道路、橋梁なども予算不足、人材不足から点検や更新ができずにいる。

気候危機が工事の時期を難しくする

 工事のなかには、今回のように水位を下げて実施しなければならないものもある。その場合、ダムの機能が一時的に停止する。複数のダムを活用していれば影響は少ないが、南房総市の千倉・丸山・和田地区が水道水源を小向ダム1つに依存していた場合、工事をいつ実施するかがとても重要だ。

 これまではその時期を過去のデータで決めていた。しかし、近年は必ずしも過去のデータが当てにならなくなっている。2020年の館山アメダス(南房総市に隣接)は以下のとおりだ。

気象庁データより著者作成
気象庁データより著者作成

 7月の降水量が突出しているが、8月には減り、9月、10月には増えたが、11月以降は雨が降っていない。11月の降雨を当てにしてダム水位を下げたわけだが、過去最低を大きく下回る雨量だった。

 こうした極端な雨の降り方は全国的な傾向にあり、ちなみに東京は以下のとおりだ。

気象庁データより著者作成
気象庁データより著者作成

 2020年は雨の降る時期、降らない時期がはっきりしていた。また過去に降水量の多い時期に降らない、少ない時期に降ることもあった。

 過去のデータが当てにならない時代に、老朽化したインフラをどのようにメンテナンスをしていくか。言うまでもないが、1つのダムが工事に入るなら、もう1つ別のダムをつくって備えようという時代ではない。人口減少が進むなかで、インフラは整備する時代から更新する時代、縮小する時代へと向かっていく。

 そういうなかで、今回の南房総市の対策はヒントになる。それは連携を図ることである。散水車による補水、周辺河川からポンプによる汲み上げをはじめ、さまざまな連携を図りながら断水にならないようもちこたえている。

 また、流域という単位を頭に描きながら、小規模分散型のインフラで備えることも考えられる。1つの巨大インフラに極端に依存せず、数多くの場所で雨水貯留を行って利水・治水に活用したり、身近な沢水や井戸水などを活用していくこともあらためて考えるべきだ。

 インフラの老朽化と気候危機への対策はまったなしだ。地域にもっともふさわしい方法で対策していく必要がある。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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