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コロナ失業対策 森林環境譲与税で「緑の雇用」を

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
京都・貴船で著者が撮影

森林は荒れる、担い手は減る

 国民1人が1000円ずつ納める「森林環境譲与税」が、目的に合った使われ方をしていない。目的とは、森林の公益的機能を発揮させること。森林は林業だけのものではない。水源の涵養、国土の保全、快適な環境、文化の維持継承、生物多様性の保全、地球温暖化の防止などさまざまな機能をもち、私たちの生活を支えてくれている。気候変動が進むなか、森林はますます重要になっていく。

 ところが日本の森林は荒れている。日本は国土の7割が森林だが、そのうちの多くが放置された人工林。草のない地面のうえに、やせ細ったスギ、ヒノキがお線香のように立っている。近年、頻発する台風の影響で、倒木が大量に発生し、そのままになっている場所も多い。多額の税金をかけて植林され、長年育てられてきたスギやヒノキが根をむき出しにしたまま無残に倒れている。

 仮に災害がこれ以上起きないとしても、森や林が健全な状態で維持できる可能性は著しく低い。山の災害は、台風や豪雨に襲われた時の急性的な被害だけではない。慢性的な被害もある。何年もかけて根が腐り、土が緩み、雨の翌日に突如崩れる。

 森を守れれば幾分かはその災害は軽減できるだろう。しかしながら、そのための十分な制度はなく、人材も資金も不足している。国勢調査によると、1960年には44万人いた林業従事者は、2015年には5万人を割った。高齢化も進み、技術継承もままならない。

 森林の公益的機能を発揮させながら、持続的な林業経営を行うためには、地域にあった森づくりのできる担い手を育成することが急務であった。

安倍首相「森林整備をしっかりと加速」

 2019年2月15日、衆議院本会議で安倍晋三首相はこう話した。

'''「森林整備をしっかりと加速させてまいります。その際、地域の自然条件等に応じて、針葉樹だけでなく、広葉樹が交じった森づくりも進めます。新たに創設する森林環境税・譲与税も活用し、こうした政策を推し進め、次世代へ豊かな森林を引き継いでまいります」

'''

 森林環境譲与税を市町村や都道府県が有効活用することで、これまで手入れができていなかった森林の整備が進むと期待された。昨年秋の台風19号の際には洪水の原因として「森林の保水力」の低下が指摘され、森林の整備は国民の命を守る急務のはずだった。

 しかし、[https://mainichi.jp/articles/20200330/k00/00m/040/183000c 「環境税、最大目的「森の整備」使用は35%止まり 都市

では「消費」 74 市区調査」](『毎日新聞』/2020年3月31日)によると、森林整備に使われたのは税の35%に過ぎない。多額の配布を受けた横浜市(推定1億4208万8000円)、大阪市(推定1億960万6000円)などは森林整備への使用額がゼロで、学校や施設の改修、将来の施設整備の基金などに充てたという。

森林環境税および森林環境譲与税とは何か

 '''森林環境税および森林環境譲与税'''とは、名前は違うが同じお金である。国民が国に納める時には「森林環境税」であり、国から市町村、都道府県に配布される時には「森林環境譲与税」となる。

 森林環境税は、2024年度から住民税に年1000円加算される。なぜ2024年度からなのかと言えば、復興特別税の徴収終了後に導入されるから。東日本大震災の復興増税として納めていた1000円が目的を変えて継続徴収される。個人住民税の納税者は約6000万人だから、年間600億円程度の税収となる。

 一方、市町村、都道府県に分配する森林環境譲与税はすでに2019年度から開始された。2019年度は200億円、2020年、2021年度は400億円、2022年、2023年度は500億円。そして2024年に600億円。森林環境税の徴収が始まる2024年度までの5年間は借入金で賄われる。

 この税は恒久財源である。私たちは毎年1000円支払い、市町村や都道府県は毎年600億円程度を受け取る。だからこそ有効活用して欲しい。

人口の多い自治体に手厚い税配分

 森林環境譲与税には2つの問題がある。1つは税の配分、もう1つは使いみち

 まず、税の配分について。

 森林環境譲与税は、総額の10分の5を私有林人工林面積、10分の2を林業就業者数、10分の3を人口で案分する。このため人口が集中する都市部への配分が大きくなり、森林整備を必要とする小規模市町村への配分が小さくなる。

 自治体別に見ると、横浜市に1億4208万8000円の配布があったのに対し、沖縄県渡名喜村への配布は1万6000円である(全自治体の平均は918万9000円)。

森林環境譲与税額の多い自治体トップ10(注記の資料より著者が作成)
森林環境譲与税額の多い自治体トップ10(注記の資料より著者が作成)
森林環境譲与税額の少ない自治体トップ10(注記の資料より著者が作成)
森林環境譲与税額の少ない自治体トップ10(注記の資料より著者が作成)

 この配分には法律の制定時から疑問の声が上がっていた。第198回国会(2019年)の衆参の総務委員会でも、譲与基準に人口が加わっていること、3割という比率で案分することの合理性に疑問の声が上がった。

 2019年10月4日、宮城県議会は「森林環境譲与税の譲与基準の見直しに関する意見書」を関係国務大臣、衆参議長宛に提出した。

 2020年3月16日の参院予算委員会では、安倍晋三首相が「どうして大都市にいくんだろうと思った」と述べている。

 参考:自治体別の森林環境譲与税配分額(「令和元年度9月期における地方譲与税譲与金の譲与」総務省

森林の伐採に拍車をかける

 次に税の使いみちである。

 政府はなぜ都市部への配分を増やしたか。それは国産材の需要創出をねらったものだ。森林整備が進められた場合、木材供給量は増加する。政府は「国産材素材の価格下落は、国産材の需給のミスマッチが生じたため」と答弁している。

 その狙い通り、都市部での木材利用は活発になった。

 だが、それは国産材なのか、担当者に国産材を使おうという意識はあったのかは疑問だ。税配分の多い政令指定都市には、WTO政府調達協定が適用されるため、木材の調達、木造建築物の発注で、国産材と外材を無差別に取り扱う必要がある。仮に調達した木材・木製品が外材由来であれば、税の目的から逸脱する。

 また、需要の増加とともに森林が過剰に間伐されたり、皆伐(一定の面積がすべて伐採されること)されたりするケースも増えている。切り過ぎれば災害が発生するし、そこに植林したとしても森林が公的機能を発揮するには少なくとも十数年はかかる。2017年の福岡県朝倉の豪雨災害では、皆伐地や作業道で崩壊が確認されている。皆伐が全国各地に広がれば朝倉の悲劇が各地に広がる。

 都市部に税の配分を厚くしたことで、木材利用が増え、林業は潤った。その一方で、森林伐採が増えると森林が公的機能を失う。まちが気候変動に対して脆弱になってしまう可能性は高い。

流木が豪雨時に水の勢いを強めた(著者撮影)
流木が豪雨時に水の勢いを強めた(著者撮影)

 

配分を変えなくても流域単位で使い方を見直す

 確かに稼ぐ産業としての林業がないと地域は疲弊し、山は崩れていく。

 しかし、その方法は地域ごとに工夫を凝らしたやり方で行われるべきだ。小規模でも持続的な林業経営を行う人たちは日本全国にいる。そのノウハウを結集し、担い手を育成することが急務である。

 自治体への配分を変えなくても流域を考えた使い方をすることで現状を変えることはできる。流域とは降った雨が集まる範囲で行政区の範囲を超えている。上流域の森林が放置されたり皆伐されたりして水を貯める力を失えば、下流域の住民は水の恩恵を得られなくなったり、水の驚異にさらされたりする。

 そこで流域協議会などが受け皿となり、所属する自治体が森林環境譲与税から資金を出し、流域の森林整備を行っていく。

 こうした考え方をもつ自治体はすでにある。東京都豊島区は森林面積ゼロだが、森林環境譲与税を使い、埼玉県秩父市の私有林整備を行っている。同じ荒川流域に属する自治体として連携しているわけだ。

 水源の森づくりを流域内の自治体で共同で行ったり、住民が参加しての植林・育林活動を実施することもできる。自治体が木材を使う場合は、流域内の適切な施業によって得られた木にすべきだ。

 気候変動対策は豪雨災害を予め予防するという観点も重要だ。国土交通省は3月24日、2018年7月の西日本豪雨の被害総額が約1兆2150億円に上り、単一の水害としては、統計を開始した1961年以降で最悪だったと発表した。こうした被害を軽減させることもできる。

 納税者の立場から見ると、自分たちの自治体が手にしたお金を、他の自治体の森林に使うというのは納得しにくいかもしれない。しかし、流域上流の環境整備が自分たちの利益にもつながる。

コロナ失業対策 緑の雇用を

 新型コロナウイルスの感染防止のため、さまざま施設や店舗が営業を自粛している。このためすでに多くの失業者が発生している。テレワークの推進から産業構造や働き方が変化し、コロナが鎮静化したのちに、もとの仕事が同じ規模のまま存在するとは限らないし、価値観の変化からこれまでとは違った職を求める人もいるだろう。

 多くの人の働く場が失われた時、公共事業が有効だ。それも将来にプラスになる、あるいは将来のマイナスを打ち消す公共事業がよい。そのためにこの税を使用し、緑の雇用を生み出すことを考えるべきだ。たとえば流域単位での森林整備事業である。下流域に住む都市住民が上流域の森林を、その地域に合った方法で整備するというしくみをつくり、都市部に配布された税で長期間の雇用を支えることができる。

 森の仕事には熟練の知識や経験が必要だが、簡単にできるものもあり、短期的な雇用の場ともになり得る。これは首長がやるきさえあればすぐにできることだ。NPO法人森林再生支援センター常務理事、自然配植技術協会会長の高田研一氏は自身のフェースブックのなかで以下の3つを提言していた(3月28日、4月1日の投稿を著者が要約)。

1)山地防災対策

・斜面の裸地で、土壌の浸食や土砂の移動を少し止める対策。広範囲で少しずつ土を貯める工夫を地域のスタイルで行う。

・そこで植林し消滅しかけている山野草の生育の場を取り戻す。これまでとは違う社会的距離を取りながら、小さな山野草の生きる場を見つける。

・上流部に蓄積された流木となる恐れのある倒木をノコギリで短く切る。

・切った木は燃料として使う。

2)シカの対策

・人が横列になって大声を出しながら斜面をゆっくり歩く。(ただし、シカをその地域から追い出すには歩く場所の選択に工夫がいる)

・山をゆっくり歩いてシカの食痕を見つけて記録する。

3)森づくりとその準備対策

・台風の被害、数年前に大流行したカシノナガキクイムシ被害で、里山は荒れたままになっている。その地域に応じた苗木を植えることが大切だが苗木がない。萌芽してもシカが食べてしまう。そこで山に入って小さな芽生えを見つけ、それをポットに入れて持ち帰って、庭の一隅で育てる。場所がなければ、窓際で育ててもいい。それを山に戻す。

 これらは緊急の雇用対策であると同時に、将来に豊かな自然、崩れない山を残すことができる。高田氏は「子どもから高齢者、全くの素人から専門家まで、さまざまな働き方が森林にはある」と強調している。

 森林環境譲与税は恒久財源であり、譲与額が予測可能であることから、長期スパンでの雇用や人材育成にとりくむこともできるだろう。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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