インドにあった「持続可能な開発のための教育」

セクモルの技術はすべてオープンになっている(著者撮影)

持続可能という言葉だけが踊る日本社会

 メディアなどで「SDGs(持続可能な開発目標)」という言葉を頻繁に聞くようになり、「実践者」と胸を張る企業が脚光を浴びるが、実際には中途半端な活動が多い。生産活動においては、環境負荷を低減するより、短期的な利益を上げる方法が優先される。

 ESD(持続可能な開発のための教育)の現場では「一人ひとりができることを少しずつ」「地球の危機を多くの人に伝えることが大事」などとまとめるが、水害で多くの死者が出ている現場を見るにつけ、虚しい思いになる。もっと実践的で、現代にあった教育が必要なのではないか。

セクモルの校舎(著者撮影)
セクモルの校舎(著者撮影)

生徒は非エリート?

 取材に行ったのはインド最北部に位置するラダック。NPO法人「ウォールアートプロジェクト」(代表おおくにあきこさん、現地コーディネーター浜尾和徳さん)がこの地で「世界森会議」を開催した。会議に先立ち、参加者たちは「セクモル」=SECMOL(The Students Educational and Cultural Movement of Ladakh)」を訪れた。

 ここにはラダック中から多くの若者たちが学びにくる。構成メンバーは多様だ。仏教徒、スンニ派とシーア派のイスラム教徒、そしてすべてのカーストがいる。彼らに共通しているのは「クラス10試験に合格しなかった」こと。一般的なインドの価値観では「落ちこぼれ」と見られることもある。

 インドでは英語による高等教育を受けた学歴エリート層が支配的地位を占めてきた。彼らの多くは欧米に留学した経験を持つ。インドの教育制度の基本は、英国譲りの徹底したエリート主義システムである。インドは各分野をリードする人材を輩出し続けている。アジアで最初にノーベル賞を受賞したラビンドラナート・タゴール(文学賞)、物理学賞のC・V・ラーマン、経済学賞のアマーティア・セン。最近ではNASAやシリコンバレーでも多くの人材が活躍し注目されている。

 教育制度は、初等教育が8年、中等教育が4年、高等教育3~4年だが、重要なのが10年生のとき行われる共通試験。成績が悪いと学校に残ることができず、留年して再びテストに合格しない限り進学できない。エリートを目指す学生は必死で勉強し試験に備える。

地方の誇りを取り戻し、3つのHを身につける

 セクモルのきっかけとなったのは、1988年に地元の大学生が始めた教育改革運動だ。

 そこにはエリート教育に対する疑問があった。

 一部のエリートが特定の分野に秀で、海外や大都市で活躍する一方、地方のまちや村に取り残された人たちがいた。経済のグローバル化、貨幣経済によって、村の暮らしは変化を余儀なくされた。地元住民の価値観が崩れ、誇りや自信も失われた。

 教育内容は地元の文化を否定するものだった。近代の欧米文化が礼賛され、昔ながらの営みを続けるラダックの生活様式は劣ったものと決めつけられた。

 こうした教育を改善し、自分たちの文化に誇りを持てるようにしたいというのが、セクモルの出発点だった。

 後にセクモルの創立者となるソノム・ワンシュクさんは、勉強を理解した生徒が、まだよくわかっていない生徒に教える、技術を習得した生徒が、まだ技術を習得していない生徒に伝える、という学習スタイルをとった。教えてもらった生徒はもとより、教える生徒もより多く深く学ぶことができる。

 この学び合うしくみは、いまでもセクモルのスタイルとして残っている。

ワークショップスペース(著者撮影)
ワークショップスペース(著者撮影)

 現在、セクモルでは若者たちが共同生活し、3つのHを使って実践的に学んでいる。3つのHとは、

 ・Bright Head(賢い頭)

 ・Skilled Hands(技術をもった手)

 ・Kind Heart(親切な心)

である。

 セクモルの学びは実践的だ。

 授業は英語、社会、数学、科学などがあるが、スピーチやディスカッションが中心だ。また、ラダックの文化や歴史を教えることも意識され、伝統的な歌やダンスも習う。

 生徒は仕事も任される。掃除、植林した木々や育てている野菜の水遣り、ソーラーパネルのメンテナンス、牛の搾乳などが割り当てられる。

 ユニークなのは、仕事のレポートがあること。ソーラーパネルのメンテナンス担当であれば、毎日の発電量の成果、発電量を増やす工夫などを、全員の前で発表する。こうした場を設けることで、仕事を自発的に取り組むようになり、改善のアイデアも生まれる。仕事は「やらされる」ものではなく、自ら「やる」ものになる。

生徒たちが自作した太陽光を活用する校舎(著者撮影)
生徒たちが自作した太陽光を活用する校舎(著者撮影)

気候変動を緩和したり、適応したりする術

 さまざまなプロジェクトにも携わる。

 セクモルでは自分たちで家を建て、水、エネルギー、食料を自給することを実践的に学ぶ。

 その際、環境に負荷をかけない方法が選択される。気候変動を緩和させ、適応するための技術が次々に試され、実装されてきた。

 たとえば、パッシブデザインの研究と導入だ。

 パッシブデザインとは、外部エネルギー(太陽や風)をパッシブ(受動的)に受け取って生活に活かすこと。たとえば、エアコンなど機械的にコントロールされた室内温度ではなく、冬は陽だまりの温もりを、夏は涼しい風を感じてもらえる快適室内温度を目指す。

 そのほか、バイオガスダイジェスター(家畜や住民の排泄物を分解し、取り出したメタンガスを調理、暖房、照明などに利用する仕組み)、太陽熱温水器の設置、コンポストトイレ、夏場に水を得るための氷河の塔などをつくってきた。

 また、農薬や化学肥料をつかわない植林や農作業を行う。

 基本的には、気候変動を緩和したり、適応したりする術を試行錯誤しながら、編み出していき、その成果はすべて無料公開されている。ここで学んだ若者たちは、地元に帰り、これらの技術を普及する仕事を行うことができる。

 たくさんあるセクモルの技術のなかから、太陽を活用する技、氷河を活用する技を紹介したいと思う。

セクモルの技術は書籍、ポスターなどで無料公開されていて誰でも自由に活用できる(著者撮影)
セクモルの技術は書籍、ポスターなどで無料公開されていて誰でも自由に活用できる(著者撮影)

太陽を活用するプロジェクト

 ラダックでは10月~4月上旬は氷点下まで気温が下がり、マイナス20度からマイナス35度の極寒の世界となる。

 セクモルの建物は、一切の環境負荷なしで温められる。

 基本となっているのは、パッシブソーラーデザインだ。

 校舎は真南に面して建てられ、大きい窓が備わっている。夏の太陽が高く上がり、冬は低いため、夏の日差しは中に入りづらく、冬はたっぷりと入ってくる。夏は涼しく冬は暖かい。窓が大きいため日中は電灯を一切使わない。

 壁の厚さは30センチと厚く、間に建築廃材などを用いた保温材が入っている。この壁は日中に吸収した熱を夜にゆっくりと放出する熱貯蔵庫の役割を担っている。

 校舎にはセメントはほとんど使われず、この地の土からできている。建材も地元の物が使われている。

 川沿いに4つのソーラーパネルが建てられ、その発電によって電化製品や電灯、パソコンなどのオフィス機器の電気がすべてまかなわれている。

 食事も太陽エネルギーでつくる。キッチンには巨大ソーラークッカーがある。大きな放物面反射鏡は一般的な鏡で作られ、太陽光線を鍋の下にある二次反射鏡に集中させる。 この設計によって、大きなガスバーナーと同じくらいの熱が使える。

 体を洗うお湯を造るのも太陽だ。入浴には太陽光温水器を使う。

気候変動でも水が得られる氷河の塔

 ラダックには1万1000ヘクタールの耕地があるが、農家は雪や氷河が融解した水に生活のほとんどを依存しており、気候変動の影響を大きく受ける。

 1950年代まで、ラダックの冬は雪に覆われていた。全土に1メートル程度の雪が積もり、子供たちは凍った氷の上で何ヶ月もスケートをしていた。降り積もった雪は夏場の水となり、人々の生活を潤した。しかしながら、今日のラダックではほとんど雪が降らない。たまに降っても2、3日ほどで溶けてしまう。

 この対策としてワンチュクさんがセクモルの学生とともに考えたのが、人口氷河の塔だった。

 冬の氷をどうしたら夏まで持たせられるか。

 なぜ氷は溶けるのかといえば太陽光を受けるからだ。このとき重要なのは表面積だ。太陽光パネルのように平らに広く並べたら太陽光をたくさん受けてしまう。では太陽光を受けにくい形はどのようなものだろうか。

 同体積で表面積を最小にするなら球体がいい。しかし、氷河の塔の場合は現実的ではない。

 ワンチュクさんは、氷河の雪解け水をチベット仏教のストゥーパ(舎利塔)に似た円錐状の塔にすることを考えた。

氷河の塔の高さは30メートルほど。塔の恩恵は8月下旬まで続く(写真提供 SECMOL)
氷河の塔の高さは30メートルほど。塔の恩恵は8月下旬まで続く(写真提供 SECMOL)

 冬の時期に、足場をくみ、垂直にパイプを立てる。そこから霧状の水を撒き、冷たい空気に触れさせることで大きな氷の塊をつくる。氷の塔は平らな氷河よりゆっくり解ける。ゆっくり解けながら作物の成長に必要な水を供給した。

 2015年、試作の塔が造られた。試作の塔は七月初旬まで残り、地元民が植えた5000本の苗木に150万リットルの雪解け水を供給した。その後、数多くの氷の塔がつくられた。

日本にも気候変動に適応し、地方を幸せにする技術を

 セクモルで生徒が学ぶのは1年間だが、多くのことを学ぶ。

 自らのルーツ、この地の歴史や文化の素晴らしさを学ぶことで、自分のアイデンティティを肯定できる。

 環境のことを学び、持続可能な暮らしを実践する技術を身につける。

 この間、多くの外国人との交流もある。世界中から多くの人がセクモルの見学や短期体験に訪れる。セクモルで学ぶ学生は、そのたびに英語で外国人と交流して意見交換をする。学生たちはラダック文化やセクモルのプロジェクトについて話し、外国人は自国の文化や技術について話す。だからセクモルでの暮らしは決して閉鎖的ではならない。

 数々の経験を胸に、彼らはラダックの各地へ散らばっていく。

新しく作られているオルタナティブ大学(著者撮影)
新しく作られているオルタナティブ大学(著者撮影)

 ワンチュクさんは「教育は問題を解決し世界を幸せにする。学校は若者が問題解決を実践し、人生を変える経験をする場所にすることが大切だ」と語っている。

 日本でも気候変動に直面し、環境教育が必要だとされる。

 また、地方が疲弊し、電気や上下水道などのインフラが老朽化するなかで、人口減少地域では、自然エネルギーを活用し、小規模分散型の自立的なインフラをつくることも求められている。小規模分散型の自立的なインフラは、豪雨災害などにあっても、レジリエンスが高い。

 食、水、エネルギーの自給率をあげられれば、暮らしの基本は整う。

 地方が取り残されたと嘆くのではなく、自分の足で立つ力をもう一度取り戻す。日本に必要とされる実践的な教育を思うと、セクモルこそ必要である。