サステナブルな浄水装置が「日本水大賞」受賞 アジア、アフリカに貢献する日本発の技術とは

フィジーでEPSのメンテナンスをする中本教授(同氏提供)

評価された「生物浄化法による安全な飲料水の普及」

 6月25日、東京都の日本科学未来館において「第21回日本水大賞」の表彰式が行われた。これは、水循環の健全化に寄与する研究活動を顕彰するものだ。

 日本水大賞委員会名誉総裁の秋篠宮さまが出席され、「多くの人々が水を守り、その大切さを継承し、水に関わる様々な問題について考える活動をしていかれることを願っております」と述べられた。

 このとき「国際貢献賞」を受賞したのが、中本信忠信州大学名誉教授の「生物浄化法による安全な飲料水の普及」である。

 私たちの多くは、自然界にある水をそのまま飲んでいるわけではない。「ろ過」という方法で水の汚れを取り除き、川の水などを安全にしてから飲んでいる。

 中本教授は、19世紀前半にロンドンで完成した浄水技術「緩速ろ過法」の調査研究を重ねてきた。

 産業革命の最中、グラスゴー郊外のペーズリーに繊維工場を営んでいたジョン・ギブという人がいた。毎日大量の繊維を大量の水で洗う必要があったが、近くの川の水は工場排水で汚染され、使用することができなくなっていた。ある時ギブは、汚れた川の水が、川原の小石や砂の層を通過することで、きれいになることを発見した。

 そのしくみを応用してつくられたのが「緩速ろ過法」である。

 「緩速ろ過法」は日本の近代水道でも用いられ、戦前の浄水はほとんどこの方法で行われていたが、国内外で「小石や砂の層による物理的なろ過」と考えられていた。

 英名はSlow Sand Filtration。

 つまり、「砂層にゆっくり水を流すことによって浄水するしくみ」と考えられていた。言ってみれば、小学生が工作でつくるペットボトル浄水器と同じしくみである。

 しかし、それでは細菌などは砂粒と砂粒の間を通過してしまうはず。1892年のドイツのアルトナとハンブルグでコレラが流行したとき、「緩速ろ過方式」で浄水されていた水を飲んでいたアルトナ市民は、ほとんどがコレラに感染せず、そうでなかったハンブルグでは多くの感染者がでた。砂による物理ろ過では「緩速ろ過法」で細菌が除去できる説明がつかない。

 中本教授は、この浄水法のカギは、生物群集の機能にあることに注目した。

「砂の層の表面にすんでいる生物群集の働きによって、水の汚れや雑菌を除去している」のだと。

 

土壌の中で水がきれいになるしくみ(中本教授作成)
土壌の中で水がきれいになるしくみ(中本教授作成)

だから、土壌に浸透する水が、しだいに生物群集の働きできれいになっていくイメージに近い。

「そのことを直接表現することで、ろ過方法についての正しい理解が広まる」と考え、名称を2004年に「生物浄化法(Ecological Purification System」とした。

 記念すべきEPSの誕生である。緩速ろ過の概念を捉え直し、日本発の技術として普及につとめてきた。

開発途上国のSDGs6達成に貢献する技術

 国連の定める持続可能な目標(SDGs)では「安全な水と衛生をすべての人へ」という目標はゴール6に掲げられている。

 中本教授は、開発途上国におけるこの浄水法の普及に情熱を傾けてきた。

 現在、世界人口の10分の1に当たる8億8500人が安全な水を利用できない。安全な水が身近になく、近くを流れる川や湖は汚染されているために、子どもの下痢症などにつながるケースもある。

 開発途上国の経済的に豊かでない集落で安全な水を供給するには、建設費用があまりかからないこと、日常のメンテナンスも簡単であることが重要になる。

 その点、EPSは、現地にある材料で建設できるし、薬品や電気を使用しないため維持管理コストは安い。

 以前は、急な増水などで水が濁ったら対応できなくなると懸念されたが、前処理施設を数段つくり、そこで濁度の高い水をある程度きれいにし、その後、生物浄化槽に通せば安全な水ができるとわかっている。

EPSの概念図(中本教授監修)
EPSの概念図(中本教授監修)

 中本教授は、技術解説本を出版し、開発途上国からの水道技術研修生に指導したり、JICAの専門家としてフィジーやサモアでEPSを普及させてきた。サモアの農村部の集落では農業用水を浄水し、安全な水を供給している。

EPSのしくみをモデルを使って説明する中本教授(著者撮影)
EPSのしくみをモデルを使って説明する中本教授(著者撮影)

 また、この技術を応用し、開発途上国の水問題解決へ寄与しようという企業もある。

 その1つがヤマハ発動機で、「ヤマハクリーンウォーターシステム」としてパッケージ化し、現在13か国に36機の浄水装置を設置している。濁度の高いセネガル川の水をWHO飲料水基準ガイドラインをクリアする水に浄化。全長6m×8mの敷地に設置できるコンパクトな装置は、1日8000リットル(約800~1200人分)の安全な水を生み出している。かつて「緩速ろ過には面積が必要」と言われた常識を覆してみせた。

「ヤマハクリーンウォーターシステム」の概要図([https://global.yamaha-motor.com/jp/news/2018/0216/cleanwater.html  ヤマハ発動機プレスリリース]より)
「ヤマハクリーンウォーターシステム」の概要図([https://global.yamaha-motor.com/jp/news/2018/0216/cleanwater.html ヤマハ発動機プレスリリース]より)

 浄水装置の設置された集落は生活の質が向上する。

 SDGsで水といえば目標6だが、「貧困をなくす」(目標1)には水が必要だし、食糧(目標2)も健康(目標3)も水がベースになる。浄水装置ができたことで子供たちの教育の質向上(目標4)にも貢献できた。

人口減少地域の水道の救世主となるか

 この技術は、国内でも見直されつつある。人口減少とともに水道の維持費削減を迫られる日本でも、本格導入を試みる自治体が出てきた。コストがかからず、維持管理が容易な点が注目されるようになったのである。

 岩手県盛岡市では、施設更新に際し、緩速ろ過、急速ろ過、膜ろ過のコストを初期投資、ランニングコストの両面から試算した。

 盛岡市の地域環境の特性を考えると、緩速ろ過が最もコストが抑えられるとわかった。

 緩速ろ過のコストの大部分は、ろ過池の建設やろ過砂利など初期投資にかかる。盛岡市の浄水施設は市街地にはなく、山あいの土地を比較的安価に取得できるし、初期費用はかかっても耐用年数が長いので割安になる。

 同市の米内浄水場(1934年創設)は80年を超えてなお、現役で稼働している。

盛岡市内の米内浄水場(著者撮影)
盛岡市内の米内浄水場(著者撮影)

 維持管理の費用は、電気代はわずかで薬品は不要。ろ過池の砂を一定期間でかき取るのための人件費が高いとされていたが、最長4カ月程度はかき取りしなくても正常にろ過できるとわかってきた。

 さまざまな要素を100年スパンで比較した場合、緩速ろ過は急速ろ過の2分の1にコストが抑えられるとわかってきた。

 岡山県津山市には水道の未普及地域が約200戸あった。市街地からは地理的に遠く、これまでは清浄で豊富な沢水を住民が簡易処理して使用してきた。

 しかし近年、安定して水が得られないという課題が出てきた。たとえば雨の降り方が変わって水が濁りやすくなった、野生動物の糞尿などが原因で水質が悪くなった、山が荒れ、保水力が低下し水の量が不安定になった、など。

 こうした課題を津山市の水道事業として解決するのは財政的に厳しく、住民による小規模水道が動き出した。維持管理を地元組合が行うため、できるだけ構造が単純で管理の手間が少ないもの、できるだけ薬品類を必要としない施設である点が考慮され、「粗ろ過」と「緩速ろ過」を組み合わせた装置が採用された。

 今後こうした小規模集落は増えていくのではないか。

 中本教授は、長野県上田市にある染屋浄水場を足場に30年余り、研究を続けてきた。「緩速ろ過は砂や砂利による物理ろ過ではない。藻や砂についている微小生物が、汚れや細菌を食べて、おいしい安全な水をつくる」という信念は変わらない。

 持続可能な技術として海外で注目されていたものが、国内で評価された。