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水道民営化 賛成する自治体、反対する自治体

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
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改正水道法の成立

 2018年12月6日、第197臨時国会の衆院本会議において、与党などの賛成多数で改正水道法が成立した。公共施設の運営権を民間企業に一定期間売却する「コンセッション方式」の導入を自治体の水道事業でも促進する。

 高度成長期から整備が広がってきた水道管。2016年度時点で全国の約15%が耐用年数の40年を過ぎ、漏水なども多発している。耐震強度が不足した施設も多い。

 そうした老朽施設の取り換えや耐震化の費用が膨らみ、自治体の事業経営を圧迫している。人口減少で水道使用量も減り続け、採算が取れる料金収入を確保できない地域も急速に増えている。

 そうした中、政府が打ち出したのが「コンセッション方式による官民連携」だった。

 コンセッション方式は、行政が公共施設などの資産を保有したまま、民間企業に運営権を売却・委託する民営化手法の1つ。すでに関西空港、大阪空港、仙台空港、浜松市の下水道事業などがこの方式で運営されている。

 その方式が水道事業にも持ち込まれ、実質的な民営化へ門戸を広げることになる。

 しかしながら、海外で民営化した都市では料金の高騰や水質悪化が相次ぎ、オランダの民間団体の調査では、2000~16年の間に少なくとも世界33カ国の267都市で、水道事業が再び公営化されている。

 政府は「コンセッションは選択肢の1つ。海外のような失敗を防ぐため、公の関与を強めた」と強調するが、野党は「生命に直結する水道をビジネスにするべきではない」と批判。厚生労働省が海外の再公営化の動きを3件しか調べなかったことや、施設の維持管理や災害復旧時の自治体と企業の役割分担に関し、野党は「検証や検討が不十分」と問題点を指摘した。

 政府は国による事業者への立ち入り検査などで監視を強めるとするが、そもそも企業との契約交渉、条例策定などは自治体に任せることになる。

具体的に動き出す宮城県

 今後、議論の舞台は自治体へと移る。

 厚労省によると、浜松市、宮城県、同県村田町、静岡県伊豆の国市が上水道での導入に向けて調査などを実施し、大阪市や奈良市も導入を検討している。

 宮城県はコンセッション方式を基本とした「みやぎ型管理運営方式」を加速させる。「みやぎ型」とは、上水、工業用水、下水の計9事業の運営権を一括して民間企業に売却するコンセッション方式で、2019年秋の県議会に具体的な実施方針を定めた条例案を提出する。2020年秋には事業者を決め、2021年度中に事業をスタートする予定だ。

 宮城県は以前からコンセッション方式に積極的で、国に水道法改正を要望した唯一の県だ。臨時国会では村井嘉浩知事が参院厚生労働委員会に参考人として意見陳述し理解を求めた。

 宮城県では、人口減少が進んで水需要が減り、水道事業の年間収益は20年後に10億円減る。その一方で、水道管などの更新費用は計1960億円かかる。水道料金の値上げは避けられないという。

 だが、コンセッション方式なら、新技術の活用や薬剤などの資材調達費が節減でき、料金の値上げ幅を抑えられると考えている。

 遡ること2017年2月9日、宮城県庁でコンセッション方式を検討する会合が開かれた。内閣府、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、大手商社、金融機関などの担当者約90人が出席した。

 ここではコンセッション方式に前向きな声が上がった。

 コンセッション方式の伝道師と言われた内閣府福田隆之大臣補佐官(当時)は「全国の先駆けとなる」「行政では見えぬノウハウ、付加価値が民間なら見えるものがある」と強調した。

 参加企業からは「安定的収入が見込め、今後伸びる分野と考える。公共サービスを担うことは、企業の社会的価値を高めることにもつながる。チャレンジしたい」という声があった。

 なかには、さらなる民営化を求める声もあった。

「料金を官が決めるままならば効果を見い出しにくい」と企業に料金設定を求める意見や、「将来的には市町村が担う家庭への給水も民営化すべきだ。蛇口までの一体的な運営が最適」「県の関与を残さない完全民営化をすべき」という声もあった。

 しかし、現在では県内に懸念の声もある。

 知事を支える宮城県議会の自民党会派は改正水道法成立後に勉強会を開き、県に対し、「外資は経営方針が変わる危険性がある」「宮城県だけが先行している印象」「雇用は守られるのか」などと心配した。

 上水供給の約25%を県から受けている仙台市の郡和子市長は、村井知事が「水道料金の値上がりを抑えられる」と強調している点に触れ「どうしてそうなるのか詳細を教えて頂きたい」と数字の根拠を求めている。

再燃する大阪市

 大阪市の吉村洋文市長はコンセッション方式について「自治体の選択肢が広がる」と歓迎し、老朽化した水道管の管理や更新に利用したいとする意向を示した。

 市内の配水管のうち、法定耐用年数の40年を超過した約1800キロの配水管について、15年のスパンで民間事業者に管理・更新工事にあたってもらう案があるという。

 大阪市では橋下徹元市長時代に、いち早く水道民営化を計画したが、市議会の反対に遭うなどして改正条例案提出を断念した経緯がある。

 水道法改正を機会に、議論が再燃する可能性は高い。

「勉強をはじめる」名古屋市

 名古屋市の河村たかし市長は10日の定例記者会見で、「民営化をすぐするとは言いませんけど、それに向けて勉強することは重要」と述べた。

 河村市長は、市長就任直後から上下水道と交通局の民営化を検討するよう職員に指示していたと説明し、「民営化の良いところは価格競争をするところ」「もっと(料金を)下げられるんじゃないかと追求すべきだ」と述べた。また、今回の法改正について事務方が用意した想定問答では「現時点でコンセッション方式の導入は考えていない」と書いてあったが、その通りに発言しなかったことも明かした。

コンセッションを行わない意思表明

 反対に、コンセッションは行わないとする自治体もある。

 国会での改正水道法審議に際し、福井県議会は「水道法改正案の慎重審議を求める意見書」、新潟県議会は「水道民営化を推し進める水道法改正案に反対する意見書」を提出している。

 後者は10月12日、自民党を含む超党派が賛成(公明党は反対)。「必ずしも老朽管の更新や耐震化対策を推進する方策とならず、水道法の目的である公共の福祉を脅かす事態となりかねない」などとしている。

 神戸市の久元喜造市長は、改正法成立後に、同方式を採用しない方針を示した。「優秀な職員が事業を支え、経験やノウハウが継承されてきた。必要な部分は民間委託をするが、基本的には現在の方式を維持することが大切」と述べた。

 青森市の小野寺晃彦市長は「コンセッション方式の導入は考えていない。市の水道は今でも検針などを民間に委託している。官民連携は大きな方向として大事なこと。当面、現状の形でより良い水道事業にするよう努力していく」と述べた。

 秋田市の穂積志市長は、民営化で料金が高騰した海外の例を挙げ、官民連携の必要性は説きながらも「水道事業の根幹に関わる部分については自前でやる」との方針を示している。

 長野県議会は12月7日の本会議で、「水道事業への民間企業の参入を進めるに当たり、慎重に対応するよう強く要請する」との文言を盛り込んだ政府への意見書案を、自民党県議団を含む全会一致で可決。県議会事務局を通じて安倍晋三首相や衆参両院議長ら宛てに提出する。

 この意見書では「外国では民営化で利益を優先した結果、水道料金の高騰や水質の劣化といった問題が生じ、再公営化される事例が増加している」と指摘。「水道は国民の命や生活を守る最も重要なインフラ」とも強調し、自治体が水道事業を維持できるように十分な財源の手当などを求めた。

 自治体の水道経営が厳しいのは事実だが、水は自治の基本。

 もともとコンセッション方式推進は、第1次アベノミクスの「第3の矢」として登場した。旗振り役である竹中平蔵東洋大学教授は、「水道事業のコンセッションを実現できれば、企業の成長戦略と資産市場の活性化の双方に大きく貢献する」などと発言してきた。政府は水道事業に関して6自治体でのコンセッション導入を目指したが(14〜16年度)、事業認可を返上する必要があったこともあり、成立した自治体はゼロだった。

 そこで水道法改正案にコンセッション方式を明記し、前国会(第196回国会)で成立した改正PFI法では、地方公共団体が水道事業をコンセッション方式にした場合、「過去に借りた高金利の公的資金を、補償金なしに繰上償還できる」という特典をつけて優先的に検討することを推奨した。

 国で作った法律の枠組みはあっても、実際の運用は自治体の判断に委ねられることは沢山ある。

 今後は市民にも自治体の現状や将来ビジョンを共有し、各自治体で前向きな議論が必要になる。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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