ローカルから世界へ、ドキュメンタリー制作を支援する全国初の試み

雪が降る札幌市内で新事業のキッフオフイベントが開催された。

理想のまちづくり計画の実現に、海外と組んだドキュメンタリー番組が必要とされている。そんな全国でも他に事例のない事業プログラムが札幌で立ち上がった。ローカルから世界へ。どのような制作支援が行われるのか。

ドキュメンタリーで札幌の魅力を海外発信する

札幌市はドキュメンタリー番組を使って、札幌の魅力を海外発信する新たな国際共同制作支援事業(SAPPORO INTERNATIONAL DOCUMENTARY CO-PRODUCTION PROGRAM、略称以下IDC)をこのほどスタートさせた。私はこの事業のファシリテーターを務める。事業背景や狙いを知る立場から今回、これについて伝えたい。

IDCのキックオフイベントが先週、12月12日(月)に市内で開催されたところだ。会場には関係者約80人が集まった。出席した札幌市経済観光局の知野学 国際経済戦略室長は「映像産業は今、海外に向けて新たな市場を開拓し、より多くの外需を取り込んでいくことが必要と考えています。また映像産業以外の分野において、映像活用が進み、それにより映像制作需要が増大します。そのような好循環を生み出していくことがプラスになると認識しています。そこで今年度から新たな事業を始めることにしました」となどと挨拶し、事業の狙いを説明した。

IDCのキックオフイベントが12月12日に札幌プリンスホテル国際館パミールで開催された。
IDCのキックオフイベントが12月12日に札幌プリンスホテル国際館パミールで開催された。

IDCは札幌市の長期総合計画「札幌市まちづくり戦略ビジョン」に沿って、産業振興を目的に今年6月に新たに策定されたものだ。400万円の予算がついている。

札幌市がコンテンツ施策に力を入れたのは、今から4年前、日本で初めてコンテンツ特区 (平成24年度~平成27年度)に認定されたことがきっかけだった。いわゆるクールジャパン施策である。当時、中国映画「非誠勿擾」(邦題「狙った恋の落とし方。」)の影響で、道内への中国人観光客が映画公開前に比べてほぼ 2 倍になる事例があり、ロケ地の誘致をはじめ、インバウンドを目的としたコンテンツの海外輸出を支援する措置がとられ、進められた。

これに続くアクションプランとしてIDCは位置づけられている。国際ドキュメンタリーの共同制作を支援することで、札幌の魅力を海外発信し、海外市場で戦える番組を作り出せる映像制作者を育て、映像産業の基盤整備を行うというのだ。全国で初めて自治体が取り組む事業になる。

Netflixと組む国際共同制作ドキュメンタリー

日本のドキュメンタリーが海外で売れた規模は約3億円程度にとどまる(総務省情報通信政策研究所「放送コンテンツの海外展開に関する現状分析(2014年度)」をもとに作成された数字)」と、キックオフイベントで基調講演を行ったメディア開発綜研の主席研究員浅利光昭氏が提示した。

ドキュメンタリーはエンターテイメント性の高いドラマやバラエティに比べると、決して売れ筋のコンテンツではないことがこの数字からもみてとれるが、

2016年から2022年の間、世界主要国のドキュメンタリー番組市場は年間平均2.7%増で成長する(P&S Market Research社による予測値)」と浅利氏は続けた。

成長する理由のひとつにNetflixやAmazonプライムなどの新興勢力の動画ストリーミングサービスによる影響が大きい。ドキュメンタリー番組の多くはこれまでタイムテーブルに制限がある各国の公共放送局で放送され、専門チャンネルにおける放送も狭き門であった。そんな流れを変えたのが動画ストリーミングサービスだった。コンテンツのバリエーションを増やすために、ドキュメンタリーにも目を向けている。前回レポートしたTokyoDocsでは今年はじめてNetflixが参加し、ほかにもHuluや海外からも元BBCのトッププロデューサーが今年立ち上げたSVODサービスなどが参戦した。流れが変わっていることを肌で感じる場面は多い。

Tokyo DocsにNetflixが初参加した。
Tokyo DocsにNetflixが初参加した。

では、なぜわざわざ海外の事業者と組む必要があるのか。現地ルートがあるパートナーの国で放送される確率が上がり、制作費を互いに持ち合うことで費用の負担を分担できることがよく言われているメリットだ。国内制作よりも多面的な視点が加えられ、世界市場に届けやすいという利点もある。例えば、NHKスペシャル枠で12月12日から4夜連続で放送された『東京裁判~人は戦争を裁けるか~』は形式こそドラマであるが、これはNHKがこれまで国際共同ドキュメンタリーを制作してきたノウハウから実現したものだ。カナダ、オランダの制作プロダクションと組み制作された。国内外で大きく報じられた通り、Netflixも座組に加わった。「NHKとは直接契約を結んでいないが、カナダの制作プロダクションから番組配信権を得て、世界配信することになった」とNetflix側は説明する。世界のコンテンツ流通の現場では「いかにリクープできるか」という事業性も重視される点だ。番組の出口が放送でも、配信でも可能なオールライツが主流であることからも、世界配信最大手のNetflixとの成立案件は確実に増えている。IDCはこうした流れに乗ろうというものである。

ポストLOVE北海道、地方在住の制作者に新たなチャンス

しかし、NHKを除くと、日本のテレビ局や制作会社が海外と組んだドキュメンタリー制作に積極的かどうかと言うと、そうでもない。自力で外需を取り込むという流れは起きていない。こうしたなかで立ち上がったこともあり、IDCのキックオフイベントは「今しかない!ドキュメンタリーの国際共同制作からはじめること」がテーマだった。「今しかない!」と煽った言葉の裏には日本の遅れを表し、地方在住の制作者にも十分チャンスがあること、北海道テレビの『LOVE HOKKAIDO』など既に海外展開で実績を作る北海道のテレビ局には新たな展開に投資するタイミングであることを投げかけるものだった。

ディスカッションパートでは、MXテレビ編成局国際部長城田信義氏、WOWOW国際共同制作担当EP内野敦史氏、テレビ制作会社パオネットワーク所属のプロデューサー川畑耕平氏が並び、民間が海外展開できるドキュメンタリーの三者三様のかたちを話してもらった。

例えば、MXはEコマースを核に資金調達の悩みをはじめに解決させ、採算性のあるビジネスモデルを作るなかで映像の海外展開を実現させている。またWOWOWは2014年からこれまで10本の国際共同制作ドキュメンタリーを成立させ、世界流通を見据えた企画を模索していることがわかった。パオネットワーク川畑氏は「良質な作品には日本だろうが、海外だろうが必ず道がある」という信念を持って、独自のドキュメンタリー企画「刺青 TATOO」の制作・放送実現に奮闘する話などが披露された。

ワークショップに参加した札幌在住のドキュメンタリー制作者。
ワークショップに参加した札幌在住のドキュメンタリー制作者。

これはテーマも資金調達のやり方もいろいろなかたちがあることを認識する場面でもあった。どのような企画が求められ、流通できるのか。それを具体的に指南するワークショップも開かれた。キックオフイベント翌日の12月13日(火)に地元放送局や制作会社、独立系の映像制作者など10名が参加した。

「可能性を海外にも目を向け、ノウハウを身につけたい」という声は確かに聞かれた。1月、2月にもワークショップが開かれ、最終的には3月に香港で開催されるマーケットFILMARTでピッチング(企画プレゼンテーション)を実践し、成立に向けてサポートする体制が取られている。

ワークショップの講師を務めた香港PCCWメディアのクリエイティブマネジャー、サイモン・ライさんは「プロデューサーの視点からマーケットの変化をみること、それから資金を調達し、質の高い作品を制作することがポイントです」と話していた。これは当たり前のことなのだが、日本の常識で長年進められてきた番組制作現場の意識を変えるためには必要な助言だった。札幌市はお土産が売れる番組企画だけでなく、ローカルの制作者だからこそ制作できる企画によって、世界に流通する番組を作り出し、それによって地域が得る新たな効果を期待している。今回、国際共同ドキュメンタリー制作を成立するために必要なトレーラー映像に対する助成金制度も作られ、支援体制としては手厚い。取り組みは始まったばかりだが、これを無駄にしない結果によって、事業の継続と他の地域にも広がるものになる可能性はある。

1975年生まれ。2003年から放送業界専門誌の放送ジャーナルでテレビ、ラジオ担当記者。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、テレビビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した執筆記事多数。東洋経済オンライン、オリコン、マイナビ、日経クロストレンド、WIRED、講談社ミモレなど。得意分野は番組コンテンツの海外流通ビジネス。仏カンヌの番組見本市MIP取材を約10年続け、日本人ジャーナリストとしてはこの分野におけるオーソリティとして活動。業界で権威あるATP賞テレビグランプリの総務大臣賞審査員や、業界セミナー講師、行政支援プロジェクトのファシリテーターも務める。

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