Yahoo!ニュース

「私は『生産業者』。様々な方法で作り、100人、1000人の人に変化を起こすのが仕事」イ・ラン〈下〉

韓東賢日本映画大学教員(社会学)
2月2日、東京都内で。(写真はすべて撮影=Chihiro Kudo)

南を思い北で作られ、日本で禁じられた歌を、50年のときを経た今、日本語と手話で歌う――

 韓国のSSW、イ・ラン インタビュー〈下〉

 イ・ランの『イムジン河』MV発表に際し、歌の成り立ちや今回のMVを受けとめた1人のファンとしての個人的な思いのような拙い文章を書いたところ、大きな反響があった。その後、来日したイ・ラン本人に直接インタビューすることができたので、上下2回にわけて紹介したい。今回の〈下〉は主に、今回のMVへの反響とアーティストとしての役割に関する話(前回の〈上〉は『イムジン河』との出会いと今回の表現方法に関する話だった)。

 なお、3月には那須、仙台、金沢、東京の4か所をまわる来日ライブツアーが予定されている(文末に情報あり)。

〈上〉からの続き)

■戦争の危険、感じない

 私はひとりの「生産業者」として、依頼を受けて作るべき作品が『イムジン河』で、それをよりよく生産しなくてはならないから一生懸命に作っただけ。でも日本の友人は、平昌オリンピックを前にした南北対話に日本政府が不快感を示しているようなそんなタイミングで、韓国から『イムジン河』という歌が出てきたことが、日本社会にとって大きなインパクトがあったようだと話してくれた。

 彼は、イ・ランがそれを自覚していないのが面白い、やっぱりこういう人、動物的な感覚でやっている人たちが世の中を変えるんだろうと言っていたけど。

 日本の人たちが北朝鮮のミサイルにおびえている様子は知っているけど、正直よくわからない。韓国で韓国人として生きていると、ひとつも怖くないし、戦争の危険があるなんて誰も思っていない。

 ただ、韓国の戦争に対する感覚は、日本の地震に対する感覚に近いのかもしれないとは思う。だから、冗談と言っていいかどうかわからないけど、もし戦争や大災害が起きたら電話やネットが使えなくなるから、歩いて友だちの家に行けるように場所だけは把握している、とか、そういう感覚はある。ただ、毎日怖がるとか、北朝鮮で今日何が起きているのかを気にするとか、そういうのはない。

画像

 少なくとも私のまわりの人たちは、北朝鮮という存在を怖がったりしないし、接近することが危険だという感覚はない。だから数年前、知人がなかば冗談でネットに金正日云々と書いて国家保安法違反で捕まったとき、本当にびっくりしてショックだったけど、同時に爆笑するしかなかった。あまりにも荒唐無稽でバカバカしくて。

■人は人、政府は政府

 もちろん、私が韓国の若者を代表することはできないけど、私個人の感覚としては、今回のオリンピックと関連した南北交流について、反感はない。普通にいいことだと思う。ただ個人的に、オリンピックそのものは大嫌いというか、笑っちゃうけど。

 神様の気持ちになって天上から人間界を見下ろしてみると、スポーツってちょっと滑稽でしょ。あと4年に1回のオリンピックのために自然が破壊されたり色んな犠牲があることを思うと、いったい何だろうと思ったりはする。もちろん、身体で表現する美や、限界に挑戦する人々に対する尊敬はあるけど。

 とはいえ、世界中の人々が集まって4年に1回やろうっていうのがオリンピックで、そこに国家を代表する選手たちが出るのならば、南北が一緒に出るのは単純にとてもいいこと。なぜなら、小さいころから感覚的に、私たちはもともとひとつの国だったという事実をあまりにもよく知っているから。

 私のイメージする北朝鮮は政府のことではないし、私のような人、1人1人の個人が生活している場所。また本来、その人たちと自由にコミュニケーションできたかもしれないひとつの民族だったということは、知っているから。

 浮かぶイメージはそういうものだし、私が北朝鮮の住民だったらどんな生活をするだろうかとか、脱北者の話なんかを聞くと大変そうだと思うし、もし北朝鮮で生まれて言いたいことも言えなかったら精神的にもしんどいだろう、怖いだろうとは思うけど、その人たちに対する感情は怖いとかそういうものではまったくない。むしろ、もっと知りたいといった、そういうもの。

画像

 人は人で、政府は政府。北朝鮮の政策、韓国の政策、アメリカの政策、日本の政策……、どれだって、すべて正しいなんていうことはない。完全なものは世界にひとつもない。共産主義だと言論の自由がないとか、そういうのはあるだろうけど、どこもすべて自由だとは思っていない。

 私が日本に来るのも、日本の政治家に会うためではないから。日本の友だちに会いに来るし、つまり私と似たような人がここにもいるから。北朝鮮にもきっとそんな人はいるんだろうと思う。

 そうそう、『イムジン河』をオリンピックの開会式で歌えとまわりの友だちが言う。他の歌手ではなく、イ・ランこそが『イムジン河』を歌い、南北がともに涙を流して感動する場だろうと。想像するだけで面白すぎて笑ってしまうけど、もし本当に依頼が来たら歌ってみたいかな……。

 朴槿恵退陣要求デモのとき、他の歌手のライブを見ながら、私も「韓国で生まれ暮らすことにどんな意味があるとお考えですか」という歌詞で始まる『神様ごっこ』を歌って若い人たちとひとつになりたいのに……、と思っていた。私にもそういう欲望はある。そういう意味では、南北一緒のオリンピックの場での『イムジン河』は、歌ってみたかったかもしれない。

『神様ごっこ』

■色々な方法で伝える

 私は当初、あくまでも言語的な感覚重視でこの作品を作ろうと思ったのだけど、日韓の反応の違いが面白かった。韓国では「韓国の歌のようなのに日本語で歌って手話まで……。でもなんだかとてもいい歌」といったような反応。日本では「韓国の若い歌手がこの歌を知っているなんて、今この歌をまた歌うなんて……」といったような反応。

 ちなみに手話の先生は、MVで手話があまり見えなくて残念という反応だったけど、私が説明した。これは、わざとそうしているのだから成功なんだ、みんながこれは何だろうと思うことが大事で、クリアに見えていたら面白くなかっただろうって。

 私は、伝えるためにどのような方法を取るかということをつねに考え、頭を悩ませている。わかりやすく伝えて簡単に共感してもらえるような方法もあれば、少し戸惑いやよそよそしさがあるような感じに作って、なぜそうなのかを考えさせるようにする方法もある。また問いかけるような方法で作るときもあるし、気楽な感じだったり、逆にあえて少し攻撃的な方法を取る場合もある。

 私が生産した何かを見たり聞いたりした場合に、その前と後で、必ず何らかの変化があってほしいと思っている。それがもし癒しだったとしたら、そこには心の変化がある。

 もし戸惑いだったとしたら、それについて、たとえば『イムジン河』に触れた日本人だったら、自分が若いころ、運動していた時代を思い出し、なぜ韓国人の私が今この曲を歌うのだろうかと考えながら、それについて誰かと話すとか。

 たとえば在日コリアンだったら、自分が昔、学校や集まりで歌っていた歌を思い出しながら、その意味を改めて考えてみるとか。つまり、私がそんな役割を果たすことになるわけで、それが私の仕事だと思う。

画像

 今回のMVも、ただ私がやりたいからやっているだけで……。お金もかかるし、いざ臨津江に行って撮影してみるとあまりにも大変で、雨と雪のなか寒くて凍え死にそうだった。最後のカットを撮り終えて重い荷物を持って雪道を歩いて帰りながら、「他のアーティストたちも私のように誰も頼んでもいないことをあえてやって、こうして苦労しているんだろうか」と思ったりもした。

 私はいつもこうだ。誰かがやらせたわけでもないのにわざわざこんな風にして作って……。みんなに見てもらいから。だからMVが好評で、とてもうれしい。

 日本でライブをすると、在日コリアンがたくさん来る。韓国では、若者の生きづらさや感じ方を代弁するアーティストだと思われていて、その位置づけと役割はわかるのだけど、日本で歌ったら来てくれる在日コリアンにとって、私の存在はどういうものなのだろうかといつも不思議に思っている。韓国ではセクシュアル・マイノリティのファンも多い。

『私はなんで知っているのですか/笑え、ユーモアに』

■ファンは助けてくれる存在

 私は100人や1000人に理解されながら仕事をしたい。国や大企業のような大きなシステムに妥協すれば数千数万人の人が見てくれる人になれるかもしれないけど、自分が自分でなくなってしまうような気がする。そうなりたくはない。

 私が私らしく物が言えて、小さな空間でそこにいる人たちに共感されるのなら、その人たちは私が生きていけるように助けてくれる人たちなのだと感じる。でも大きなシステムは、私が生きていけるように助けてはくれない。もし、私がオリンピックの開会式で1回歌ったらたぶんそれで終わり。使い捨てにされるだろう。

 でも100人、1000人の観客だったら、その人たちがまた来てくれて、私は次も歌うことができるし、私を助けてくれる。だからその人たちが次のライブにもまた来てくれるような、来たいと思うようなものを作っていかなくてはと思っている。たぶん、私はそういう風にしか生きられない。

画像

 私は東京ドームで公演するわけじゃないから、終わったら会場のまわりでタバコを吸っていたりして、ファンとも普通に話す。ファンは「イ・ランさんがいてくれて力になる」とか「イ・ランさんがこれからも死なずに生きていてくれたらいい」とか、そんなことを言ってくれる。それはときに重荷にもなるけど、とてもありがたいし、この人たちが私を助けてくれる人なんだと信じている。

 その人たちの趣味が変わって、来なくなることもあるだろうけど、私に夢があるとすれば、ずっと作品を作り続けて、メンバーが変わっても、ずっとそのくらいの100人、1000人の人たちが私を信じて助けてくれるのだとしたら、それが成功だと思っている。

■不思議な力のある歌

 『イムジン河』には不思議な力がある。家で歌ったり練習したり準備しながらいつも頭の中をぐるぐる回っていたので、年末にソウルで単独ライブしたとき、まだMVの発表前だったけどバンドのメンバーに提案してリハーサルで即興的にやってみたら、みんな大喜びだった。

 私たちにとってなじみのないメロディの抑揚が、やっぱり面白かった。私たちが普段やっているバンドの音楽はもっとフラットだけど、押したり引いたりするようなそんな感じがあるから。

『イムジン河』

 リハで数回やってみて、単独ライブの2日目からアンコールのときに披露し始めた。これを見ていたライブ会場のオーナーやエンジニアたちもみんな面白がって喜んだ。

 韓国の人たちは誰もこの歌のことを知らなかったけど、初めて聞いて、そのなじみのない感じが新鮮で、みんなハマる。エンジニアも最初のリハ後、帰宅してから『イムジン河』を検索して聞きまくったらしい。そしてみんな、私の自作曲より『イムジン河』がいいって言う(笑)。

 ライブでは朝鮮語と日本語を混ぜて、手話も重ねて披露したから、手話は練習中だったから間違えたりもしたけど、私もとても面白かったし楽しかった。2時間のライブの最後のアンコールで歌うんだけど、私も含めてみんな早くやりたがる。それまでの1時間55分がじれったくて待ち遠しいくらい。なんだかそんな力を持った歌。

 今も毎日家で歌っていて、友人たちも日本語詞はわからないけどメロディがいいといって一緒に歌っている。「イムジンガワ、ミズタララ〜♪」みたいな感じで。

 ライブでは1番と2番は日本語で、3番は朝鮮語で、4番はチェロの演奏に合わせて手話で歌っている。だから、MVもいいけどライブで聞く『イムジン河』が一番いいと思う。

(2018年2月2日、東京都内某所で)

画像

 イ・ラン  1986年ソウル生まれ。16歳で家出・独立後、イラストレーター、漫画家として仕事を始める。その後、大学に入って映画の演出を専攻し、在学中に趣味で音楽を作り始め、結局、映画と音楽、そして絵を描くことをすべて仕事にしている。

 短編映画『変わらなくてはいけない』『ゆとり』、コミック『イ・ラン4コマ漫画』『私が30代になった』、エッセイ『いったい何をしようという人間かと』、アルバム『ヨンヨンスン』『神様ごっこ』を発表(2016年9月、スウィート・ドリームス・プレスより日本盤リリース)。

 『神様ごっこ』で、2017年の第14回韓国大衆音楽賞最優秀フォーク楽曲賞を受賞(大きな話題を呼んだ授賞式でのパフォーマンスとその後の顛末については『早稲田文学増刊 女性号』に本人が寄稿している)。

■Lang Lee Japan Tour 2018

ライブ+映像作品上映

3月17日(土)栃木・那須塩原 SHOZO 音楽室

出演:イ・ラン+イ・ヘジ

開場 6:00pm/開演 7:30pm

ライブ+トークショー

3月18日(日)仙台 TRUNK | CREATIVE OFFICE SHARING

出演:イ・ラン+イ・ヘジ、yumbo、長内綾子(Survivart|トーク聞き手)

開場 4:30pm/開演 5:00pm/終演8:30pm

イ・ラン映像作品上映会・トークショー

3月21日(水・祝)金沢 オヨヨ書林せせらぎ通り店

トーク:イ・ラン

開場 2:00pm/開演 2:30pm

3月21日(水・祝)金沢 shirasagi/白鷺美術

出演:イ・ラン+イ・ヘジ

開場 7:00pm/開演 8:00pm

3月23日(金)東京・武蔵小山 ひらつかホール

出演:イ・ラン(5人編成フルバンド・セット)

開場 6:00pm/開演 7:00pm

企画・制作:スウィート・ドリームス・プレス

招聘:OURWORKS合同会社

日本映画大学教員(社会学)

ハン・トンヒョン 1968年東京生まれ。専門はネイションとエスニシティ、マイノリティ・マジョリティの関係やアイデンティティ、差別の問題など。主なフィールドは在日コリアンのことを中心に日本の多文化状況。韓国エンタメにも関心。著書に『チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィ)』(双風舎,2006.電子版はPitch Communications,2015)、共著に『ポリティカル・コレクトネスからどこへ』(2022,有斐閣)、『韓国映画・ドラマ──わたしたちのおしゃべりの記録 2014~2020』(2021,駒草出版)、『平成史【完全版】』(河出書房新社,2019)など。

韓東賢の最近の記事