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渡部香生子「リスタート」

萩原智子シドニー五輪競泳日本代表
100m平泳ぎ決勝を泳ぐ渡部香生子(早稲田大学/JSS立石)(写真:田村翔/アフロスポーツ)

戦いを終えて

ロンドン、リオデジャネイロ五輪日本代表の渡部香生子が、日本選手権での戦いを終えた。3種目に出場し、前回、2つのメダルを獲得した世界水泳への出場は絶たれた。今大会、渡部にとっての最終レース後、インタビューエリアに現れた彼女は、話ながら涙を流した。しかしその表情は、絶望的なものではなく、ホッとしたような穏やかな顔だった。「スッキリしたレースだったと思えるレースができました」としっかりと前を向いていた。

突然のアクシデント

リオデジャネイロ五輪が終わってから、練習環境を変え、新たな気持ちでスタートした矢先、アクシデントが起きた。昨年末、陸上トレーニング中に、右足首を捻挫。全治1カ月と診断された。「とにかく怪我から明けてから残された時間が2ヶ月弱で。自分に出来ることをやろうと思った」前向きにトレーニングを積んできた。しかしスイマーにとって冬場の泳ぎ込みは、1年間をとおして最も重要な時間といえる。冬場の泳ぎ込みの出来によって、翌年の結果が予想できるといっても過言ではない。

渡部本人も、現状を冷静に分析している。苦しいレースの中で「悔しくないと言ったらうそになりますが、悔しいというか、冬場の状態とかみたら、この試合でここまでできたのは満足。怪我をしてもここまでできた」とプラスの収穫もあった。同時に、「世界水泳に出たい反面、代表じゃない年を経験してもいいと思っていた」と複雑な胸の内を明かした。

立ち止まる時間

高校1年生で五輪を経験してから、日本代表として戦い続けてきた渡部も大学3年生となった。常に日本のトップとして走り続けてきた彼女。常に記録や結果が求められるシビアな世界。一度、立ち止まる時間があってもいい。

私も現役時代、1年間休養した経験がある。「今年は世界で戦わなくてもいいんだ」とホッとしたのを覚えている。休養にあてた一年間は、ゆっくり自分自身と向き合い、今、何ができて何ができないのか。とことん向き合うことができた。そして練習も落ち着いてじっくりと積み上げることができ、もう一度、日本のトップへ返り咲くことができた。

再びトップを目指して

渡部は今回、世界水泳に出場することはできなかったが、大学生を中心とした国際大会「ユニバーシアード」に出場できる可能性は残されている。「世界水泳に行きたかった気持ちもありますが、ユニバがあるので、世界水泳の代表選手よりも速く泳ぐのが目標」と結んだ。

「泳ぐことは好きなので。好きなことなので、楽しみながら戦いたいと思います」

苦しい時間の中でも、挑戦をあきらめないことで、再び、泳ぐ楽しさ、レースの楽しさ、チャレンジすることの喜びを知った彼女は、世界の大舞台に必ず帰ってくるだろう。彼女のリスタートの瞬間に立ち会えたことを幸せに思う。

たくさん泣いて。たくさん笑って。彼女は、その度に強くなってきた。

「練習も毎日頑張れば、またトップに戻ってこられると信じています」

大丈夫。香生子には、できる。

シドニー五輪競泳日本代表

1980年山梨県生まれ。元競泳日本代表、2000年シドニー五輪に出場。200m背泳ぎ4位。04年に一度引退するが、09年に復帰を果たす。日本代表に返り咲き、順調な仕上がりを見せていたが、五輪前年の11年4月に子宮内膜症・卵巣のう腫と診断され手術。術後はリハビリに励みレース復帰。ロンドン五輪代表選考会では女子自由形で決勝に残り意地を見せた。現在はテレビ出演や水泳教室、講演活動などの活動を行っている。

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