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水泳を愛する者としての前向きな提言です

萩原智子シドニー五輪競泳日本代表
福岡で開催された世界選手権水泳競技大会(写真:ロイター/アフロ)

 福岡での世界選手権が終わり、一部の競泳日本代表選手からいくつかの意見が出ている。競泳競技において、チームとして決して満足のいく結果が残せなかったからこそ、日本水泳連盟(以下、日水連)や強化現場には、そういったアスリートたちの声に耳を傾けてもらいたい・・・と思っている。

 私は日水連アスリート委員長として、発足当初から今年6月まで約10年間活動してきた。2014年の発足当初、日水連執行部から最初に言われたのは「強化現場には介入しない」「労働組合にはならない」ということだった。他の国内外競技団体のように現役アスリートが委員会に入ることも難しいと言われた。アスリート委員会は現場の選手の意見を連盟内の然るべきセクション、担当者に届ける立場・・・と思い続けてきたからこそ、当時、とても悔しい気持ちになった。しかし、そこで立ち止まるわけにはいかない。水泳の普及活動やジュニアスイマーへの啓蒙活動などを継続し、アスリート委員会としての市民権を確立しながら、日水連と対話するための信頼関係の構築に努めた。

 委員会発足から8年後、2021年東京五輪が終わった後にはアスリート委員が現場のコーチや選手から集めた意見を集約し、日水連の特別強化委員会へ提出。さらに、今年の初めにはアスリート委員会に現役選手がオブザーバーとして参加できるよう、常務理事会へ上申し、承認された。これでなんとか現場の声を執行部へ届けられる・・・と思った直後、ある役員から「選手会になるなよ」と釘を刺されるなど、今なお、不安は拭えない。それでもおよそ10年の歳月をかけて着実に距離は縮まってきているという実感はある。

 アスリート委員会は、発足当初から日水連が思っているような「選手会」になろうとは微塵も思っていない。それどころか、選手たちにとってより良い環境になっていくよう、現場の声を集約し、ポジティブなアイデアを出したいと思ってきた。

 私が現役時代で一番印象に残っているのは、1999年シドニーでのパンパシフィック選手権の試合後に行われたチームミーティングだ。ヘッドコーチ、選手、コーチ、総務、トレーナー・・・チームに関わった関係者が全員出席する中、もっとも驚いたのはヘッドコーチから「今後、チームに必要な要望を出してほしい」と言われたことだった。そして、ある大先輩が「水着を自由に選ばせてほしい」と発言した。当時、競泳日本代表の国際大会では日水連が契約するスポーツメーカーの水着を大会毎に持ち回りで提供していただいていたが、スイマーにとって唯一の武器ともいえる水着だからこそ、日頃から慣れ親しんだ水着を悔いなきよう自由に選びたいという気持ちを、ほとんどの代表選手が持っていた。そして、このミーティングを機に、当時のヘッドコーチをはじめ、日水連はスポンサー各社に頭を下げ、「水着の自由化」を実現してくれた。これは現場での対話から生まれたポジティブな変化だ。ただこの変化には、選手にも責任が生じる。だからからこそ、より強い覚悟がきまった。

 私は今年6月、日水連の役員改選で任期満了となり、理事職とアスリート委員長を退任した。もっと早く、日水連内に現場の声を届けられるような体制を整えられれば・・・といった、自戒の念を込めた思いはある。今後は、現役選手のアスリート委員会参加という小さな一歩から、7月に発足した新体制のアスリート委員会が現場の声を継続的に届けられる体制を築き上げてくれることを信じている。

 1997年から、競泳は個人競技だが日本代表チームとして戦う「チーム力」で強くなってきた。現場に不満や不安が溜まっていれば、「チーム力」という日本競泳チームの伝統が崩れる。

 選手と選手、指導者と指導者、選手と指導者、選手と日水連、指導者と日水連といったそれぞれの対話と共に、選手を含めた関係者全員でより良くなるために、安全な対話の場を・・・と願っている。

 「心身共に鍛錬すること」「情報を共有すること」「アスリートが安心して競技と向き合えること」「アスリートや指導者が安心して意見を言い合えること」「決定事項に対し、誰もが納得できる説明ができること」「連盟全体での対話」が強化する現場には必要だと思う。

シドニー五輪競泳日本代表

1980年山梨県生まれ。元競泳日本代表、2000年シドニー五輪に出場。200m背泳ぎ4位。04年に一度引退するが、09年に復帰を果たす。日本代表に返り咲き、順調な仕上がりを見せていたが、五輪前年の11年4月に子宮内膜症・卵巣のう腫と診断され手術。術後はリハビリに励みレース復帰。ロンドン五輪代表選考会では女子自由形で決勝に残り意地を見せた。現在はテレビ出演や水泳教室、講演活動などの活動を行っている。

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