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経済や効率を優先、著しい人口集中の東京でいま直下地震が起きたら…過去の災禍からの教訓 #災害に備える

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
著者撮影、震災を乗り越えた旧横浜正金銀行

関東大震災では死者10万超、国家予算3、4倍の経済被害

 関東大震災前後からの四半世紀は、日本の歴史で最も過酷な時代だった。大震災の9年前、1914年には第一次世界大戦が勃発し、戦争特需によって日本は債務国を脱し、大正デモクラシーの時代を迎えていた。しかし、17年の東京湾高潮、18年に始まったスペイン風邪や択捉島沖地震、21年の原敬首相の暗殺などが起き、23年に関東大震災が発生した。

 震災では、10万5千人に及ぶ死者と国家予算の3~4倍もの経済被害を出した。死者のうち約6万8千人は震源から離れた東京市で発生し、火災による死者が多数を占めた。死者の約85%は軟弱地盤が広がる隅田川以東で発生した。隅田川以東の人口は東京市の約2割なので、死亡率は西側の20倍にもなる。家屋倒壊による死亡率も、隅田川以東は以西の3倍以上だった。一方、震源に近い神奈川県では約3万人が犠牲になり、火災に加え、揺れによる家屋倒壊や地盤災害・津波被害が目立った。

 震災後には後藤新平が主導した帝都復興計画により現在の東京の都市基盤が整備された。いち早く帝都の復興ができた背景には、1919年に都市計画法と市街地建築物法が作られていたことと、東京市長だった後藤が1921年に東京の将来計画として東京市政要綱を定めていたことがあった。改めて事前復興の大切さが分かる。

関東大震災後にも地震が多発、戦災や台風も

 関東大震災以降、災害が多発した。1925年北但馬地震、26年十勝岳噴火、27年北丹後地震、30年北伊豆地震、31年西埼玉地震、33年昭和三陸地震、34年函館大火、室戸台風、38年阪神大水害、39年男鹿地震などである。この間に、25年治安維持法制定、27年金融恐慌、31年満州事変、32年5・15事件、33年国連脱退、36年2・26事件、37年盧溝橋事件、38年国家総動員法制定を経て、41年に太平洋戦争に突入した。大震災から18年で、民主的な時代が一気に戦争へと突き進んだ背景に、様々な災禍があったように感じる。

 戦時下にも、43年鳥取地震、44年東南海地震、45年三河地震と地震が続発した。東南海地震では、名古屋周辺に立地していた飛行機工場などの軍需工場が損壊した。地震の翌週には飛行機のエンジン工場への大規模空襲も行われた。更に1か月後に誘発地震とも言える三河地震が起きた。我が国の戦争継続能力は大きく減退したはずであり、この時点で戦争を終結していればと今更ながらに思う。しかし、軍部の情報統制のもと震災報道は抑制され、戦争は継続し、3月に東京空襲で10万人、5月に沖縄陥落で24万人、8月に広島と長崎の原爆投下で23万人などを出し終戦を迎えた。結局、この戦争で310万人を超す日本人が犠牲になった。この遠因には、隅田川以東に広がった木造密集家屋の存在があった。

 戦後も自然災害が続いた。終戦1か月後の枕崎台風、46年南海地震、47年カスリーン台風、48年福井地震などである。23年関東大震災からの25年間、戦災と多発した災禍で日本社会は大きな痛手を受けた。しかし、50年に朝鮮戦争が勃発し、戦争特需で産業が復活し、51年のサンフランシスコ講和条約締結を経て、国際社会に復帰した。隣国の戦禍の上に我が国の復興があったことは忘れないでおきたい。

昼間人口が多く一人世帯が多数、地域コミュニティの力も弱い首都

 戦後、約7200万人だった日本の人口は、現在、1.7倍の1億2500万人になった。首都圏1都3県の人口は3700万人と3.9倍になった。神奈川4.9倍、東京4.0倍、埼玉3.6倍、千葉3.2倍に対し、島根と秋田0.77倍、山形0.79倍、徳島0.84倍、高知0.87倍であり、首都圏への人口集中が著しい。大都市の住民は、自然と隔離した人工環境で生活しており、科学技術の進化と共に自然への畏れを忘れ、経済性や効率を優先する社会を作ってきた。

 人口集中は、建物の密集化、高層化、町の拡大をもたらす。集中は、効率的だが、同時に被災する暴露量やハザードを増加させる。密集化は延焼危険度を、高層化は揺れの危険度を、低地や丘陵地への拡大は、揺れ・液状化・浸水と土砂災害の危険度を増す。高速公共交通に頼る長距離通勤のリスクも大きい。

 2011年の東日本大震災では、震源から離れた首都圏で、液状化、長周期地震動による高層ビルの揺れやタンク火災、帰宅困難、計画停電などの被害が発生した。しかし、震災後も東京一極集中が続き、高層ビルが建設され続けている。湾岸に立地するタワーマンションには、様々な危険がある。エレベータが停止すれば上下移動が困難になり、停電すれば、空調、上下水道も使えない。地盤が液状化すれば、ライフラインは途絶し、道路復旧にも時間がかかる。海抜0m地帯では長期湛水による孤立の懸念もある。

 東京の産業は第三次産業に偏っている。電力、都市ガス、石油精製などは、千葉県や神奈川県に依存している。食料自給率は無いに等しく、物流が途絶えれば生活の維持は難しい。昼間人口が多く一人世帯が多数を占めるため、地域コミュニティの力も弱い。あらゆることを他に依存する状況は、防災・減災の基本である自律・分散、地産・地消の考え方に反する。

 首都圏は、三重のプレート上の軟弱な堆積層の上にある。西には過去に噴火を繰り返してきた富士山や箱根の火山群が存在する。過去、南海トラフ地震の前後に、1703年の元禄関東地震や1707年の富士山宝永噴火、1855年の安政江戸地震などが起きた歴史もある。

首都圏で発生が心配されている地震は

 過去100年間に日本列島周辺で発生したM8クラスの巨大地震は11個あり、概ね10年に1回の発生してきた。東日本大震災から12年が経った今、巨大地震が起きてもおかしくない時期にある。地震調査研究推進本部は、海溝型地震と活断層による地震について長期評価を行っており、高確率なのは、南海トラフ地震と日本海溝・千島海溝沿いの地震である。

 南海トラフ沿いでは、684年白鳳地震以降、90~200年の間隔で巨大地震が繰り返し発生してきた。時間予測モデルによる評価では、昭和の地震が小ぶりだったため、今後30年間の発生確率が70~80%とされている。一方、日本海溝・千島海溝沿いでは、概ね500年周期でM9クラスの地震が起きており、前回は17世紀に発生したと考えられているため、超巨大地震の発生が懸念されている。

 一方、首都圏で心配される関東地震については、再来間隔が200年以上と考えられているので、今後 30 年以内の発生確率は0~6%と小さい。ただし、M7クラスの地震が心配されている。 元禄関東地震から関東大震災までの220年間に、首都圏でM7クラスの地震が8個発生しており、これに基づくと、今後 30 年以内の発生確率70%程度となる。ただし、震源は特定されていない。

広域を襲う南海トラフ地震が起きれば、国民の約半数が被災

 南海トラフ地震の予想被害は甚大である。国民の約半数が被災するため、被害は最悪の場合、直接死亡者数32万3千人、全壊家屋238万棟と予測されており、国難とも言える事態が想定される。同等の被害が出た関東大震災と比較すると、東京での被害は南海トラフ地震での大阪の様相と、神奈川県西部や房総半島南部での被害は四国や紀伊半島の様相と重なる。

 死因の多くは津波だが、全壊家屋の主因は揺れと火災である。全壊家屋数は年間住宅建設戸数の3倍にもなる。千万人もの人々が長いあいだ住居を失い、避難所、医療、福祉・介護なども圧倒的に不足する。このため大量の関連死が予想される。被災地には日本の製造業の60%以上が立地している。産業が早期に回復しなければ、日本の国際競争力を失ってしまう。

 もう一つ厄介な問題がある。南海トラフ地震は、震源域の東西で分かれて発生することが多い。昭和の地震では2年、安政の地震では約30時間の時間差で2つの地震が続発した。東・西どちらかで半割れの先発地震が発生すると、後発地震の被災地は極めて切迫した状況に陥る。このため、2019年に南海トラフ地震臨時情報の仕組みが整えられた。半割れ地震が起きた場合、気象庁は南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)を発して、後発地震に対する警戒を呼び掛ける。万が一、先発地震で甚大な被害を出せば、世界の人たちは、後発地震が発生することを懸念し、為替・株式相場が混乱することも予想される。結局、先発地震でのハード被害を減らすしかないことが分かる。

もし首都直下地震が起きたら、被害やライフラインは

 都心南部の直下でM7.3の地震が起きると、最悪、死者2万3千人、経済被害95兆円の被害が出ると予想されている。被害の主たる原因は、建物が壊れ火災で焼失することにあり、耐震化と過度な人口集中を改めることが必要である。

 我が国の建築耐震基準は建築基準法に基づいて規定されているが、建築基準法は最低基準でしかなく、一度の地震に対して命を守るものであり、続発する地震に対して生活や事業の継続を保証するものではない。バリューエンジニアリングを進めすぎると、法律ギリギリの安全性を確保するために科学技術を使うことになりかねない。その結果、新しい建物でも震度5程度の揺れで部分的に損傷し、生活や事業が継続できなくなる建物も生じる。

 ライフライン対策も欠かせない。発電所の多くは危険度の高い沿岸部に立地している。ライフラインは相互に依存しており、一つが止まると全てが停止する。電力自由化で事業者の安全対策も滞りがちである。再生可能エネルギーや蓄電池、井戸の準備などが望まれるが、分譲マンションでは難しい。テレワークも普及した現在、普段は地方で生活し、時々東京に行く生活を考えてみても良い。地方に沢山ある空き家を耐震リフォームすれば、二地域居住や災害時の疎開先に使える。自然豊かで安全な地方で、各地の文化を楽しんでみてはどうだろうか。

孫子の「知彼知己 百戦不殆」で災害後も強い転禍為福の社会を

 7月末に閣議決定された新たな国土形成計画と国土強靭化基本計画の要点は、インフラ・ライフラインの強靱化、デジタルの活用、官民の連携、地域の防災力強化と活性化にある。孫子の兵法に「知彼知己 百戦不殆」との一文がある。敵の強さを知り、危険を避け、社会を強固にすれば、災害は怖くない。関東地震から100年の今、過去の災禍を思い出し、万が一、南海トラフ地震、首都直下地震、富士山噴火の大連動があったとしても、持続発展できる日本社会を作りたい。次世代のために、災い転じて福と為す社会を目指したい。

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【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサー編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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