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新たな緊急地震速報が開始、南海トラフ地震での東京の高層ビル「エレベーター閉じ込め」解決に期待

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(提供:イメージマート)

新たな緊急地震速報

 2月1日から、緊急地震速報に長周期地震動の影響が反映されるようになりました。緊急地震速報は2004年に試験運用が始まり、2007年から本運用されています。これは、震源に近い地震観測点でP波初動をキャッチして、震源位置や地震規模を推定し、震源から離れた場所にいち早く強い揺れの到達を伝えようとするものです。

 地震で最初に感じるガタガタと揺れるP波は毎秒7キロ程度、その後にユサユサと揺れるS波は毎秒4キロ程度で岩盤の中を伝わります。ですから、震源からの距離が100km離れていれば、P波の到達には15秒程度、S波の到達には25秒程度かかります。南海トラフ地震のような海溝型地震では、多数が住む居住地は、震源からある程度離れているので、強く揺れる前に防災行動をとる猶予時間を確保できます。

 これまでは、最大震度5弱以上の揺れが予想された場合に、震度4以上の地域に緊急地震速報(警報)が発表されてきました。ですが、震度に関係するのは1秒前後の比較的短周期の揺れで、距離と共に減衰しやすく、震源域から離れた場所には発表されません。これに対して、高層ビルが揺さぶられやすい長周期の揺れは遠くまで伝わります。このため、緊急地震速報が発表されていない地域の高層ビルで、強い揺れを感じることがありました。これを解決するため、2月1日から、長周期の揺れを考慮した緊急地震速報が始まりました。

長周期の揺れが多く放出される巨大地震では高層ビルが強く揺れる

 地震の規模が大きいほど、震源から長周期の揺れが沢山放出されます。長周期の揺れは波長が長いので、遠くまで減衰せずに伝わります。さらに、軟らかい地盤が厚く堆積した関東平野、濃尾平野、大阪平野、新潟平野などの大規模堆積平野では、周期数秒以上の長周期の揺れが大きく増幅し、揺れが伸長します。こういった場所に大都市が立地し、長周期地震動が苦手な高層ビルが林立しています。

 例えば、東京都には、100mを超える高層ビルだけでも600棟以上、60m以上のビルは1400棟程度も存在します。100万人を超える人たちがこれらのビルに滞在しています。建物の固有周期(秒)は「建物高さ(m)×0.03」程度ですから、これらのビルは周期2~3秒以上で揺れやすいことになります。高層ビルは、一旦揺れると揺れが収まりにくい性質があるので、長い時間揺れる巨大地震では、揺れがどんどん大きくなります。最近では、これを抑制するため、ダンパーを設置した制振構造が増えています。

 東日本大震災(2011年東北地方太平洋沖地震)では、震源から遠く離れた東京、名古屋、大阪などの高層ビルが大きく揺さぶられました。とくに、震源から700キロ以上離れた大阪では、高さ256mのビルが3m弱の揺れ幅で大きく揺れ、天井の落下、防火戸やスプリンクラーの破損、エレベーターの緊急停止や閉じ込めなどが発生しました。

エレベーターの閉じ込め

 エレベーター閉じ込めの問題は、大阪直下で起きた2018年大阪府北部地震でクローズアップされましたが、2004年新潟県中越地震のときにも、震源から200キロも離れた東京の高層ビルで、エレベーターのワイヤーが切れるなど、大きな問題になりました。

 地震を検知してエレベーターを最寄りの階に止める地震時管制機能は、P波の揺れを用いるのが一般的です。この仕組みでは、長周期の揺れの検知は困難です。また、高層エレベーターは低層階を飛ばすので最寄りの階がありません。このため閉じ込めが起きやすくなります。とくに東京では、都内に16万台ものエレベーターがあるため、早期の救出は困難です。心配される南海トラフ地震では、東京の高層ビルは大きく揺れると予想されますが、震源域から離れているので、従来の仕組みでは、緊急地震速報が発表されない可能性がありました。ですが、2月1日から始まった長周期地震動の影響を加味した緊急地震速報を使えば、エレベーターの閉じ込めを防げる可能性があり、まさに、東京の高層ビルの救世主と言えます。緊急地震速報を活用した地震時管制機能の導入が望まれます。

長周期地震動階級が3以上なら緊急地震速報

 新たな緊急地震速報で利用するのは長周期地震動階級で、2013年11月から気象庁が試行運用を始め、2019年3月より本運用しています。長周期地震動階級は、長周期地震動の尺度で、4段階の階級があります。従来は、地震発生後、30分ほど経過したら、気象庁のホームページなどで公表されていました。階級3は、高層ビル内で「立っていることが困難な揺れ」、階級4は、「立っていることができず、這わないと動くことができないような揺れ」です。

 2月1日から発表される緊急地震速報では、震度に加え、長周期地震動階級4が予測されたときに、階級3以上の地域に発表されます。これにより、予測震度が4を下回る震源から離れた地域でも、長周期地震動階級が3以上であれば緊急地震速報が発せられます。

 長周期地震動階級の予測には、震源近くの地震観測点のP波初動から推定された震源の位置とマグニチュード、震源からの距離、各地の長周期での揺れやすさなどが考慮されますが、巨大地震では、マグニチュードが過小評価される傾向があるので、この点は注意が必要です。

南海トラフ地震臨時情報発出時の首都圏の機能継続

 新たな緊急地震速報は、南海トラフ地震臨時情報が発表されたとき、東京の高層ビルで大いに役立つと思います。南海トラフ地震臨時情報は、2019年5月から運用されていて、南海トラフ沿いで異常な現象が観測された場合や地震発生の可能性が相対的に高まっていると評価された場合などに、気象庁から発表されます。

 中でも、想定震源域内のプレート境界でモーメントマグニチュード8.0以上の地震が発生した場合には、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)が発表されます。過去の地震では、震源域の東西で分かれて発生することが多く、先発地震に続いて後発地震が早期に発生する可能性が高いからです。後発地震が発生したときに、高い津波が30分以内に到達するような場所は、自治体が事前避難対象地域に指定し、住民に1週間の事前避難を促すことになっています。一方で、それ以外の地域では地震を警戒しつつ、通常の生活を続けることが期待されています。

 多くの人が高層ビルで働きタワーマンションに居住する東京では、臨時情報(巨大地震警戒)が発表されたときに、社会機能を継続するうえで、新たな緊急地震速報が役に立つはずです。東京の多くの行政機関、企業が首都機能や経済活動を維持することは、先発地震後に日本社会の安寧を保つために不可欠です。新たな緊急地震速報をうまく活用していきたいと思います。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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