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メキシコで今年も9月19日に大地震、過去にも2度 日本の地震や台風の特異日は?

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:ロイター/アフロ)

9月19日は、メキシコでの地震の特異日

 先月、現地時間の9月19日13時5分(日本時間20日3時5分)ごろに、メキシコでM7.6の地震が起きました。震源はメキシコの太平洋岸の深さ15kmでした。実は、9月19日は、メキシコでの地震の特異日です。今回の地震に加え、1985年にM8.0の地震が、2017年にM7.1の地震が起きています。そのため、多くの人が防災訓練をしていました。

 今回の地震は1985年の地震の震源域の北側で起きたようです。1985年の地震では、太平洋岸の震源から350kmも離れたメキシコシティで甚大な被害となり、1万にも及ぶ犠牲者を出しました。大きな湖を埋めた場所だったことも原因して、高層ビルなどが倒壊しました。これに対し、2017年の地震は内陸直下の地震で、強い揺れで350人の犠牲者が出ています。

 同じ9月19日に3度も大地震が起きる確率は、例えば20年間に1度地震が起きると考えると、4千億分の1程度というとんでもなく小さな確率です。

日本でも同じ日に巨大地震が起きている

 日本にも地震の特異日があります。とくに、10月28日には歴史に残る大地震が起きてきました。暦は色々ですが、ユリウス暦の878年10月28日(グレゴリオ暦11月1日、元慶2年9月29日)に相模・武蔵の地震が、旧暦の慶長16年10月28日(1611年12月2日)に慶長三陸地震が、1707年10月28日(宝永4年10月4日)に宝永地震が、1891年(明治24年)10月28日に濃尾地震が起きています。

 相模・武蔵の地震は、相模トラフ沿いの地震の疑いもあり、前後には869年に東日本大震災と同様の日本海溝沿いでの貞観地震、887年に南海トラフ沿いでの仁和地震など、代表的なプレート境界地震が起きています。

 慶長三陸地震は、千島海溝沿いの超巨大地震の可能性も指摘されています。甚大な津波被害を受け、仙台藩主・伊達政宗は仙台の復興に勤しみ、支倉常長を欧州に派遣するなどしました。慶長三陸地震の前には、1586年天正地震、1596年慶長伊予地震・豊後地震・伏見地震、1605年慶長地震、1611年会津地震など、大地震が続発していました。

 宝永地震は、南海トラフ沿いの震源域全体が活動した地震で、有史以来最大の南海トラフ地震の一つです。この地震の翌日には富士宮地震が起き、さらに49日後には富士山の宝永噴火もありました。4年前の1703年には元禄関東地震も起きています。

 濃尾地震は、内陸直下で起きた過去最大規模の地震でM8.0でした。根尾谷の水鳥では高さ6mの断層崖が出現しました。死者・行方不明者は7,273人と、明治以降最大の犠牲者を出す災害となりました。

 このように、暦の違いはあるものの、10月28日には、相模トラフ沿い、日本海溝・千島海溝沿い、南海トラフ沿い、内陸の活断層によるそれぞれ最大規模の地震が起きています。

 その他にも、1923年大正関東地震(関東大震災)が起きた9月1日には、1596年に慶長伊予地震も起きています。同時に豊後地震(9月4日とも言われる)が起きたとの考えもあり、9月5日には慶長伏見地震が起きて伏見城が倒壊しました。翌年には慶長の役による朝鮮出兵もありました。安土桃山時代から江戸時代に変わる激動の時代です。

 また、2011年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が起きた3月11日には、1853年に小田原地震が起きています。ペリーが浦賀沖に来航したのは4か月後の7月8日です。翌年1854年には、伊賀上野地震、東海地震、南海地震が、さらに1855年に江戸地震が起き、その後幕末へと向かいました。

9月26日は台風の特異日

 地震の特異日は偶然だと思いますが、台風は季節性があるため、特異日が存在します。1950年代に3つの台風が9月26日に来襲し、いずれも千人を上回る犠牲者を出しました。1954年洞爺丸台風、1958年狩野川台風、1959年伊勢湾台風の3つの台風です。気象庁が命名した台風は10個ありますが、3つの台風も含まれています。

 1954年台風15号は、鹿児島県大隅半島に上陸した後、日本海に抜けて北上して北海道に近づき、最大風速40m前後の暴風と高波で、5隻の青函連絡船が遭難しました。中でも、洞爺丸では乗員乗客1,139名が死亡したため、洞爺丸台風と呼ばれることになりました。死者・行方不明者は1,761人に上ります。

 1958年台風22号は、26日の21時過ぎに静岡県伊豆半島の南端をかすめて、27日00時頃に三浦半島を通過しましたが、その間、伊豆半島の中部での豪雨により狩野川が氾濫し、死者・行方不明者1,269人を出しました。このため狩野川台風と呼ばれています。

 1959年台風15号は潮岬の西に上陸した後、伊勢湾の西を北上し、低気圧による吸い上げ効果と、強風と高速移動による吹き寄せ効果で、4m弱もの高潮が名古屋港周辺の臨海部を襲いました。死者・行方不明者は5,098人で、伊勢湾台風と命名されました。この戦後最大の自然災害を受け、1961年に災害対策基本法が作られました。この法律は日本の災害対策の基本となるものです。

 台風と違って、地震の場合には、特異日に特段の意味があるわけではありませんが、こういった日に、災害のことを思い出し、日ごろの防災対策を点検することに意義がありそうです。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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