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関東大震災から99年、今起きたら… 被害様相を当時と比較、現代ならではの課題とは

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(提供:MeijiShowa/アフロ)

相模トラフ沿いの巨大地震の大正関東地震

 1923年9月1日午前11時58分頃に、小田原周辺を震源としたマグニチュード7.9の地震が起きました。海のプレートのフィリピン海プレートが、陸のプレートの北アメリカプレートの下に沈み込む相模トラフ沿いで起きた巨大地震です。1703年に発生した元禄関東地震より一回り小さい地震でしたが、震源域からやや離れた東京低地や横浜を中心に、火災などによって多くの犠牲者が出ました。元禄時代と異なり、まちが軟弱地盤の低地に拡大していたことに原因がありそうです。

甚大な被害

 この地震による死者・行方不明者は約10万5千人、うち約7万人が東京市、約3万人が横浜市で発生しました。全潰家屋は約11万棟、焼失家屋は約21万棟に及びます。我が国が経験した過去最悪の震災のため、関東大震災という災害名が付けられています。

 正午前の地震で、日本海を進む台風による強い風もあり、大規模な火災が発生したため、全死者の約9割は焼死でした。住民が避難していた本所の陸軍被服廠跡では、火災旋風によって4万人弱もの人が亡くなりました。

 家屋倒壊による死者数も1万人を超え、阪神・淡路大震災の倍にもなります。家屋被害は、震源に近い横浜市で特に顕著でした。また、伊豆半島から相模湾、房総半島の沿岸には、高い津波が押し寄せ、大規模な土砂災害も各地で発生しました。

大正デモクラシーの時代から太平洋戦争へ

 関東地震が起きる前には、1917年に大正6年高潮災害で東京湾沿岸部が被害を受けていました。1918年から20年にかけては、スペイン風邪により国内で40万人もの人が犠牲になっています。関東地震では、国家予算の3倍にも及ぶ経済被害を出しました。このため、大正デモクラシーと呼ばれた自由な時代は暗い時代へと変わっていきました。

 震災後、1925年北但馬地震、27年北丹後地震、30年北伊豆地震、31年西埼玉地震、33年昭和三陸地震などが起きます。さらに、34年に函館大火と室戸台風、38年阪神大水害、40年静岡大火なども起きました。

 この間に、25年治安維持法制定、27年金融恐慌、30年昭和恐慌、31年満州事変、32年5・15事件、33年国際連盟脱退、36年2・26事件、37年日中戦争と続き、ついに41年に太平洋戦争に突入しました。戦争では、310万人もの日本人が犠牲になりました。

東京都の被害予測

 東京都は、本年5月に大正関東地震が再発した場合の被害予測結果を公表しました。建物被害は揺れ等による全壊が28,319棟、火災による焼失が26,643棟です。一方、大正関東地震での東京都の全潰は24,469棟、焼失は176,505棟(諸井・武村、2004による)でした。現在の東京都の人口は当時の4倍弱です。全壊数はあまり変わりませんが、焼失家屋が大きく減少しています。これは、建物の耐震化や不燃化、広幅員道路などの都市計画の成果だと思われます。

 死者は1,777人で、揺れ等で1,221人、火災で556人と予想されています。焼死者が1/100以下に減じられているのは、焼失家屋の減少に加え、消防力と早期避難によるものと推察されます。ただし、当時と比べると今の東京は災害に弱い面も増えているようにも思います。

東京への一極集中

 現在は、あらゆるものが東京に集中しています。集中は効率的ですが、脆弱でもあります。高密度化は同時被災する暴露量(エクスポージャー)を増加させ、危険地へのまちの拡大はハザードを増加させます。

 狭い場所に、1500棟にも及ぶ高層ビルが林立しています。高層ビルは、長周期の揺れで強く揺れます。エレベータが無ければ機能維持は難しく、電気や上下水道が止まれば無用の長物になってしまいます。

 また、台地上の適地には限りがあるため、干拓地などの海抜0m地域や埋立地、丘陵地にまちが広がりました。前者は、強い揺れ、液状化、浸水の、後者は土砂崩れの危険があります。東京湾の沿岸部には社会を支える危険物施設が多く存在していることにも注意が必要です。

ライフライン、交通インフラ、物流、通販、コンビニへの依存

 現代社会は、電気、ガス、上下水道、通信、公共交通、物流に大きく依存しています。かつては、徒歩でも行けた郊外の住宅には、井戸、くみ取り便所、かまどなどがありました。今は、電気が無ければ社会が成り立ちません。今夏の電力ひっ迫では電力システムの脆さも明らかになりました。そもそも、電気、ガス、燃料、上下水道は相互に依存していて、どれかが止まると全て停止します。

 遠距離通勤が多い東京では、公共交通が止まれば、出勤や帰宅が困難になります。国内外の来訪者への対応も難しい問題です。また、ネット通販は、通信や物流が止まれば注文や配送ができません。コンビニは物流に頼っており、在庫は余りありません。ごみ収集が滞れば衛生環境も悪化します。

 便利で効率的な社会は相互依存度が高く、冗長性が不足しているようです。

地域コミュニティの弱さと行政依存

 昔と比べ、一人暮らしの人が増えました。高齢の単身世帯も増え、介護に頼る人も多くいます。若者の中には、コンビニを冷蔵庫替わりに利用し、備蓄をしていない人も多く、自助の力が落ちているようです。空調やSNSに頼った生活も、電気や通信が無ければ成り立たず、健康悪化やデマ拡散などの原因になります。

 また、共働き世帯が多く、昼間は家族が分散し、住宅地では高齢者割合が多くなります。故郷の無い都民が増え、災害後の疎開先にも困ります。近所付き合いが少なく地域コミュニティが弱い社会は、災害時の共助の力も減り、行政への依存度が高まっているようです。

 ですが、大規模災害時には、公助の力には限界があります。避難所も不足し、保育園や介護施設などに頼ることも難しくなります。自衛隊や警察の人数にも限りがあり、治安の問題もあります。

 この数か月、明治用水の漏水、電力ひっ迫、通信障害など、社会を支えるインフラの脆さが露呈しました。こういったことが同時発生するのが大災害です。建物の耐震化や不燃化でハード被害は減っていますが、ソフト被害は深刻化しています。99年前の震災を思い出し、一人一人の対策を進めるとともに、東京一極集中の是正など、対策を進めたいと思います。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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