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「耐震だから大丈夫」って本当? 新耐震から40年を迎えて

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:アフロ)

多くの人が言う「耐震だから大丈夫」ってどういうこと?

 「この建物は耐震だから大丈夫」ってよく聞きますが、「耐震」ってどういう意味なんでしょう。本来であれば、どんな地震にも耐え、地震後も生活が続けられる建物が望まれます。ですが、行政や不動産会社が使う「耐震」は、今使われている耐震基準(新耐震設計法、新耐震基準)を満足した建物を意味しているようです。確かに、26年前に起きた阪神・淡路大震災では、現行の新耐震基準で作られた建物は、古い耐震基準で作られた建物よりもよく耐えました。ですが、新耐震基準で作られた建物でも、比較的背の高い建物はそれなりに被害が生じていました。

新耐震基準導入から40年

 今、一般に使われている新耐震設計法は、1981年6月1日に導入されました。1968年十勝沖地震や1978年宮城県沖地震で、鉄筋コンクリート造建物の被害が大きかったことから、耐震基準が見直され、建築基準法施行令が改正されました。もうすぐ40年を迎えますから、初期の建物は老朽化しはじめています。

 これ以前は、中程度の地震の揺れに対してのみ、構造的に無被害になるようにしていたのですが、これ以降は、より強い揺れに対しても空間を保持して人命を守ることを目指すようになりました。とはいえ、強い揺れといっても、震度7の揺れまで考えているわけではありません。構造的な被害を許容していますから、後続の地震に耐えることを保証しているわけではありません。地震後の建物の継続使用までは考えていないので、BCPで大事な事業の継続は保証してくれません。

建築基準法は罰則規定付きの最低基準

 実は建築基準法は「最低基準」でしかありません。第1条に、「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する『最低の基準』を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。」と書いてあります。理由は、憲法に則っているからです。国民の最低限の生存権を保障する範囲で財産権を制約する(憲法25条、29条)法律で、違反すれば罰則もあります。ですから、震度7のような強い揺れに対してまで耐えるような基準ではありません。このことは社会には余り認識されておらず、耐震基準を満足する「耐震」なら絶対に安全で、生活や事業を継続できると考えている人が多いようです。

設計で考えている地面の揺れは建物の固さで異なる

 新耐震基準では、建物の足元(基礎)に生じる水平の力として建物重量の何倍の力を考えるかを定めていて、無損傷を保障するのは0.2です。建物全体に建物重量の2割の水平力を作用させるという意味で、建物の平均的な応答加速度として、200ガル程度を考えたことを意味します。基準で定めているのは建物の揺れであり、地盤の揺れではありません。

 本来、建物の応答加速度は、建物の固さによって異なります。例えば、下敷きを手に持って、手を下敷きに平行に動かしたときと、下敷きを団扇のように仰いだ時を比べてみてください。団扇を仰ぐように揺すると、手(地盤)に比べて下敷き(建物)が何倍も揺れます。

 ということは、建物の揺れが200ガルだとすると、壁が多く低層の固い建物では地盤の揺れも200ガル程度を考えたことになりますが、揺れやすい中層で壁の少ないラーメン構造では地盤の揺れとして50~60ガルくらいしか考えていないことになります。震度でいうと震度5強と震度4くらいの差があり、震度が1つ違います。

壁の多い建物と柱の多い建物とでは異なる安全の考え方

 実は、壁の多い建物と柱の多い建物では設計の考え方が異なります。壁の多い建物は、建物を剛強にすることで強い揺れでも無損傷になるように設計します。これに対して、柱の多い中層のラーメン構造では、建物を粘り強くし、強い揺れに対しては構造部材を損傷させることでエネルギーを吸収して生存空間を残すという考え方で設計します。

 剛強な建物は揺れの増幅が小さいので、震度7程度の揺れでも建物は構造的に無損傷で、地震後の業務継続も期待できます。一方で、粘り強い建物は揺れやすいので、震度4~5弱程度の揺れで損傷しはじめる恐れがあります。空間を保持して人命を守る地盤の揺れも震度6弱~6強程度と考えられます。地震後の業務継続は難しく、後続の地震で倒壊の恐れもあります。こういった建物はガラス窓が多いので、台風などでの飛来物の問題もあります。

 やはり、震度7の揺れでも業務を継続すべき役所や消防署、病院などの建物は、多少愚直な見栄えでも、できるだけ壁の多いどっしりした頑強な建物が良いと思います。

必ず来る地震から命と生活を守るために

 孫子の格言「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」のように、本来、建物の安全性を考える前に、危険の低い土地を探すことが肝心です。地震でいえば、地盤の揺れの大きさは地盤の固さで異なります。軟弱な低地は、液状化、津波、浸水の危険もあります。

 ローマの建築家・ウィトルウィウスは、建物の基本は「強、用、美」と言いました。建物は自然界から弱い人間を守るために作ったものなので、最初に「強」があります。

 2009年6月には、住宅の品質確保の促進等に関する法律が制定され、住宅の性能表示制度が導入されるようになりました。性能表示の中には、耐震等級もあり、耐震等級3は、通常の「耐震」の建物の1.5倍の耐震性を保障してくれます。

 災害は地震の揺れだけではありません、液状化、津波、内・外水氾濫、強風・竜巻、雪、飛来物、噴石、火山灰、火災、有害な外気などから、命と生活を守る建物を作りたいものです。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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