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南海トラフ地震臨時情報発表時の切り札、緊急地震速報の進化を期待する

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
気象庁発表資料より

エレベーターと直下の地震

 昨年6月18日に起きた大阪府北部の地震では346台のエレベーターで閉じ込めがありました。その多くは、地震時管制機能付きのエレベーターでした。この機能は、地震の揺れのP波を検知した後、最寄りの階に着床して扉を開ける仕組みです。直下の地震の場合は、P波検知後、強い揺れのS波が到達するまで2~3秒しかないために、扉を開けるまでにエレベーターが止まってしまって、閉じ込めが発生しました。緊急地震速報は、直下の地震では猶予時間が少ないですが、1秒でも時間が稼げれば閉じ込めはずいぶん減るはずです。

エレベーターと巨大地震

 巨大地震では、震源から長周期の揺れが沢山放出され、遠くまで伝わります。そして、大都市が立地する大規模な堆積平野は長周期の揺れを増幅させ伸長させます。この長周期・長時間の揺れが大都市に林立する超高層ビルを揺さぶります。震源から離れると短周期のP波の揺れはとても小さくなり長周期の揺れだけが伝わります。このため、P波の揺れの検知が難しく、いきなり長周期の揺れでエレベーターが止まります。とくに困るのが、長周期で揺れやすい超高層ビルです。事務所ビルの多くで採用される高速エレベーターは低層階を飛ばすため、最寄り階がありません。このため、長周期地震動に特化した緊急地震速報を新たに発表するようにし、それに反応するエレベーターを開発することが不可欠です。

南海トラフ地震臨時情報

 現在の科学では直前予知は困難との見解の下、南海トラフ地震の震源域で異常な現象が観測されたら南海トラフ地震臨時情報が発表されることになりました。この情報が発表された時、ビルが林立する大都市で、エレベーターを使うことを躊躇すれば、機能不全に陥ります。とくに16万台を超えるエレベーターがある東京都、7万台を超す大阪府、5万台を超す神奈川県や愛知県では、機能停止に陥ることになります。

 南海トラフ巨大地震が発生しても、これらの都府県に地震波が到達するには十分な猶予時間がありますから、緊急地震速報を活用すれば、臨時情報が発表されてもエレベーターを利用することが可能になります。また、高所作業や危険作業、列車の運行などをしていても、猶予時間を利用した適切な対処が可能となりますから、緊急地震速報は臨時情報への対応の切り札となります。

海底地震計の活用による緊急地震速報の迅速化

 先月6月27日から、緊急地震速報の発表が迅速化されました。緊急地震速報は、震源の近くにある地震計でP波を検知し、震源から離れた場所に地震波が到達する前に速報を伝達する仕組みです。したがって、震源近くの地震計と警報を受ける場所の距離が離れているほど猶予時間を稼げます。

 P波は毎秒7km程度、S波は毎秒4km程度で岩盤の中を伝わりますから、距離が100km離れていればP波が到達するまでに15秒程度、S波が到達するには25秒程度の猶予時間があります。南海トラフ沿いの地震や日本海溝沿いの地震は、海底下で起きますから、海の中に地震計があれば長い猶予時間を確保できます。

 そこで、今回、防災科学技術研究所が運用している南海トラフ沿いのDONETと、日本海溝沿いに設置されたS-netの観測データを使うことで、緊急地震速報の発表が迅速化しました。日本海溝付近で発生する地震では最大で25秒程度、 紀伊半島沖から室戸岬沖で発生する地震では最大で10秒程度早まるそうです。

進化・改善が進んできた緊急地震速報

 2004年に試験運用を始め、2007年から本格運用が始まった緊急地震速報ですが、様々な課題を克服しながら改善が進められてきました。とくに、2011年東北地方太平洋沖地震では、余震の多発で誤報が続きました。このため、同時に発生した地震を区別する方法が導入され、さらに2016年に複数の地震を識別するIPF法が導入されました。また、巨大地震では、地震規模が過小評価され、震源域の広がりも考慮できないため、近接観測点の揺れから予測するPLUM法が2018年に導入されました。その間に、海底や島しょ部も含む観測点の増設なども進みました。さらに、携帯電話の普及によって、多くの人が緊急地震速報を容易に入手できるようになりました。

 切迫する南海トラフ地震に対し、臨時情報が発表されてもできる限り社会機能を維持するには、緊急地震速報が大きな役割を果たします。なかでも超高層ビルが林立する首都の機能を維持するには、長周期地震動に対する緊急地震速報の早期導入が欠かせません。技術的にはすでに目途がたっているので、早期に気象庁のシステム改修が行われることが望まれます。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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