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南海トラフ地震、異常な現象が生じたらどう動く? 中央防災会議作業部会で対応方針まとまる

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:ロイター/アフロ)

報告「南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応のあり方について」

 昨日12月11日、中央防災会議の作業部会で、「南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応のあり方について」という報告がまとめられました。確度の高い地震の発生予測は困難だとの見解が昨年示されましたが、一方で、観測網の充実によって異常な現象は感知しやすくなっています。想定される震源域で異常な現象が生じたとき、いつ発生するか分からない地震に対し、命を守ることを最優先にしつつも、一方で、社会の機能を維持する必要があります。

 社会が合意できる行動指針があるとよいのですが、地域、組織、個人の危険度や備えの程度、社会的役割、脆弱さなどによって、対応の仕方は自ずと異なります。このため、多様性を許容しつつ、ある程度統一感のある基本的な対応方針を合意することが必要でした。そこで、昨年末から約半年にわたって、静岡県、高知県、中部経済界でモデル的な検討を行い、さらに自治体アンケートを行った上で、新たな作業部会で、約8か月間、議論を続け、異常な現象を観測した場合の防災対応の基本的な考え方、住民や企業等の防災対応の方向性や社会的仕組み作りについて、報告をまとめました。

基本的な対応の考え方

 現状、地震発生時期、規模、位置等などについての確度の高い予測は困難な段階ですが、平常時より地震発生の可能性が相対的に高まったとは言えそうなので、地震発生の可能性、社会の状況、社会の受忍の限度などを勘案しつつ、具体的な防災対応のあり方や、警戒すべき対応期間を定めて、減災につなげていくことにしました。ただし、あくまでも標準的な考え方であって、地域や組織、個人の状況に応じて、それぞれが対応の仕方を事前に考え、個々に実施することが基本になります。地震が突発的に起きると思って対策することの大切さは従前とは変わりません。

特別な防災対応を必要とする状況

 特別な対応をする状況としては、震源域の約半分でM8クラスの地震が起きる「半割れケース」、震源域の一部でM7クラスの地震がおきる「一部割れケース」、震源域で短期間に固着状態が明らかに変化する「ゆっくり滑りケース」の3ケースが取り上げられました。

 それぞれの基準としては、過去最も小さな地震だった昭和東南海地震のモーメントマグニチュードMwが8.2だったことを基本に、半割れケースは、想定震源域内のプレート境界のMw8.0以上の地震の発生時としました。一部割れケースは、想定震源域内のプレート境界のMw7.0以上8.0未満の地震に加え、震源域に影響を与えるプレート境界以外や、想定海溝軸外側50km程度までの範囲のM7クラス以上の地震の発生時としました。ゆっくり滑りケースは、短い期間にプレート境界の固着状態が明らかに変化しているようなゆっくり滑りが観測された場合としました。

 また、防災対応をとる地域や想定すべき後発地震の規模は、いずれも南海トラフ地震の被災地域全域で最大クラスの地震を想定することにしました。

最も警戒する防災対応の実施期間

 過去の地震統計から、M8.0以上の地震が発生した後に隣接領域で7日以内にM8クラスの地震が発生したのは十数回に1回程度(7/103)、M7.0以上の地震の後に同じ領域で7日以内に地震が発生したのは数百回に1回程度(6/1,437)で、これは、「30年以内に70~80%」に相当する7日以内に千回に1回程度より、明らかに地震が発生しやすい状況です。

 また、自治体アンケートによると、避難などの社会的な受忍の限度については、「3日程度」、「1週間程度」との回答が多い状況でした。

 したがって、地震発生の可能性、社会的受忍限度、社会状況を考えると、最も警戒する防災対応の実施期間は1週間にすることが望ましいと考えました。ただし、半割れケースでは、1週間後には一部割れケースと同等の対応をさらに1週間することとしました。また、ゆっくり滑りケースについては、滑りの変化が収まってから、変化していた期間と同程度の期間としました。

半割れ時の様相は

 半割れケース時には、政府に緊急災害対策本部などが設置され、被災地域では切迫した応急活動が実施されます。また、沿岸地域に大津波警報や津波警報が発せられます。発生直後は、気象庁は最大クラスの地震が発生したと考えて対象地域全域に大津波警報などを発しますので、被災地以外でも、住民は避難することになります。まさに、南海トラフ全体で災害時の社会状況となっています。そんな状況の中で、後発地震の発生が懸念される場所では、避難の時間が不足する地域や個人を中心に避難の継続が必要になります。

半割れ時の住民の防災対応

 津波に関しては、最大クラスの地震発生時に、津波によって30cm以上の浸水が地震後30分以内に生じる地域を対象としました。「津波到達時間」と「避難に要する時間」を比較して全住民が避難できなければ全住民が、高齢者などが避難できなければ要配慮者が事前避難をすることにし、それ以外は個人の状況等に応じて自主避難することにしました。

 土砂災害は、対象地域の設定が困難なことなどから、個人の状況などに応じた自主避難としました。また、自宅が耐震化されていない場合なども、必要に応じて知人宅などの安全な場所への避難を促すことにし、地震火災については必要な注意喚起をすることにしました。

 これらに対応して、住民は予め避難先を検討すると共に、市町村は避難先確保の支援を検討する必要があります。また、要配慮者が利用する福祉施設などでは、入居者の安全確保を検討する必要があります。

半割れ時の企業等の防災対応

 企業などについては、不特定多数の人が利用する施設や危険物を取扱う施設などでは、出火防止などの施設点検を確実に実施してもらいます。従業員などの生命に危険が及ぶ場合には予めその回避が必要です。また、事前に何らかの対策をすることで、地震後の企業活動への影響を減らしたり、被害軽減や早期復旧に役立つ対策を行う必要がります。その場合にも、地震発生時にインフラやライフライン等にどのような被害が生じるか想定しておくことが必要です。このため、これらの安全度合についての情報開示が大切になります。

一部割れ時の住民や企業等の防災対応

 震源付近では、大きな揺れを感じ、一部地域では緊急地震速報や津波警報等が発表されますが、多くの地域では被害は余り出ていません。後発地震の地震発生の可能性も半割れ時に比べワンオーダー小さいので、半割れ時のような強い対応はせず、自主的な対応が基本となります。住民や企業は、自主的に、日頃からの備えの再確認をしたり、警戒レベルを上げるなどした防災対応をすることになります。住民も、個々の状況に応じて必要に応じて自主的に避難することになります。

ゆっくり滑り時の住民や企業の防災対応

 地震の揺れや津波など、被害は何も発生しないので、社会活動には影響はありません。ですが、短期間にプレート境界の固着状態が明確に変化するようなゆっくり滑りは、過去、南海トラフ沿いでは一度も経験していません。このため、メディアの注目を集め、社会が混乱する可能性があります。これを回避するため、国は、評価結果を丁寧に周知・解説する必要があります。住民や企業の防災対応については、基本的に一部割れ時と同様になります。

日頃からの備えの再確認とは

 再確認すべき日頃から進めておくべき備えとしては、住民であれば、家具固定、家族との安否確認手段、避難場所・避難経路の確認、備蓄の確認などが、企業では、従業員などの安否、施設や設備の点検、利用者や従業員の避難法、什器・設備の固定などの確認があります。その他にも、住民であれば、非常持出袋の準備、親戚・知人宅への自主避難、安全な部屋での就寝などが、企業であれば、海沿いの道路利用の抑制、電子データ・重要書類のバックアップや金型の退避、天井からの落下物抑止、部品の在庫増や代替生産の準備などが考えられます。それぞれの立場で、突発的に時間が起きることを前提に、日頃から備えておくべきことは何か、考えておくことが必要です。

社会の仕組み作り

 異常な現象が発生しても、社会が混乱しないようにするためには、事前に計画を作っておく必要があります。そのためには、計画策定が必要な地域や企業を定める必要がありますが、対象地域は、大きな被害が予測される南海トラフ地震対策推進地域、対象組織は、都府県、市町村、指定行政機関、指定公共機関、社会的に影響の大きな企業などが想定されます。国や各機関相互間や、地域ブロック内などで調和がとれた対応にする仕組みが必要です。また、24時間体制で異常な現象を評価し情報提供する仕組みも要ります。さらに、異常な現象を分かりやすく伝えるために、情報の名称、その位置づけ、情報の提供法、対応を一斉に開始する仕組みなども考える必要があります。

 都府県による津波災害警戒地域や土砂災害警戒地域の指定、建物の耐震診断の実施やその公表、国土交通省がまとめている「地震時等に著しく危険な密集市街地」のような地域の公表とその解消が基本となります。

これから

 いずれにせよ、昨日の報告の内容を早期に実現するためには、実施のための制度設計を行うと共に、具体的な手順をかみ砕いて記したガイドラインが必要です。それと共に、未だ社会に定着していない「臨時情報」の存在を社会に周知する必要があります。さらに、対策の基本となる突発地震対策を促進すること、不正確な情報による社会の混乱を防止すること、社会生活にとって重要となる様々な機能を担う機関の事業継続を図ることなど、個別に検討していく必要があります。

 社会的合意の難しい問題について、比較的短期間に基本的な対策の方向性がまとまったことは意義深いと思います。今、私たちの周辺には多くのジレンマがあります。命と生業、統一性と多様性、公と私、危険と受忍、理科と社会、被災地救援と後発地震準備、避難と事前対策、耐震強化と危険回避、首都と地方、集中と分散、コスト・利便と安全など、二面的な見方の合意点を探して、よりよい社会を作っていく必要があります。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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