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最も心配される南海トラフ地震 「臨時情報」発表時の防災対応はどうあるべきか

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:ロイター/アフロ)

予知情報から新たな情報へ

 南海トラフ地震は、今、最も心配されている地震で、その甚大な被害は日本の衰退につながるとも言われています。このため、過去から様々な対策が行われてきました。その経緯については、前報で概要をまとめましたが、確度の高い予測は困難との判断の下、昨年11月から新たなフェーズに入りました。地震の直前予知を前提とした東海地震対策が見直され、大規模地震対策特別措置法で規定されていた警戒宣言の発令は事実上、凍結されました。また、気象庁は、「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」を設置し、「南海トラフ地震に関連する情報」を発表することになりました。震源域で異常な現象を観測した場合に「臨時」の情報が発表されます。ですが、この情報が出た時の基本的な防災対応のあり方が定まっていませんでした。年内の基本的な方向性が示される予定です。

空振り覚悟で見逃しを避ける

 万一、震源域で異常な現象が検知されれば、学識者から様々な見解が示され、その報道によって社会が混乱することが心配されます。残念ながら、現状の科学の力では、いつ地震が発生するかは確定的に言えないようです。異常な現象が検知されても、大地震が起きないことも十分にありえます。とは言え、発生すれば甚大な被害になる約百年に一度の地震ですから、空振りを覚悟で、見逃しを避けるという態度が必要です。いつ地震が起きるか分からないので、命を守ることを最優先にしつつも、何とか社会活動を維持する方策を考える必要があります。予め起こり得る事態をできる限り想定し、基本的な対応方針を決めておく必要があります。

いつ来るか分からない地震に対し社会機能の維持も

 社会を維持するには、公共機関、ライフラインや交通機関、病院や社会福祉施設、学校や保育園などは、リスク回避に最大の努力を払いつつも、事業を継続してもらうことが望ましいです。また、例えば、外国船タンカーが長期間入港しなければ、ライフライン供給が困難になり社会が止まる恐れもありますから、海外に安心を伝えるメッセージも大事になります。危険回避や耐震化などの事前対策を万全にし、緊急地震速報などの最新技術を活用することで、国内外に冷静な対応を示す必要があります。正解のない難しい問題ですが、社会の知恵を集めてより良い答えを見つけていく必要があります。

南海トラフ地震に関連する情報

 気象庁の南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会は、以前からある東海地域を対象とした地震防災対策強化地域判定会と一体で運用されています。検討会は毎月開催され「定例」発表を行っています。直近では第13回検討会が11月7日に開催され、地震の観測状況、地殻変動の観測状況、地殻活動の評価の報告と共に、「現在のところ、南海トラフ沿いの大規模地震の発生の可能性が平常時と比べて相対的に高まったと考えられる特段の変化は観測されていません。」との見解が示されています。この定例の情報に加え、震源域で異常な現象を観測した場合に「臨時」の情報が発表されます。

臨時情報の発表の条件

 南海トラフ地震に関連する情報(臨時)は、南海トラフ沿いの大規模な地震を対象として、1)異常な現象が観測され、その現象が大規模な地震と関連するかどうか調査を開始した場合、または調査を継続している場合、2)大規模な地震発生の可能性が平常時と比べて相対的に高まったと評価された場合、3)大規模な地震発生の可能性が相対的に高まった状態ではなくなったと評価された場合、に発表されることになっています。1)は調査開始、2)は注意の呼びかけ、3)は収束に当たります。1)は地震発生後30分くらい、2)は2時間程度を目途に発表するようです。

調査開始の要件

 気象庁は、臨時情報1)を発出する条件として、1)想定震源域内でマグニチュード7.0以上の地震が発生、2)想定震源域内でマグニチュード6.0以上の(或いは震度5弱以上を観測した)地震が発生しひずみ計で当該地震に対応する特異な変化を観測、3)1カ所以上のひずみ計で有意な変化を観測し同時に他の複数の観測点でもそれに関係すると思われる変化を観測している等、ひずみ計で南海トラフ沿いの大規模地震との関連性の検討が必要と認められる変化を観測など、の3つのケースを考えています。3)は、従来、東海地震で考えられていた前兆滑りに相当します。

異常な現象の起きた後の地震の起きやすさと特別な対応の期間

 臨時情報2)で想定すべき異常な現象としては、安政地震や昭和地震のように、南海トラフの想定震源域の約半分で地震が起きた場合(「半割れケース」)、震源域の一部でマグニチュード7クラスの地震が起きた場合(「一部割れケース」)、震源域でゆっくりすべりが起きた場合(「ゆっくりすべりケース」)の3つが考えられています。

 各ケースの被害は、それぞれ、甚大、限定的、無被害の状況に当たります。最初の地震後の7日間にM8クラスの地震が発生する頻度は、半割れケースが十数回に1回程度、一部割れケースが数百回に1回程度とのことです。南海トラフ地震の発生確率「30年以内に70〜80%」は、7日間だと千回に1回程度ですから、通常に比べ後発地震の発生可能性がかなり高いことになります。

 一方、自治体や新聞社のアンケートから、普段と違った場所で避難生活を続ける我慢の限界「受忍限度」は3日とか1週間という意見が多いようです。また「半割れケース」では、先発の地震への被災地支援で、後発の地震への支援の手は不足します。

 これらのことから、半割れケースは、一部割れケースよりも警戒度を上げること、その場合の特別の対応期間は1週間程度にすることが、社会的に無理の少ない対応だと考えられています。

臨時情報発表時に命を守るために

 半割れケースでは、大規模地震が起きた地域では東日本大震災を超えるような甚大な被害が発生しています。このため、国を挙げて応急対策活動が行われます。割れ残りの地域でも、建物被害は多くはないものの、広域に大津波警報が出され沿岸部では避難が必要です。甚大な被害を受けた被災地を救援しつつ、次なる地震に備えることになります。その際には、救援と備えの判断の中で様々な葛藤もありそうです。

 割れ残りの地域では、津波避難の猶予時間がない場合は、後発地震に備えて、災害時要配慮者を中心に事前避難をする仕組みが必要になります。個人の状況等に応じては自主的に避難する人もいるので、その対応も必要です。津波に加え、土砂崩れの恐れのある場所や耐震性が不足する住宅なども同様です。避難しない住民も含め、全ての住民は、日頃からの地震への備えを再確認するなどして警戒レベルを上げる必要があるしょう。

 いずれにせよ、突発的に地震が発生すると思って、日頃からの地震への備えをすることが大事です。その備えの状況に応じて、防災対応は自ずと異なります。また、一週間程度の特別な対応期間が終わった後も、地震発生の可能性は十分に高いので、警戒を続ける必要があります。

一方、一部割れケースやゆっくりすべりのケースは、半割れのケースに比べて地震発生の可能性が低いと考えられるので、日頃からの地震への備えを再確認しつつ、自主的に避難をすることも考えられます。

社会活動の維持

 社会活動の維持のためには、人流・物流を担う道路・鉄路、国内外を結ぶ港湾・空港の対策、社会を支える重要施設や危険物が集中する埋立地の対策、電気やエレベータに頼る高層オフィス・住宅の対策、公共インフラの安全レベルの事前開示、株式市場・為替相場の安定化、重要物品やデータ退避などのリスク移転、地震保険の在り方、万一の法的責任の所在など、今後、具体的に詰めていくべきことが多々あります。

 南海トラフ地震は、揺れの到達までにある程度の時間的猶予がありますから、緊急地震速報が役に立ちます。社会活動を続けるために必要な設備・業務は、緊急地震速報を活用して緊急停止や退避行動をすることができます。緊急地震の更なる活用を考えることも大切です。

これから

 確度の高い予測ができない現状で、発生すれば甚大な被害になりいずれは確実に発生する南海トラフ地震です。命を守ることを最優先にしつつ、いつ発生するか分からない中、何とか社会活動を維持する必要があります。その中、臨時情報を被害軽減に少しでも役立てたいものです。臨時情報発表時の対応の仕方は、異常現象の切迫度や、地域による災害危険度、個人による行動の困難度、組織による社会的影響度、事前対策の程度などによって異なります。国が年末に示す予定の基本的な対応の方向性を受けて、個人、家庭、地域、組織などで、対応を仕方について当事者意識を持って考え、地域ブロックごとに連携して対応していけると良いと思います。統一性と多様性、命と生業などのバランスを考えつつ、それぞれの地域で対策の方向性を合意したいと思っています。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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