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大阪府北部地震の地震保険支払額が歴代4位に なぜ阪神・淡路大震災に迫るほど膨大になったのか

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:アフロ)

 昨日、マグニチュード6.7の平成30年北海道胆振東部地震が発生し、厚真町を震度7の揺れが襲うなど、周辺で甚大な被害が出ています。夏以降、大阪府北部の地震、西日本豪雨、台風21号と、大きな自然災害が続いています。8月9日時点で、大阪府北部の地震の地震保険の支払件数は92,887件、支払保険金は約717億円、西日本豪雨の各種損害保険の支払台数・件数は48,445件、支払保険金は約1,341億円に達しました。これらは今後さらに増えると予想され、台風21号や北海道の地震の損害への支払も始まると思います。大阪府北部の地震の支払保険金は、遥かに被害の大きかった阪神・淡路大震災の地震保険支払保険金783億円に匹敵します。なぜこのように保険金が膨らんでいるのでしょうか。

大阪府北部の地震と阪神・淡路大震災の被害の違い

 今年の6月18日、大阪府北部でマグニチュード6.1の地震が発生し、最大震度6弱の揺れが大都市・大阪を襲いました。消防庁(7月29日)によると、この地震での被害は、死者5人、負傷者435人、住家被害は全壊12、半壊273、一部損壊41,459とされています。マグニチュードや最大震度の割には、大きな被害です。

 一方、23年前に起きた阪神・淡路大震災では、最大震度7の揺れにより、死者6,434人、行方不明者3人、負傷者43,792人、全壊104,906棟、半壊144,274棟、一部破損390,506棟の被害を出しました。この被害は、大阪府北部の地震による被害の千倍にも及びます。最大震度が4だった大阪府だけでも、死者31人、負傷者3,589人、全壊895、半壊7,232と、今回よりも遥かに大きな被害です。

 ちなみに、23年前は、大阪府の震度は上町台地上の大手前の一点で代表していましたが、現在は府内に88の震度観測点があるため、2つの地震の最大震度は4と6弱になりました。ですが、大阪管区気象台のある大手前では、阪神・淡路大震災の方がずっと大きな揺れでした。「観測史上初めての震度6弱の揺れ」と大々的に報じられことには違和感を覚えます。

大阪府北部の地震での地震保険の支払保険金

 日本損害保険協会によると、8月9日時点で、地震保険の支払件数と支払保険金が、92,887件、約717億円に達したとのことです。これは、過去4番目の支払保険金額です。これまで、支払保険金が最も多かったのは、平成23年東北地方太平洋沖地震の12,795億円で、次いで平成28年熊本地震の3,824億円、平成7年兵庫県南部地震の783億円と続きます。まだ支払いが続いているようですから、いずれ、阪神・淡路大震災を超すと思われます。阪神・淡路大震災と比べ被害は遥かに小さいのに、何故このような大きな支払保険金になったのでしょうか。

一部損の保険金請求の多さ

 大阪府北部の地震での地震保険の事故受付件数は133,738件です。約9割を大阪府が占めています。大阪府の地震保険の保有契約件数は138.6万件ですから、契約者の1割弱の人が支払請求をしたと考えられます。最大震度6弱の自治体人口は大阪府の5%程度と思われますので、やや多めですが有り得る請求数です。

 事故受付件数のうち、調査完了件数は121,730件、支払件数は92,887件ですから、1/4程度が無責と判断され、支払いが行われなかったようです。このことから、少しの被害で請求した人が多かったと推察されます。支払保険金は71,662,461千円ですから、1件当たりの支払保険金は77万円程度です。現在の地震保険の支払限度額は建物5000万円、家財1000万円で、支払区分と支払保険額は全損・100%、大半損・60%、小半損・30%、一部損・5%ですから、殆どは支払保険金額が5%の一部損だったと考えられます。

地震保険と罹災証明の一部損壊家屋数の乖離

 2017年度の地震保険の加入率は全国平均が31.2%で、大阪府は32.2%です。家財の支払を無視して逆算すると、一部損の家屋数が30万弱に及ぶことになります。この数は、自治体が罹災証明書で認定した一部損壊家屋数41,459とは一桁異なります。なぜでしょう。

 罹災証明書の一部損壊に対しては公的支援が殆どありません。全壊や半壊は、災害救助法や被災者生活再建支援法により多くの公的支援が受けられますが、一部損壊は支援の対象外になっています。罹災証明を請求してもメリットがないため、一部損壊数が少なかったのだと想像され、一部損壊数の過小評価が起こっているようです。これに対し、一部損壊でも5%の保険金が支払われる地震保険は、契約者の多くが支払い請求をしたのだと思われます。保険会社から契約者に個別に連絡があったとも聞きますから、保険会社の丁寧さも寄与したのだと思います。

大阪府北部の地震と阪神・淡路大震災の支払い保険金

 大阪府北部の地震の支払件数約93,000件、支払保険金約717億円に対し、阪神・淡路大震災での支払件数は約65,000件、支払保険金は約783億円です。大阪府北部の地震と比べ、支払件数が2/3で平均支払保険金は120万円程度と1.5倍強です。当時の地震保険加入率の全国平均は9.0%です。兵庫県の加入率は低く4.8%で、保有契約件数は9万2千件でした。したがって、地震保険契約者の2/3以上が保険請求をしたと考えられ、被害の甚大さが分かります。

 当時の支払限度額は、建物1,000万円、家財500万円で、支払い区分は、全損・100%、半損・50%、一部損・5%でした。全壊10万棟、半壊14万棟、保険加入率5%とすると、支払保険金は、(10万+14万×0.5)×1000万円×0.05=850億円となります。このことから、阪神・淡路大震災では保険金の殆どが全半壊家屋に使われ、一部損壊家屋への支払保険金は少なかったことが想像されます。一部損壊の支払が殆どだった大阪府北部の地震とは全く異なります。

今、阪神・淡路大震災が起きたら

 阪神・淡路大震災での全半壊家屋数を用いて、現在の支払限度額や加入率で支払保険金を求めてみると、(10万+14万×0.45)×5000万円×0.312=2.5兆円となります。すべての家屋が限度額で加入しているとは思えませんが、一部損壊や家財被害も含めると東日本大震災の支払保険金を遥かに超えることになります。東日本大震災が起きた2010年度の地震保険加入率が23.7%、だったのに対し、現在は31.2%と向上していることも関係しています。

南海トラフ地震を前にして

 発生が懸念されている南海トラフ地震の家屋被害は、最悪、全壊240万棟、半壊260万棟が予想されています。全半壊の建物だけで、(240万+260万×0.45)×5000万円×0.312=55.7兆円もの支払保険金になります。これは、現在の地震保険の支払保険金総額11兆3千億円を遥かに超えます。これに一部損壊や家財の支払保険金を加えるとさらに膨れ上がると思われます。ちなみに、2017年度末の保険積立金は1兆8,718億円ですから、11兆3千億円を支払うとしても、政府から10兆円弱の借り入れをする必要があります。

 南海トラフ地震のような巨大な災害では、地震保険に頼るのではなく、耐震化などの事前防災を進めるしかありません。従来、想定東海地震の直前予知を前提とした大規模地震対策特別措置法では、警戒宣言発令時には地震保険への加入はできませんでした。しかし、昨年11月に、警戒宣言が事実上凍結され、異常な現象があった場合には南海トラフ地震に関する情報(臨時)が発表されることになりました。臨時情報発表時には地震保険加入が殺到すると思われます。その時の対処など、今から考えておく必要がありそうです。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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