安政東海地震から163年、今日起きたら社会の混乱は?

下田港で津波に翻弄されるディアナ号(モジャエスキーの絵図・ロシア海軍博物館蔵)

東海地震の直後

 163年前の1854年12月23日午前9時頃に安政東海地震が発生しました。米国のペリーが浦賀沖に来航したのは前年の1853年7月8日です。ペリー来日中に将軍・家慶が命を落とし、将軍継嗣問題でもめた後、家慶の子・家定が将軍に就きました。政治が混乱する中、1854年3月31日のペリー再来日時には、老中・阿部正弘と水戸藩・徳川斉昭が相談し、日米和親条約を締結しました。3か月後の7月19日には伊賀上野地震が起き、さらに12月23日に安政東海地震が発生しました。伊豆・下田では、来日中のロシアの提督・プチャーチンと日露交渉を行っていました。地震による津波で、下田港に停泊中のディアナ号は大きく損壊し、その後、伊豆・戸田への曳航中に沈没します。

 この地震で、静岡県から三重県にかけて強い揺れや津波で甚大な被害がでました。さらに、32時間後の翌日12月24日には安政南海地震が発生、和歌山県以西の沿岸が津波に洗われました。紀伊国・広村(和歌山県広川町)の庄屋・濱口梧陵が津波から村人を救った「稲むらの火」の逸話は有名です。安政東海地震と南海地震は典型的な南海トラフの地震で、江戸以西の西日本が広域に被災しました。震源域では、その後、余震が多発します。

 南海地震の40時間後の12月26には豊予海峡で地震が発生しました。1944年東南海地震の37日後に発生した三河地震や、2011年東北地方太平洋沖地震の翌日に発生した長野県北部地震、1か月後に発生した福島県浜通り地震などと同様、巨大地震の後の誘発地震だと考えられます。

 これらの地震に加え、安政東海・南海地震の後は、内陸で地震が頻発しました。中でも、翌年1855年11月11日に発生した安政江戸地震では、江戸の下町を中心に甚大な被害を出しました。その後、1858年4月9日の飛越地震まで大地震が続きます。1856 年9月23 日には江戸を台風が襲い高潮被害も甚大でした。1858年からはコレラが大流行します。長崎から始まり7月には江戸に達し多くの死者を出します。

 こういった災害と共に、日米和親条約締結から1858年7月29日の日米修好通商条約締結の間の開国派と攘夷派の対立もあり、幕藩体制が大きく揺らぎます。1858年6月4日には井伊直弼が大老に就任し、その後、8月14日に将軍・家定が没し、9月14日に戊午の密勅が下され、さらに安政の大獄と続き、1860年3月24日桜田門外の変での井伊の死へとつながります。

 東海地震と南海地震の連動、多くの誘発地震、台風との複合災害、疫病の蔓延、政変と、短い時間に社会が大きく動いた様子が分かります。過去の南海トラフ地震発生前後には、同様の社会の混乱が共通して認められます。さて、今、同じことが起きたらどうなるでしょう。

今、安政東海地震が起きたら?

 今この瞬間に、東海地震が発生したら、震源近傍の地震計で揺れをキャッチし、揺れの到達時間や震度を即時に算出し、緊急地震速報がテレビやラジオ、スマホなどから報じられ、強い揺れが予想される地域に警報が発せられます。さらに、揺れている最中に震度速報が報じられ、テレビは臨時ニュースに切り替わり、揺れに翻弄されるスタジオの様子が写し出されます。ほぼ同時に、お天気カメラなどによる被災地映像がリアルタイムで放映され、その後、大津波警報が発せられ注意が呼びかけられます。テレビ画面には、L字放送で各地の震度や津波、被害状況が表示されます。

 東日本大震災のように昼間の地震だと、地震後すぐに報道ヘリが飛び立ち、津波到達や被害の俯瞰映像の空撮映像が伝えらます。その後、被災地に入った取材陣が、家屋被害などの詳細を伝えると思われます。NHK総合テレビをはじめ各テレビ放送局は、1週間程度は24時間連続での災害特別報道の体制をとると思われます。

 被害が余りに広域のため、情報収集能力の限界もあり、情報は特定の地域に限られ、人口の少ない山間や海辺の孤立地域の被害情報が欠ける懸念があります。地震発生直後は、震源情報と震度、次に津波の予想到達時間が報じられ、避難の呼びかけなどが行われた後、1次的な被害情報や交通機関の途絶情報が伝えられると思われます。

 一方、ツイッターなどのSNSからは、孤立地域も含め、各地から被災の様子が刻々と伝えられ、情報が錯そうします。デマ情報が発信されることによる、混乱も予想されます。

 今日は土曜のクリスマスイブの前日の土曜日。会社や学校が休みで、外出している人も多いと思われます。土地勘のない場所で災害に巻き込まれた人たちは右往左往します。巨大地震の発生で、明日はクリスマスイブどころではないでしょう、正月もどうなるか分かりません。災害対応で、年末年始の休暇は返上かもしれません。学校も会社も人が居ないため、被害状況の確認もできません。

様々な観測データが生み出す混乱

 暫く経つと、気象庁が緊急記者会見を行い、南海トラフの一部の震源域で地震が発生したことを伝え、「南海トラフ地震に関連する情報」(臨時情報)を出して、南海トラフ地震との関連について調査を開始することを発表します。その際には、余震の発生に加え、西に隣接する南海地震の発生への注意喚起をすると思われます。おそらく、1707年の宝永地震では、ほぼ同時もしくは短い時間差で南海地震が起きたこと、1854年の安政地震では32時間後に、1944年の昭和地震では2年後に南海地震が生じたことを伝え、南海地震の連動発生への懸念を示し、さらに、昭和東南海地震の1か月後に三河地震が発生したことなどについても触れ、被災地域以外の地域にも誘発地震への警戒について付け加えると思います。場合によっては、1707年の宝永地震を引用して富士山の噴火についても触れるかもしれません。

 気象庁は「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」を緊急開催し、その結果に基づき「南海トラフ地震に関連する情報」(臨時情報)を逐次発表することになります。正確な地震発生予測が困難だと言われる中で、種々の観測データが得られ公表されるので、これらの解説をすると思われます。この臨時情報を受けて、内閣府防災担当は、関係省庁災害警戒会議を開催し、政府として何らかのメッセージを発することになります。

 こういった状況の中、テレビ各局は、地震学者を学識者として登場させ、リアルタイムで観測される各種のデータを見ながら今後の地震の発生の推移について、種々の見解を伝えると想像されます。何の情報も発信されなかった過去の南海トラフ地震とは異なり、不確かな見解が色々示される中、社会に不安感が蔓延すると思われます。とくに、南海地震の予想被災地である和歌山県以西の地域では、南海地震の連動発生を心配しながら、各自の判断での安全点検・対策や避難などの安全行動が求められます。

 和歌山以西の沿岸部では、津波到達の暇の無い地域に居住する避難が困難な人たちに対して、事前の高台避難など、行政から何らかの指示があると思われます。各機関は、学校の休校、商業施設の閉店、海辺の公共交通の運行停止などの判断を迫られます。各所で、食料や水などの備蓄品、発電機、ブルーシートなどの買いだめもおき、社会が混乱することになると思います。

 東海地震の予知が困難とされ、政府として明快な方針が決まっていない現時点は、おそらく、マスメディアの報道の仕方、交通機関の運行や小中学校の休校の有無などによって、社会の行動の仕方が左右されると思われます。こういった混乱を避けるため、統一的な対応ができるよう社会の合意形成が望まれており、現在、静岡県、高知県、中部経済界などをモデル地域として、今後の課題について検討が進められています。

地震直後の状況

 強い揺れを受けた場所では、古い家屋などが倒壊し道路を塞ぎます。木造家屋密集地では火災が発生し、消防力不足で延焼が拡大します。沿岸部では、液状化によって建物が傾いたり、道路に段差ができ、さらにそこを津波が襲い、低地が浸水します。また、海抜ゼロメートル地帯では破堤によって、津波到達前から浸水が始まり、浸水地の損壊した家屋内には多くの人が閉じ込められたままになります。

 安政東海地震と同様、朝9時の地震であれば、平日なら、多くの人は職場や学校に滞在しており、出張中の人も多いと考えられます。もし1~2時間早く地震が発生すれば、多くの人は通勤・通学の途上です。深夜の地震であれば、自宅の中にいる人がほとんどです。今日のように週末の土曜日だと、いつもとは違う商業地や行楽地を訪れている人が多く、平日とはずいぶん状況が異なります。

 地震直後は、津波危険度の高い場所や、海抜ゼロメートル地帯など破堤による浸水危険度の高い場所では速やかな避難行動が必要です。木造密集地域で地震火災が発生した場合にも速やかな避難が必要になります。避難の必要のない場所では、救出活動や消火活動、職場・学校に滞在する人の安全確認と施設の安全点検が必要です。災害時には消防・救急力に限界がありますから、隣近所での救助・救急活動が必要となります。

 震源域に近い静岡、愛知、三重の3県では、高速道路は閉鎖、新幹線・在来線は運行停止になり、安全点検が終わるまでは再開されません。鉄道の相互乗り入れが行われている大都市では、その影響がさらに拡大します。このため、多くの人が行き場を失いターミナル駅などに大量の帰宅困難者が発生します。

停電による情報の途絶など

 地震直後は、火力発電施設の多くは強い揺れで緊急停止し、広域に停電が広がります。発電施設が損壊すれば停電は長期にわたります。また、津波による瓦礫で航路が閉塞されてタンカーの入港が困難になれば燃料やLNGの備蓄が枯渇します。工業用水が途絶えれば、製油や発電ができなくなります。燃料やタンクローリーの不足、道路閉塞などにより燃料輸送が滞れば、非常用発電機によるバックアップも難しくなります。

 災害時に最も重要となる情報伝達は、光ファイバーを用いた固定系の通信が切断されたり、携帯電話やPHSの基地局と交換機施設との通信回線が切断されると広域で携帯電話やインターネットが利用できなくなります。最近では、携帯電話の基地局の非常用発電が停止したときなどに備え、大都市では大ゾーン基地局が整備され、何とか携帯での通信は維持されますが、輻輳が懸念されます。

 被害の全体像に関する情報はテレビから入手するのが望まれますが、停電時には自動車のナビやスマホを介することになると思われます。地域固有の被害情報はラジオから収集し、Wifiなどが生きていればスマホからホームページなどで情報収集することになります。家族の安否確認は、災害用伝言ダイヤルや災害用伝言版などで行われます。また、ツイッターやラインなどのSNSからの情報取得も行われ、かつてと違って多様な情報入手が行われます。情報通信技術の進展で便利な社会になった反面、紙ベースでの情報伝達手段は弱くなっています。

被災地での道路啓開と救助・救援活動

 被災地での救助・救援・医療活動は、誘発地震や余震の不安の中、困難を極めることになります。今日のように週末の地震では、どんな組織でも要員が多く不足します。まずは、災害対応要員が緊急参集しなければいけません。

 最初に、救出・救助と道路の早期啓開を行う必要があります。余震が頻繁に発生する中、救出・救助活動のために消防や自衛隊が緊急出動し、自衛隊の施設部隊や地元建設業者を中心に道路啓開が行われます。しかし、被災地の広域さ故に人員や資機材が大きく不足します。道路啓開は緊急輸送道路などを優先した対応が行われ、他の道路は復旧が遅滞します。とくに、津波浸水地域・液状化地域・家屋倒壊の多い地域では、啓開に時間がかかります。万一、橋梁などの構造物が損壊すれば、再開には多大な時間を要します。長期にわたって物流が途絶えれば、製造業を中心に産業に大きな痛手が生じます。

 道路には、NEXCOの高速道路、国道、都道府県道、市町村道、農道など多種があり、管理者が異なります。都道府県道や市町村道は隣接自治体間での連携は十分ではありません。また、各組織は、建設業者と別々に災害時応援協定を締結しています。このため、災害時には、啓開の優先順位などについて、道路を管理する組織間での連携・調整が不可欠です。

 東日本大震災に比べ、被災者が遥かに多いため、自衛隊、消防、警察、医療などの対応資源が何れも大きく不足します。他地域からの支援が望まれますが、被災者に比べ人員が量的に不足します。南海地震の予想被災地域では、南海地震の連動発生に備える必要があり、応援隊の派遣に躊躇することも考えられます。

 このため、耐震化対策や組織間連携などの事前準備の重要度が高くなります。公的支援の限界を前提に、被災地域の住民による救助・救援力を育んでおく必要があります。

避難の長期化と受忍限度

 強い揺れに見舞われた地域では、ガスや上下水道などの地中埋設管が破断します。地上に敷設された電気・通信設備に比べ埋設物の復旧には時間を要します。長期にこれらが途絶すれば、炊事、トイレ、入浴など日常生活に支障を来たします。また、高層マンションなどは、停電すれば、エレベータが使えず、水のポンプアップなども困難になります。強い揺れへの恐怖もあり、多くの人が避難所に集まって、避難所は収容人数を超えてあふれます。被災者が余りに多く、救援物資は十分に届きません。

 社会の根幹となるライフラインの復旧が遅れることで、社会機能が長期間低下します。海抜ゼロメートル地帯は長期湛水し、復旧の手が付きません。地震火災で延焼した地域や家屋倒壊が著しい地域の瓦礫撤去には時間がかかり、地域の復旧・復興に時間を要します。仮設住宅の建設も、建設資材や作業員の不足で十分な数を用意できず、空き家などのみなし仮設住宅を活用しても数が足りません。

 このため多くの人たちが、被災地外に疎開をします。しかし、関西以西の地域は、南海地震の懸念があるため、多くは、北陸や関東以北を選ぶと思われます。富士山噴火のことを心配する人は、疎開地域を悩むことになりますが、知人を頼る人は首都圏を疎開地に選択する人が多いと想像されます。

 一方、南海地震を警戒して事前避難した人や、業務を停止した組織も、受忍限度を超えるため、東海地震発生後、数日間経過しても南海地震が発生しなければ、通常の生活に戻る人や組織が増えてくると考えられます。ただし、子供が首都圏に居住している高齢者の中には、これを機会に首都圏に引っ越す決断をされるケースもあると思われます。

産業の衰退

 発電所が被災すると復旧に長時間を要するため、計画停電が行われます。工業用水が届かなければ、製油所や製鉄所、発電所の再開ができません。ガスや上下水道も長期途絶する可能性があります。産業界の事業継続には、これらのライフラインの早期復旧が不可欠です。

 また、津波によるがれきによって重要港湾の航路が塞がれ、LNGタンカーや石油タンカーが長期間運航できなくなると、その影響は発電や製油、石油化学産業にも及びます。原材料の輸入ができなければ鉄鋼や食品産業が影響を受け、コンテナ船や自動車運搬船が使えなければ、さらに広い産業に影響します。

 サプライチェーンに依存する製造業は物流の回復が事業再開の前提になります。また、浸水地域などの部品工場は早期の業務回復は困難です。代替のきかない部品が供給停止になれば、その影響は国内だけでなく世界にも及びます。

 被災した工場の補強や損壊した製造機械・設備の修理をしようとしても、民間の建設業やメーカーの人員が不足します。とくに製造業が集積する地域では人と資機材の不足が顕著になりますので、製造所内で対応できる事前準備をしておく必要があります。また、そもそも公共交通機関が再開しなければ、従業員が出勤できない製造工場では長期停止します。

 このように、我が国は経済的に大きなダメージを受け、産業復興が大きく遅滞します。それに加え、南海地震の連動発生の懸念もあり株式市況や為替相場も大きく下落します。このため、大規模災害時に予想される事態をできるかぎり想定し、産業維持のためのボトルネックを抽出し、予め治癒・切除しておくことが望まれます。

 現代社会は、安政東海地震の社会とは大きく異なります。農業中心で職住近接の地域共同体社会、幕藩体制で自律分散の地産地消社会、井戸、かまど、汲み取り便所、燈明を使う自立的生活社会、人間や社会の生きる力の逞しさなど、当時は、ある意味、災害に強い社会でした。科学技術は進化したものの、便利で相互依存の強いゆとりのない社会、情報過多の社会の現状を踏まえ、過去の災害を今に置き換えて、見たくないことにも目を背けず、災害対策を進めることが望まれます。