サイエンス・コミュニケーターに転身

 日本テレビの人気アナウンサー、桝太一さんが、今年3月末で日本テレビを退職しサイエンス・コミュニケーターになることを発表しました。

 超人気アナウンサーの転身ということで、大きな話題になっています。

 東京大学農学部を卒業し、修士課程まで出た後にアナウンサーになった桝さん。最近は雑誌現代化学(東京化学同人)の中で、様々な科学者とのインタビュー記事を掲載するなど、この分野に非常に関心が深いことは分かっていました。

現代化学2022年2月号

【対談】

桝太一が聞く「サイエンスコミュニケーションの今」

「科学を伝える」とはどういうことか

山中伸弥 × 桝 太一

 私もこのような非常に人気のある方がサイエンス・コミュニケーターになることを大いに歓迎します。なぜなら私はかつて科学と社会の間をつなぐサイエンス・コミュニケーションを行うNPO法人、その名もNPO法人サイエンス・コミュニケーションを立ち上げ活動していたことがあるからです(今は解散)。

 少なくとも一般の人以上にサイエンス・コミュニケーターに関心が高いと思いますので、ここでは私の視点から、サイエンス・コミュニケーターについて解説したいと思います。

サイエンス・コミュニケーションとは

 サイエンス・コミュニケーターを語る前に、まずはサイエンス・コミュニケーションとは何かを考えてみたいと思います。

 桝さんが勤務することになる同志社大学の渥美友里氏は以下のように述べます。

狭義では、科学者が一般市民に科学的知識を伝えることをサイエンスコミュニケーションと呼ぶことができます。しかし、北原(2012)は、「科学の知識を伝えることが最重要目標ではなく、科学的知識を基盤としてコミュニケーション、すなわち、人と人の間の相互理解が行き渡る社会の構築が重要ではないか」と述べています。つまり、科学者が科学的知識を一方的に与えるだけでなく、科学的知識を元に科学者、一般市民、政治家やマスコミなど様々な立場の人が対話することを、広義のサイエンスコミュニケーションと呼ぶことができるのです。

今こそサイエンスコミュニケーションの出番だ!

 科学を分かりやすく伝えるというのが一般的なイメージだと思いますが、意外に広いですね。

 そして、このサイエンス・コミュニケーションを行う人がサイエンス・コミュニケーターです。

 米村でんじろうさんのようにテレビ番組に出演し、科学の面白さを伝えるというのが一般的なイメージだと思いますが、科学番組や、理科実験を行う出前授業なども、サイエンス・コミュニケーターの活躍の場ですね。

日本でのサイエンス・コミュニケーション元年は2005年

 さて、このサイエンス・コミュニケーションですが、日本で「元年」とされるのが2005年です。

 この年に、北海道大学、東京大学、早稲田大学に、サイエンス・コミュニケーションを教える組織が作られたからです。

 では、なぜ2005年にこうした動きが起こったのでしょうか。

 その理由は、2004年の科学技術白書を読むとよく分かります。

白書第1部これからの科学技術と社会の第3章では「社会とのコミュニケーションのあり方」を取り上げています。ちょっと長くなりますが、引用します。

 科学技術政策研究所の調査資料「科学技術理解増進と科学コミュニケーションの活性化について(2003年11月)」によれば,「科学コミュニケータ」とは科学技術の専門家と一般公衆との溝を埋める役割を果たす人を言い,具体的には,マスメディアの科学記者,サイエンスライター,科学館・博物館関係者,大学・研究機関・企業等の広報担当者,理科・科学の教師,科学技術リテラシー向上に関わるボランティア,のような人々を念頭に置いている。このような科学技術コミュニケータは,前述したような科学技術と社会をつなぐ役割を果たす重要な存在である。

 研究者を対象とした意識調査においても,我が国においては,科学技術を取り巻く様々な人材の中でも特に,科学技術と社会を媒介していくための人材について,質・量ともに不足感が高いとの結果が出ている(第1-2-30図)。これらの状況からは,科学技術に関して高い見識を備えた十分な数の科学技術コミュニケータを育成する必要があると言える。

第1節 科学技術に関する国民意識の醸成 3.  科学技術と社会をつなぐ人材の養成

 こうした機運が高まり、政策としてサイエンス・コミュニケーションが推進されるようになり、サイエンス・コミュニケーターが養成されるようになります。

 なお、私が仲間とともにNPO法人サイエンス・コミュニケーションを立ち上げたのが2003年。こうした動きよりちょっと前です。若干ではありますが、政策の動きを先取りできました。その頃は、まだ少なかった本職のサイエンス・コミュニケーターの方に、なんでそんな名前を付けたのか、と苦情を言われたこともありました。懐かしい思い出です。

 そして2006年。科学技術週間にあわせ、日本学術会議が科学技術振興機構とともに、日本全国で「サイエンスカフェ」(お茶を飲みながら科学者と一般の人が語らうベント)を行うという企画を実施しました。

「サイエンスカフェ」の全国展開について(科学技術週間(4月17日~23日)に全国20ヵ所で開催)

 私たちのNPO法人でも、大阪の應典院というお寺でサイエンスカフェを行いました。

 このような動きもあって、次第に全国にサイエンス・コミュニケーションを行う人たち、サイエンス・コミュニケーターが増えていきました。

 現在では、本田隆行さん大草よしえさんのような独立したサイエンス・コミュニケーターも活躍しています。

 ただ、それ以前から、「サイエンス・コミュニケーター」という名前こそなかったものの、科学を面白く、分かりやすく伝えてきた方々が多数いたことは忘れてはならないでしょう。

震災、原発事故での批判

 ただ、日本科学未来館のように、専従のサイエンス・コミュニケーターを雇う組織も出てきましたが、多くはボランティア、草の根の活動でした。私たちのようなNPO法人や個人、法人格を持たない団体などが各地で地道に活動をしていきました。

 そこに試練が訪れます。

 2011年3月11日の東日本大震災と、福島第一原発事故です。

 当時放射線の影響について多くの人たちが知りたいと願いましたが、残念ながら、ボランティア中心のサイエンス・コミュニケーターでは、対応が難しかったと言わざるをえませんでした。普段はサイエンス・コミュニケーションを行ってこなかった専門的な知識を持つ研究者が、こうした状況に立ち向かいました。

 こうして「サイエンス・コミュニケーターなど役に立たない」といった批判が沸き起こったのです。

 これは若干酷な状況だと言えます。

 サイエンス・コミュニケーションは平時のコミュニケーションであり、非常事態には「クライシス・コミュニケーション」という別のコミュニケーションの在り方が必要とされます。

クライシスコミュニケーションとサイエンス/リスクコミュニケーションに関する試論

 ボランティアのサイエンス・コミュニケーターに「クライシス・コミュニケーション」を求めるのは、過大な要求と言えます。

サイエンス・コミュニケーションの課題

 しかし、こうした批判から学ぶべきところもあります。

 サイエンス・コミュニケーションは、一般市民に科学を分かりやすく伝える、いわば「理解増進」活動とみなされることも多かったですが、この記事の前半であげたサイエンス・コミュニケーションの定義によれば、「科学的知識を基盤としてコミュニケーション、すなわち、人と人の間の相互理解が行き渡る社会の構築」もサイエンス・コミュニケーションの重要な役割です。

 原発事故や現在進行形の新型コロナウイルスの感染拡大のように、様々な異なる意見が飛び交い、対立するような厳しい状況下でも役割を果たすサイエンス・コミュニケーターが必要とされているのです。

 いわば「負のサイエンス・コミュニケーション」を行う人材をどう育てるか…。

 これが大きな課題と言えます。

桝太一さんに期待すること

 こうしたなか、桝さんがサイエンス・コミュニケーターになることに、大いに期待したいと思います。

 ここまで知名度が高いサイエンス・コミュニケーターはいなかったわけで、この分野が大いに活性化します。科学に関心が低かった「低関心層」に対してアピール力抜群ですし。

 科学者のなかからも期待の声が出ています。

 科学を分かりやすく伝える、理系版の池上彰さんになるだけでなく、それを超えて、科学の問題点や、答えが明確でなく、意見が分かれる「負のサイエンス・コミュニケーション」にも切り込んでくれたらと思っています。

 桝さんの今後の活躍に大いに期待したいと思います。