検査の現場で奮闘する臨床検査技師
新型コロナウイルスの感染拡大が「重大局面」を迎えてだいぶ経つ。医療現場の危機的な状況が盛んに報道されている。
こうしたなか、検体の採取やPCR検査の現場で奮闘するのが臨床検査技師だ。
検体数の増加に、休む間もなく働いている人もいる。
医療機関で採取された検体は、特別な感染防護策をとった所で、臨床検査技師らが試薬に入れ、ウイルスから遺伝子を取り出す。欧米ではより簡単な検査キットや機器が承認されているが、日本の衛生研究所などには古い機器が多く、手作業が多いという。
(略)
東京都健康安全研究センターは4月、検査機器を増やし、1日に検査可能な検体数を120から240に倍増した。担当者は「土日も休みなしに検査をしている。長期化すれば、マンパワーがもっと必要になる」と嘆く。
私は病理医なので、臨床検査技師の方々の働きを間近に見ている。病理医は、標本を作ってくれる臨床検査技師なしでは仕事をすることができない。大切なパートナーだ。
臨床検査技師は、「臨床検査技師等に関する法律」に基づく国家資格だ。
「臨床検査技師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、臨床検査技師の名称を用いて、医師又は歯科医師の指示の下に、人体から排出され、又は採取された検体の検査として厚生労働省令で定めるもの(以下「検体検査」という。)及び厚生労働省令で定める生理学的検査を行うことを業とする者をいう。
3年から4年、大学や厚生労働省が指定する臨床検査技師養成所で学んだのち国家試験を受け、合格したものだけが資格を得る。
臨床検査技師の仕事は多彩だ。臨床検査技師等に関する法律施行規則に基づき、以下のようなことを行う。
- 微生物学的検査
- 免疫学的検査
- 血液学的検査
- 病理学的検査
- 生化学的検査
- 尿・糞便等一般検査
- 遺伝子関連・染色体検査
- 心電図検査(体表誘導によるものに限る。)
- 心音図検査
- 脳波検査(頭皮誘導によるものに限る。)
- 筋電図検査(針電極による場合の穿せん刺を除く。)
- 基礎代謝検査
- 呼吸機能検査(マウスピース及びノーズクリップ以外の装着器具によるものを除く。)
- 脈波検査
- 熱画像検査
- 眼振電図検査(冷水若しくは温水、電気又は圧迫による刺激を加えて行うものを除く。)
- 重心動揺計検査
- 超音波検査
- 磁気共鳴画像検査
- 眼底写真検査(散瞳どう薬を投与して行うものを除く。)
- 毛細血管抵抗検査
- 経皮的血液ガス分圧検査
- 聴力検査(気導により行われる定性的な検査であつて次に掲げる周波数及び聴力レベルによるものを除いたものに限る。)
- 基準嗅覚検査及び静脈性嗅覚検査(静脈に注射する行為を除く。)
- 電気味覚検査及びろ紙ディスク法による味覚定量検査
これに加え、検体の採取もできる。
臨床検査技師は、保健師助産師看護師法(昭和二十三年法律第二百三号)第三十一条第一項及び第三十二条の規定にかかわらず、診療の補助として採血及び検体採取(医師又は歯科医師の具体的な指示を受けて行うものに限る。)並びに第二条の厚生労働省令で定める生理学的検査を行うことを業とすることができる。
こうした多彩な業務を行い、医療現場になくてはならないのが臨床検査技師なのだ。
ただ、PCR検査に従事できる臨床検査技師は多くはない。
「肉眼で画像として見えるように、遺伝子を増幅させるわけですが、検査にふさわしい状態にまでするのは難しい作業ですね。技師は、国に20万人登録して、そのうち8、9万人が働いていますが、1割に当たる9000人ほどが遺伝子の検査ができます。しかし、すぐにできるわけではなく、本来は、時間をかけて熟練しなければいけません」
低い認知度
ところが、これだけ活躍している臨床検査技技師のことを知っている人は少ない。
一般人105名を対象に,「病院 で働く人々の職種を思いつくままに思いついた順番に列挙してください」という簡単なアンケートを行った.その結果,医師と看護師が思い浮かんだ方はほぼ 100%,薬剤師は 55.2%,(著者補足:診療)放射線技師は 44.8%であった.それに対し,臨床検査技師が思い浮かんだ方はたったの 25.7%の方しかいなかった.
私もTwitterで簡単なアンケート調査を行った。あくまで病理医である私をフォローしてくださっている人中心ということもあって、認知度は高いのだが、それでも知らないという人もかなりいた。
報道でも、臨床検査技師と正しく表記せず、「検査技師」と略すものもちらほら見かける。
業務独占できない
臨床検査技師が直面する問題は、認知度にとどまらない。臨床検査技師しかできない仕事がないのだ。
昭和33年7月に施行された臨床検査技師法(臨床検査技師等に関する法律)で、臨床検査技師は名称独占にとどまり(第四章第二十条)、業務独占していない。臨床検査技師の業務として法律上に記載されているのは、採血と生理検査だけである(第四章第二十条の二)。看護師はもちろんのこと、無資格者が臨床検査技師と同じ仕事をしても実は違法でない。
その後法改正がなされ、前述のように検体の採取もできるようになったが、臨床検査技師の資格がなくてもできる仕事が多いのだ。
その一つが、まさに今、臨床検査技師が身を粉にして取り組んでいるPCR検査だ。
例えば、新型コロナウイルスのPCR検査要員を募集するとある求人広告には、「PCRを始めとした遺伝子関連実験の経験のある方 学生のみのご経験の方や、ブランクのある方もOK」と書かれていた。臨床検査技師の資格を持っていなくても良い。
一部の医師たちの意識
さらに、一部の医師たちが、臨床検査技師を軽視する意識を示すことがあるのも問題だ。
私も、臨床検査技師たちに高圧的な態度を取る一部の医師を目撃したことがある。臨床検査技師が意見をいうことを不快に思う医師もいる。
「四の五の言うな。だまって検査すればいいだけだ。」との声も聞こえてきそうな勢いだ。そんな気はなくとも検体を出す側(例えば医師)は強者であり、受け取り側(検査技師)は弱者という関係は暗にあるのは事実であり、後者は前者に遠慮がちである。強者は弱者にやさしくなくてはならない。手垢が付いた言葉のようだが、One teamとして両者が尊重し合う関係がほしい。
こうした医師=強者、臨床検査技師=弱者という意識は、法律に起因する立場の弱さが原因でもある。
臨床検査技師法で、臨床検査技師は医師あるいは歯科医師の「指示」に従って業務を行わねばならない(第一章第二条)。つまり、医師の言うことを素直に聞く技師がもてはやされる。指示されたことはきちんとするが、言われないことはやらないのが原則。勉強不足の医師による不適切な検査オーダーは適切に修正するのがプロの技師の仕事のはずなのに!
重要な仕事をしているにも関わらず、認知度は低く、業務独占でもなく、意見は言いにくく、弱者扱い…。これではあんまりだ。
「臨床検査技師」と略さず言おう
最近、新型コロナウイルスと闘う医療者を称えるという動きが増えてきている。しかし、称える対象に臨床検査技師を意識したことがある人がどれくらいいるだろうか。
ぜひ臨床検査技師のことを知って、「検査技師」「技師」「テクニシャン」などと呼ばず、きちんと正式名称で呼ぶことから始めよう。
4月7日、安倍首相は記者会見で以下のように述べた。
まず冒頭、全国各地の医師、看護師、看護助手、病院スタッフの皆さん、そしてクラスター対策に携わる保健所や専門家、臨床検査技師の皆さんに、日本国民を代表して、心より感謝申し上げます。新型コロナウイルスとの闘いの正に最前線で、強い責任感を持って、今この瞬間も一人でも多くの命を救うため、献身的な努力をしてくださっていることに心からの敬意を表したいと思います。
「臨床検査技師」とはっきりと述べたことに、臨床検査技師の方々からは驚きと評価の声が上がった。
これは、臨床検査技師の団体である一般社団法人日本臨床衛生検査技師会の会長、宮島喜文氏が、自民党の参議院議員であるのが大きいと思われるが、こうした反応が出るほど、活躍に見合った認知度がなく、評価されていないということを表していると言えるだろう。
安倍首相の会見の前には、臨床検査技師に関するある動画が話題になった。
医師や他の医療関係者も含めて、臨床検査技師のことをもっと多くの人が知るべきだと思う。
上述の宮島氏は、学会員向けメッセージの中で以下のように述べる。
私達、臨床検査技師が果たすべきミッションは、
各地域や各施設におけるPCR検査体制の構築の支援
検体採取とPCR検査への人的支援
をすることであります。
新型コロナウイルスの検体採取、取り扱い、PCR検査含め、獅子奮迅の働きをしている臨床検査技師の方々にエールを送ると同時に、防護服等も含めた物的支援の充実等の、言葉だけではない具体的な支援を加速したい。
PCR検査に関して言えば、大学などに手技に習熟した研究者が多くいる。こうした研究者の力を活用するのも重要だ。
東京慈恵会医大では、基礎系の研究室が東京慈恵会医科大学 Team COVID-19 PCRセンターを立ち上げた。こうした取り組みは、PCR検査の拡大と臨床検査技師の負担軽減につながるものと期待できる。
もちろん、臨床検査技師の仕事はPCRだけではないし、新型コロナウイルスに関わることだけではない。
臨床検査技師の重要性はますことはあっても減ることはない。これからもパートナーとして、共に歩んでいけたらと思っている。
【追記】
臨床検査技師とともに重要な資格のひとつに衛生検査技師がある。2005年で廃止され、2011年で新規免許の公布がなくなったものの、まだ免許をお持ちの方々がいらっしゃる。
衛生検査技師の方々にも敬意を表したい。