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人工乳房で血液がん発症の衝撃

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
乳房再建や豊胸術に使われる人工乳房の一部が悪性リンパ腫を誘発することが明らかに(写真:アフロ)

人工乳房で悪性リンパ腫発症

 乳がんで乳房を失ったときや、豊胸術の際に使われる人工乳房(インプラント)。この一部が、血液のがんの一種、悪性リンパ腫を引き起こすことが明らかになり、日本でも最初の患者が確認された。

がんで切除した乳房の再建や豊胸手術などで使う「ゲル充填人工乳房」が原因とみられるリンパ腫が国内で初めて見つかったと、日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会など関連4学会が7日、発表した。

出典:ゲル充填人工乳房でリンパ腫 国内初、厚労省が注意

 少し詳しく見てみよう。

 日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会、日本形成外科学会、日本乳癌学会、日本美容外科学会(JSAPS) の理事長が連名で文章を公表している。フランスで、日本でも承認されているアラガン社製品を含めたインプラントにより、未分化大細胞型リンパ腫(ALCL)という悪性リンパ腫が発症したことをうけて使用停止になった。この悪性リンパ腫は「BIA-ALCL(ブレストインプラント関連未分化大細胞型リンパ腫)」と名付けられている。

 この決定をうけて調査を行ったところ、日本でも悪性リンパ腫を発症した患者が一例見つかったという。

このフランスの決定を受けて日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会では乳房再建用エキスパンダー/インプラントの認定施設に対して緊急のアンケート調査を行いました。269施設から回答があり、ALCLを疑って検査を行った経験のある施設が16施設、このうち1例がALCLを疑うCD30陽性でした。このALCL疑いの患者についてその後専門施設において詳細な検査を行ったところ日本で初のBIA-ALCLという確定診断に至りました。

出典:日本形成外科学会ホームページ

 この悪性リンパ腫の発症にはインプラント挿入後10年以上かかるとされており、直ちにインプラントを取り除く必要があるわけではない。使用を禁止した国はフランス、カナダくらいで、アメリカなどは流通を許可している。

この BIA-ALCL においては、まれな疾患ですが早期発見が重要となりますので、10 年以降も引き続き、自己検診と医療機関での定期検診の継続をお願いいたします。また、異常を感じた場合にも受診をお願いいたします。

出典:患者向け文章

 厚生労働省もこれら学会の文章を受けて、注意勧告を行った。

報道は控えめだが…

 このニュースはヤフーニュースでトピックスに取り上げられているが、全体的に報道は控えめの印象を受ける。すべての報道機関が報じているわけではない。

 まれであり、今すぐ何かしないといけないというわけではないので、こうした反応なのかもしれないが、患者さんや医療関係者は知っておくべきと思う。患者さんは「ブレスト・インプラント(ゲル充填人工乳房)による乳房手術を受けた(受ける)方へ」をお読みいただきたい。

 とくに私とおなじ病理医は認識しておくべきだろう。というのも、未分化大細胞型リンパ腫の診断は、決して容易ではない。いっけん固形がんにみえてしまい、適切な「免疫組織化学染色」をしないと診断にたどり着けない可能性があるのだ。

Breast Implant Associated Anaplastic Large Cell Lymphoma (BIA‐ALCL): an overview of Presentation and Pathogenesis and Guidelines for Pathological Diagnosis and Management

 私はともかく、ベテラン病理医も専門が異なっていれば知らなかったという。

 今後様々な知見が蓄積されていくことだろう。

訴訟多発の恐れも

 まれな、かつそれほどたちが悪いわけではない病気だから、なんで騒ぐ必要があるのだろうと思われる人が多いと思うが、私の知人の医師は、これをきっかけに巨額の補償を要求する訴訟が多発するのではないかと予想している。

 諸外国で注意勧告や使用、販売禁止などの処置が行われているなか、日本では対応が遅れたために不利益を被った、という訴えが出てくるかもしれない。

 まだ調査が行われている最中であり、軽々しいことは言えないが、今後の情報などに注意していきたい。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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