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人はどうしてがんで死ぬのか~病理医の立場から考える

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
人は誰でも必ず死にます。だから、死から学ばなければなりません。(ペイレスイメージズ/アフロ)

がんは人を殺すが…

がん。悪性新生物。

勝手に増え続け、最後は宿主である人を死に至らしめ、がん細胞自身も死んでしまう、暴走する細胞。

こんな凶暴な細胞が体のなかにできたら、死んでしまうのは当たり前…そう思う人が多いだろう。確かに、大きなくくりで言えば、がん細胞は増え続けて人の体を破壊するので、人は死に至る。

けれど、実はことはそう単純ではない。体の大部分はまだ大丈夫なのに死ぬこともあれば、体中にがん細胞が散っているのに、比較的元気な人もいる。

なぜがんが人を死に至らしめるのか…私は病理医として、多数の病理解剖を行い、がん患者さんの最期に向き合ってきた。そして病理医としての立場から、がんが人を死に至らしめる理由を調べてきた。

既にこのテーマで何本も記事を書いてきたので、重なる部分もあるが、あらためてがんと死について考えてみたい。

その一~臓器を破壊する

がん細胞は、遺伝子が破壊され、増え続ける細胞だ。増え続けるため、周りの臓器を壊す。

また、血液やリンパ液に乗って遠くへ飛んでいき、そこで増え、臓器を壊す。これが転移だ。

壊された臓器が、生命の維持に重要な役割を果たす臓器ならば、それが死の原因になることがある。

呼吸をつかさどる肺、毒素を分解する肝臓、体の司令塔である脳、ときに心臓といった重要臓器が、その働きを維持できなくなるくらい壊されれば、人は死ぬ。こうした死に方は、皆さんががんで死ぬ理由として想像する死に方だろう。

その二~せき止める

がん細胞は血管やリンパ管のなかに侵入する。これが転移の原因になるが、ときに血管やリンパ管を詰まらせる。

血管が詰まれば梗塞が起こる。詰まった先に血液が流れなくなって、酸素不足、栄養不足で臓器が死んでしまう。また、体中の血液の流れが滞ることで「うっ血」が起きて、酸素や栄養が臓器に十分に供給されず臓器が死んでしまうこともある。

また、がん細胞の存在が、血液の成分に影響をあたえ、体中の小さな血管に「血栓」を作り、臓器に血液が流れなくなる。播種性血管内凝固症候群(DIC)も、死の原因として大きい。

リンパ管ががん細胞によってせき止められることがある。肺のリンパ管ががん細胞によって詰まると、リンパ液が肺に流れ出して息ができなくなる。これががん性リンパ管症だ。これが原因で亡くなる人も多い。

その三~出血する

がん細胞はときに血管を破壊する。大きな血管を食い破り、そこから出血することが、死の原因になることもある。

また、がん細胞は生きるために血管を体に作らせるが、もろく壊れやすいものも多い。がん細胞が壊れ、そこから出血することが死の原因になることもある。

肝臓がんのように、血液の流れをせき止めることで、食道や直腸に「静脈瘤(りゅう)」ができ、それが破裂し大出血することが死の原因になることもある。

また、上で挙げたDICは、血栓が体中にできることで、逆に血を固まらせる物質が不足してしまい、体中に出血を引き起こす。これも死に影響を与える。

その四~栄養不足

がん細胞は燃費が悪い細胞だ。大量のエネルギーを必要とする。がんに栄養を盗られた体はやせ衰え、免疫力が低下する。がん悪液質だ。

細菌やウイルスに感染しやすくなる。感染症もがんによる死の大きなものだ。

また、起き上がれなくなること、飲み込む力が弱くなることで、誤嚥性肺炎が発生しやすくなる。これもがんによる死因として大きい。

その五~血液の異常

がん細胞が体にあると、血液が異常になる。がん細胞が様々な物質を放出するのが原因だ。電解質(ナトリウム、カリウム、カルシウムといったミネラル)が異常になることもある。

ときに「マクロファージ」と呼ばれる、悪いものを食べて体を守っているパックマンみたいな細胞が、自分自身の血液を食べだすことがある。血球貪食症候群だ。これも死に至る原因になる。

がん細胞が抗がん剤や放射線の治療により急激に死んでしまうことで、死んだ細胞の物質が大量に血液に流れ込んでしまい、電解質のバランスが崩れること(腫瘍崩壊症候群)も、死の原因になることがある。

死から学ぶことの意義

このように、がんによる死は簡単ではない。原因は一つでないことも多く、私たち病理医も死因の特定に悩むことがある。

しかし、どうして死因を特定する必要があるのだろう。いくら調べても、患者さんは生き返らないではないか…

このように、生きている人ではなく、死んだ人にお金や時間をかけて調べることに疑問を投げかけられることがある。

「ようやるわ…」

解剖直前、ある医療者がさげずむように言った一言が忘れられない。「私は病理医に関わらないことを目標にしています」と言われたことも忘れられない。

しかし、死を直視することは辛く、悲しいことでもあるが、死から学べることは多い。

死の原因を知り、それに対する対策をたてることで、未来の命を救うことができる。

死が怖いのは、死を知らないからでもある。死の過程を知ることで、死をむやみに恐れなくなる。もちろん、それでも自分の存在が消えてしまう死というのは怖いのだが、不必要に恐れなくなる。

メメント・モリとは、「死を忘れるな」というラテン語の言葉だという。本来の意味ではないのかもしれないが、死を知ることは充実した生をおくるために必要なことだと思っている。

亡くなった人は、いま生きている私たちに、充実した人生を歩むための方法を教えてくれる先生なのだ。

以上、病理医の立場から、がんによる死について書いてみた。

この文章を小林麻央さんと、世界中のがん患者さん、そのご家族、そして、これからのがん患者になるかもしれないすべての人に捧げます。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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