食いちぎられた科学~トランプ政権予算案の衝撃

予想通りの科学予算大幅削減に衝撃が走っている(写真:ロイター/アフロ)

鋭すぎた牙

 予想通りといえば、予想どおりだ。

 前回の記事「トランプ政権、科学に牙を剥く」に書いたように、トランプ政権は反科学の姿勢を示してきた。だから、予想はしていた。

 しかし、それが現実のものとなると、恐怖を覚える。

 トランプ政権が公表した、10月からはじまる2018年度の予算案(予算教書)は衝撃的、いや、壊滅的だ。

予算案では環境保護庁(EPA)の予算を大幅に削減(31.5%)するだけでなく、NASAの衛星計画を無条件で打ち切り、エネルギー省科学局の予算を9億ドル(約1020億円)削減し、 「先進技術車両製造計画」を廃止し、 国立海洋大気庁(NOAA)の予算を2億5000万ドル(約283億円)削減するほか、国立衛生研究所(NIH)の予算も60億ドル削られるとみられる。これによりNIHの予算額は過去15年間で最低の水準となる。オバマ政権時にの末期に先進療法の開発・導入を促進する「21世紀の治療法案」が可決され、NIHへの予算拡充が約束されたが、もはやその予算がなくなったどころの話ではない。

出典:トランプ政権の予算案、「勝者と敗者」明暗くっきり

 むいた牙は鋭く、科学予算はズタズタに食いちぎられたと言っても過言ではない。

科学界は大混乱

 アメリカの科学界は今、ショックが大きすぎて唖然としているようだ。以下はウェブの記事だ。

 見出しだけでも、科学界が受けた衝撃が分かる。

予算100%カットの部局も

 A grim budget day for U.S. science: analysis and reaction to Trump's plan(米国科学の悲惨な一日:トランプの計画への分析と反応)から、その衝撃の大きさをみてみよう。

 同記事では、各機関、省庁などの削減率が出ているが、悲惨なのがARPA-E(エネルギー高等研究計画局)で、予算100%削減だ。

 このARPA-Eとは何か。

エネルギー高等研究計画局 (ARPA-E;Advanced Research Projects AgencyEnergy)は、エネルギー省がプログラム部局の新規部門として立ち上げたもので、国防総省のDARPAをモデルに、エネルギー分野でのハイリスク・ハイペイオフ型のファンディングを行っている。

出典:米国ARPA-E(エネルギー高等研究計画局)の概要

 ARPA-Eでは、エネルギー貯蔵、バイオエネルギー、エネルギー伝送、化石エネルギーに関するハイリスクの研究に資金を投入している。地球温暖化を否定するトランプ政権では意味がないと思われたのだろう。

 NIHの予算20パーセントのカットも大きな影響が出そうだ。

 NIHはアメリカ国立衛生研究所などと訳されるが、実態は、医学生物学研究に資金を提供する機関であり、白楽ロックビル氏はこの訳を不適切だと指摘する。

なお、白楽は、「NIH」を「アメリカ国立衛生研究所」と訳すのは間違っていると、何度も主張してきた。NIHは「National Institutes of Health」の略で、直訳すれば「国立健康研究所群」となる。実態を考慮すると、「生物医学研究機構」が適切だと思う。

(略)

白楽が、「生物医学研究機構」と「機構」を加えたのは、NIHは単なる研究所ではないからだ。予算の8割以上を全米の大学・研究所の生物医学(=生命科学)研究者に研究費として配分している。米国最大の助成機関でもある。そのためもあり、米国の生物医学研究体制のあり方、生物医学の動向・政策を議論・実施する集団でもある。だから「研究所」ではなく、「生物医学研究機構」なのである。

出典:白楽ロックビル氏ウェブサイト

 だから、NIHの予算減の影響は大きいのだ。

 記事によれば、この予算案では、限られた予算を現在進行中のプロジェクトに回さざるを得ないため、2018年には新しい研究資金がゼロになりかねないという。

 予算案では、開発途上国の科学者の訓練を専門とする研究所が一部廃止されるのではないかという懸念が出ているという。「アメリカファースト」には合わないということだろう。

 この記事には、研究機関からの様々な反応が紹介されているが、悲鳴のような声が聞こえてくる。

  • 「この予算案は、米国の技術革新と経済成長を阻害するだろう」(アメリカ大学協会)
  • 「(NIHのための)資金削減の規模はこれまでにないものであり、慢性および感染性疾患に対する科学的発見を遅らせる」(アメリカ微生物学会)
  • 「予算が実現すれば、科学的進歩のために後退し、イノベーションのリーダーとしての米国の役割を危険にさらし、米国の公衆に害を与える」(クリスティン・マッケンティー氏;米国地球物理学連合事務局長兼CEO)
  • 「残念ながら、行政のFY18予算は、世界のイノベーションリーダーとしてのアメリカの地位を維持するために必要な投資を蝕むだろう」(スチュワート・ヤング氏;アメリカン・イノベーションに関するタスクフォースのエグゼクティブ・ディレクター)

 引用はこれくらいしておけば十分だろう。

トランプ政権を心変わりさせる方法はあるか?

 公表されたのは予算案であり、まだ、議会で承認されたわけではない。これからの働きかけで、トランプ政権に心変わりをさせることができるだろうか。

 正直言って、その可能性は低いと言わざるを得ない。

 科学関連の機関や研究所は、トランプ政権にアプローチできる人脈を持っていない。そもそもいまだ科学アドバイザーすら任命していないくらいだ。科学への関心の乏しさはいかんともしがたい。いくら声明など出したところで届かないだろう。

 4月22日に日本を含めた全世界で予定されているデモ行進、March for scienceは影響を与えられるだろうか。

 これに関しては、科学界内部からも「それだけではだめ」という声が出ている。

 Nature誌は2月23日号の社説で、トランプ氏に投票した、科学の進歩から取り残されている人々のニーズや雇用の見通しに対処せよと述べる。

It is not Trump that scientists must respond to. The real question is what science can do for the people who voted for him. (科学者が対応しなければならないのはトランプではない。 本当に問われているのは、彼に投票した人々のために科学に何ができるかということだ)

出典:Researchers should reach beyond the science bubble

 この問いは、日本の科学者への問いでもある。

他人ごとではないトランプショック

 思い返せば、民主党政権時代の事業仕分けで科学予算の縮減の判定が出た時、ノーベル賞受賞者らが政権を厳しく批判した。

学術と科学技術は、知的創造活動であり、その創造の源泉は人にある。優秀な人材を絶え間なく研究の世界に吸引し、育てながら、着実に「知」を蓄積し続けることが、「科学技術創造立国」にとって不可欠なのである。この積み上げの継続が一旦中断されると、人材が枯渇し、次なる発展を担うべき者がいないという《取り返しのつかない》事態に陥る。

現在進行中の科学技術および学術に関する「事業仕分け」と称される作業は、対象諸事業の評価において大いに問題があるばかりではなく、若者を我が国の学術・科学技術の世界から遠ざけ、あるいは海外流出を惹き起こすという深刻な結果をもたらすものであり、「科学技術創造立国」とは逆の方向を向いたものである。

出典:声明文(ノーベル賞・フィールズ賞受賞者による事業仕分けに対する緊急声明と科学技術予算をめぐる緊急討論会)

 このとき、果たして「科学の進歩から取り残されている人々のニーズや雇用の見通し」に向き合ったのか。

 それから7年。自民党第2次安倍内閣で行政改革担当大臣を務めた河野太郎議員は、以下のように言う。

高齢化による社会保障の自然増をどう抑えるかという議論をしている中で、科学技術振興予算を増やせるというのはまったくの幻想です。

こういう予算の状況ですから、ないものねだりをするのではなく、ぜひ、限られた資金をどう効果的、効率的に使って最大限の成果を生むかを考えていかなければなりません。

出典:謹賀新年研究者の皆様へ

 科学は大事、科学予算は必要…こういうだけではもはやどうにもならない現実にどう向き合うか。

 海を挟んだアメリカの科学者が直面する問題は、日本の科学者にとっても大きな問題なのだ。