笑いごとではない「スーパー日本人」@阪大 垣間見えるのは科学技術政策へのツッコミ不足
自己啓発セミナー?
ハピネス?人間力?スーパー日本人?!ナニコレ、自己啓発セミナー?
ウェブがにわかに騒がしくなった。上の言葉は何を表しているのか。
実はこれは研究プロジェクトの題名だ。文部科学省の研究センター展開事業「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」に拠点として大阪大学(阪大)を中心とした「人間力活性化によるスーパー日本人の育成拠点~脳マネジメントで潜在能力を発揮できるハピネス社会の実現~」が選ばれていたのを、ウェブで「発見」されたのだ。
- 宗教法人大阪大学のハピネス社会とスーパー日本人
- 【スーパー日本人】 大阪大学「スーパー日本人の育成拠点 - 脳マネジメントでハピネス社会の実現」
- 「スーパー日本人」を育成 大阪大学のプロジェクトがヤバいと話題
- 「スーパー日本人を育成しハピネス社会を実現」 阪大の“脳マネジメント”研究が戦闘力上がりそうと話題に
- 「スーパー日本人」の育成でハピネス社会を実現? 大阪大学の産学連携プログラムにツッコミ殺到
- 大阪大学がスーパー日本人育成してハピネス社会にするらしい・・・
阪大大丈夫か、という声がウェブにあふれた。確かに謎のイメージビデオなど、突っ込みどころ満載で、ドラゴンボールへのオマージュもやりすぎ、という感じだ。
実はこのプロジェクトは2013年に選定されており、2年以上たっていきなり炎上するのがウェブ社会らしい感じもする(この点に関しては後半で考察する)。
しかし、これは別に「阪大がおかしい」という問題ではない。
文科省の思惑通りの企画
COIプログラムの拠点がどのような目的で選ばれたのか見てみよう。
この事業の説明会の資料をみると、この事業のコンセプトが分かる。説明会には動画もある。文科省が作った事業のイメージ動画まであり、ビッグバン、みたいな光が出てくる。
これをもとに、企業と大学が連携(産学連携)した拠点が選ばれており、そのなかにくだんの「スーパー日本人」が含まれていた。年間10億円までの予算が投入される。
選ばれた拠点はこちらでみることができる。
「スーパー日本人」の拠点はビジョン2 豊かな生活環境の構築(繁栄し、尊敬される国へ)に分類されている。
この短い文章を読むだけでも疑問がわいてくる。「人間力」とは何か。スーパー日本人とは何か。デバイスで潜在力を刺激されるって一体どういうことなのか。
参画機関には私の所属の近畿大学も入っている(利益相反開示)。
「スーパー日本人」以外には、「『以心電心』ハピネス共創社会構築拠点」、「「しなやかでほっこりした」社会を実現するため」の「活力ある生涯のためのLast 5Xイノベーション拠点」などが選ばれている。
ハピネスは文科省が求めたものだった。事業説明会の資料に「ハピネス社会」という言葉が出てきている。それぞれの拠点は、こうしたコンセプトに合うように事業を企画したのだ。阪大を批判するなら、そもそもの事業を作った文科省を批判しなければならないし、阪大以外の拠点にも目をむけなければならない。
問題はツッコミ不足
COIプログラムの企画から事業の公募、機関の選定、各拠点での活動開始…もうすでに3年近くたっているのに、どうしてウェブで炎上するような事業に今まで問題点が指摘されなかったのだろうか。
「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」ガバニング委員会には以下のような方々が選ばれている(公募当時の肩書)。
小宮山 宏 (株)三菱総合研究所 理事長、国立大学法人 東京大学 総長顧問
伊藤 穰一 MITメディアラボ 所長
川村 隆 (株)日立製作所 取締役会長
堀場 厚 (株)堀場製作所 代表取締役会長兼社長
松本 紘 国立大学法人京都大学 総長
三木谷 浩史 楽天(株)代表取締役会長兼社長
渡辺 捷昭 トヨタ自動車(株)相談役
また、COIプログラムを支援する構成化チームのメンバーは以下の通り(公募当時の肩書)
(総括ビジョナリーリーダー) 浜口 道成 名古屋大学 総長
植田 和弘 京都大学 経済学研究科長・経済学部長
梶川 裕矢 東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科 准教授
小池 聡 ベジタリア(株) 代表取締役社長
角南 篤 政策研究大学院大学 准教授
武内 和彦 東京大学サステイナビリティ学連携研究機構長・教授
土井美和子 (株)東芝 研究開発センター 首席技監
松尾 豊 東京大学大学院工学系研究科 総合研究機構 准教授
水野 正明 名古屋大学 医学部附属病院教授
吉川左紀子 京都大学 こころの未来研究センター長
吉川 正人 東レ(株) 研究・開発企画部 CR企画室長
いずれも一流の方々ばかりだ。ただ、こうした方々の多くは、いわゆる「理工系」出身であり、「ハピネス」や「スーパー日本人」を批判的にみる人文学の知の専門家が少ないという印象も受ける。「文系力」が足りなかったのか。
また、各拠点が企画を練る段階で、人文系の専門家にかかわってもらっていないのではないか。
それもあるだろう。それも含め、問題は科学技術政策へのツッコミ不足だ。
COIプログラムの様々な資料はオープンにされてきた。問題は公開された資料を批判的に吟味する人が圧倒的に不足しているということだ。私自身、メールマガジンで科学技術政策の情報をウォッチしているし、もちろんこのCOIプログラムのことも知っている。しかし、ツッコムところまでは余裕がなかった。
今回は突然「発見」され「炎上」したが、多くの人たちが科学技術政策の問題を「発見」し、ツッコミを入れていくことはとても重要だと思う。研究者や政策担当者もこうしたツッコミから学べることが多いだろう。
科学技術政策には多額の予算が投入されている。その予算を有効に使い、人々の幸せ(それこそハピネスか…)により役立つためにも、日ごろから科学技術政策に関心を持ち、ツッコミをいれていきたいものだ。