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地域の価値を高校生たちが再発掘する、新しい旅と学びの形

江口晋太朗編集者/リサーチャー/プロデューサー
(写真:森田直樹/アフロ)

「可愛い子には、旅をさせろ」と昔から言ってたように、「旅」はそれまで見たことも聞いたこともないような出来事や、自分自身の文化的背景とは違った人たちと出会うことでの異文化交流がある。

とはいえ、最近ではインターネットによって、世界中の絶景やフォトスポットに注目ばかりが集まり、ついつい旅が素敵な写真を撮ることばかりがもてはやされることもしばしばある。

近年では、過熱する「インスタ映え」による「インスタグラマー汚染」が社会問題とされるなど、その地域の文化や景観を守ることよりも、いかにして「映える」写真を自分が撮れるかということばかりが旅の目的となることもあるようだ。

世界中の絶景がインスタグラマー汚染ですごいことになっている(GIZMODO)

タイの寺院、「インスタ映え」を求め日本人観光客が殺到。マナー違反が問題に(ハーバービジネスオンライン)

一方、国内旅行の市場を見てみると、「若者離れ」が進んでいると言われている。

若者の旅行離れを食い止める(プレジデントオンライン)

その原因には、収入そのものの減少なども関係しているが、もう一つの側面でいえば、旅行における「情報化」が進み、そこの場所に行かなくてもわかった気になることも挙げられるだろう。

絶景や自然という景色すら、いまではネットで検索すれば見れる時代、わざわざ現地に足を運ぶ理由はなんなのか。景色やその場所でしか味わえない匂いや音など、五感を体験した旅の魅力を伝えようと、各地の観光地でも誘致ための試行錯誤がされているだろう。

いわゆる観光客に対してアプローチする戦略ではなく、丁寧に地域との関わりを作り出すことで、地域に愛着を持ってもらい、交流人口や関係人口を増やそうとする取り組みも一方で増えてきた。

政府の地方創生における総合戦略においても、関係人口の拡大によって継続的に地域と人との関わりを作ることを基本方針として掲げている。

地方創生、「関係人口」拡大を柱に=政府、次期戦略へ骨子(JIJI.com)

関係人口の創出、そして、その先にある活動人口の創出こそが、これからの地域において必要なものだと私は考えている。そのために必要な「コミュニティキャピタル」の重要性について何度か触れてきた

地域に愛着を持ちながら、新たな価値を生み出す源泉の最初のきっかけとして必要な地域と人との共通体験や成功体験をいかに作るかが鍵となる。

高校生が地域を旅する「イノ旅」

そうした折、先日開催された体験型学習プログラム「イノ旅」成果発表会では、高校生を主体とした、新たな学びと体験を生み出しながら、地域に対する価値を作り出すプログラムだと感じた。

「イノ旅」は、ANAと一般社団法人i.clubの共催による新しい教育プログラムだ。i.clubは、地域の高校生たちが地域資源を活用したアイデアをもとに地域課題の解決などを促すためのイノベーション教育を提供している。そのi.clubとANAがコラボし、新しい旅行体験プログラムとして立ち上げたのが「イノ旅」だ。

i.club Facebookページから引用
i.club Facebookページから引用

「イノ旅」は、日本各地の地域を高校生が実際に旅するフィールドワークをもとに、その地域課題に対してアイデアを生み出す実践的な教育プログラムを提供するという。

4月に行われたトライアルプログラムでは、都内の高校生たちが宮崎県新富町にてお茶の事業者「夢茶房」らを訪れながら、2泊3日でアイデアを出すというものだった。

高校生たちにとってみれば、これまで訪れたことがない地域を訪れ、生産者やものづくりの人たちと対話をしながら、実際の生産現場やその土地の風土、気候、その土地ならではの地域資源を発掘し、そこから新しいアイデアを生み出す経験を通した学びの場とする。

今回のテーマが「お茶」であったことから、自分がこれまで身近に接していたお茶を再認識し、お茶を使った新たなアイデアを考えることになる。もちろん、アイデア創出には、これまでのi.clubのメソッドやプログラムを応用しながら、実践的な教育プログラムとなっており、高校生たちにとっても普通の授業で学ぶものとは違った経験が得られる。

高校生たちが地域の価値を再発掘する

報告会の様子(筆者撮影)
報告会の様子(筆者撮影)

7月14日に開催された実践報告会では、イノ旅に参加した高校生たちから、3日間を通じて生み出されたそれぞれのアイデアが発表された。

廃棄される茶葉を使った天然無添加のくれよんや、お茶の苦味を活かしたエナジードリンク的お茶の開発など、新しいアイデアがいくつも生み出された。いくつかのアイデアは、プロトタイプづくりに取り掛かっており、新たなビジネスが生まれる予感も感じさせる。

もちろん、出されたすべてのアイデアがビジネスとして成功するとはいえないし、たった3日のフィールドワークで生み出されたアイデアが、どれも素晴らしいとはいえないだろう。いわゆるアイデアソンやハッカソンで生まれたものは一つのソリューションに過ぎない。

けれども、そのソリューションに含まれる価値やアイデアの源泉にこそ、新しい気付きを得るエッセンスが含まれているはずだ。それらを検証・分析することから、本物のビジネスが生まれる可能性は大いにある。

学びを含んだ新しい旅へ

高校生にとってみれば、遠い場所への旅は未経験だっただろう。もっといえば、いわゆる「観光」ではなく、地域のことを知り、新しいアイデアを生み出すことを前提とした「旅」は、同じ土地や場所、人との出会いであっても、見るものに対する見方や投げかける質問一つとってみても、全然違ったものになるはずだ。

報告会では、実際に「旅」をした高校生たちを交えたパネルディスカッションが行われたが、高校生たち自身にとっても、「人と出会う旅の面白さ」や「現地でしかできない体験」による学びの価値を再認識したという。

つい「どこどこに行く」という場所が目的化した旅行は、その場所に行ったこと、そこで写真と撮ることが目的になりがちで、その場所に自分が立ち、五感で感じようとすることよりも、視覚的な感動で満足してしまいがちだ。そうではなく、人とのつながりや自身の好奇心や問題意識をもとに訪れる場所を巡りながら、新たな価値観に触れたり未知なるものとの出会いを自ら作り出そうとしたりする行動へと駆り立たせてくれる。

報告会では、一般的な修学旅行との違いが触れられていた。たしかに、学校が提供する修学旅行は、視覚的なものに終わり立ちで、課題意識を持って旅行を促す仕組みになっていない。私自身の高校生時代を思い出すと、「修学旅行で何をしたっけ?」というくらい記憶に薄い。

いわゆる「観光」という現地を”観る”行為ではなく、イノ旅のような現地の人とのふれあいや地域の課題に対してアイデアを生み出すことを前提とした「旅行体験」は、現代だからこそ考えるべき視点かもしれない。

こうした旅は、受け入れる地域にとっても大きな意味を持つ。高校生なり若い人たちがその地域を訪れ、対話を重ねることで生まれるアイデアは、地域の人たちだけでは気づかない視点や考えがあるはずだ。

足を運んだ地域と高校生たちとは、関係人口的な関わりも生まれ、その地域に対する愛着や継続的な関わりを作り出すきっかけにもなる。

今回、トライアルとしてスタートしたイノ旅だが、次回以降、プログラムとしての改善を重ね、本プログラムとしてスタートする可能性もある。

全国の高校生たちがそれぞれの地域を訪れながら、対話を重ね、アイデアを生み出し、関係人口を作り出しながら、地域課題に貢献する仕掛けを作り出す。本来「旅」が持っていた学びのあり方を、現代的な形でデザインし直す取り組みになるかもしれない。

編集者/リサーチャー/プロデューサー

編集者、リサーチャー、プロデューサー。TOKYObeta代表、自律協生社会を実現するための社会システム構築を目指して、リサーチやプロジェクトに関わる。 著書に『実践から学ぶ地方創生と地域金融』(学芸出版社)『孤立する都市、つながる街』(日本経済新聞社出版社)『日本のシビックエコノミー』(フィルムアート社)他。

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